「零戦」と呼ばれた戦後国産機たち

2014年のチノ・エアショーで飛行した零戦(Airwolfhound撮影)

 SNSで少し話題になっていた記事がありました。航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)について、国内開発が進められていたジェットエンジンXF9を紹介した、日経産業新聞(ネット掲載は日本経済新聞)の次の記事です。

 XF9の推力はエンジンの噴気ガスに燃料を噴射する「アフターバーナー」使用時で15トン。夏村匡防衛システム事業部長によると、「同等の出力を出せたのは米国とロシアだけ」で、欧州の最新エンジンをもしのぐ。FXの開発に名乗りを上げている米ロッキード・マーチンもFX9エンジンの採用に言及している。ついに第2の「零戦」が実現する――。そんな期待が高まっている。(強調部筆者)

出典:次期戦闘機、離陸なるか国産エンジン IHIの先端技術

 『第2の「零戦」』。20年以上、軍事関連をウォッチしてきた自分には、かなり既視感のある言葉でした。と言うのも、1990年代に開発が進められた、日米共同開発のF-2支援戦闘機(開発時。現在は「戦闘機」に分類)も、「零戦」「ゼロ戦」と何度もメディアで呼ばれていたのを見てきたからです。F-2以外でも、なにか戦闘機かそれに類する国産機の話になるたびに「零戦」と呼ばれています。

さんざん零戦と呼ばれたF-2戦闘機(筆者撮影)
さんざん零戦と呼ばれたF-2戦闘機(筆者撮影)

 零戦と言えば、太平洋戦争中の日本海軍の戦闘機、「零式艦上戦闘機」の略称で、ゼロ戦とも呼ばれています。日本の戦闘機の代名詞とも言える知名度を持つ零戦ですが、太平洋戦争序盤では大変な強さを見せたものの、熟練パイロットの相次ぐ戦死や、連合軍側の新戦術・新戦闘機の配備等により陳腐化していき、最終的には劣勢に追い込まれたことは知られています。

 しかし、零戦の誕生から80年近く経つというのに、今も自国の航空機に「零戦」以外に例えるものが無いというのは、正直微妙な感じです。この比喩は一体、いつから使われてきたのでしょうか?

2016年に初飛行した先進技術実証機X-2。これも零戦と呼ばれた(筆者撮影)
2016年に初飛行した先進技術実証機X-2。これも零戦と呼ばれた(筆者撮影)

1990年代以降に増えた? 「○○の零戦」

 日本が戦後に行った戦闘機開発は、1970年代に開発されたF-1、90年代に開発されたF-2があります。このうち、私が調べた限り、F-1を「零戦」と例えたものは発見できませんでした。他には1977年の月刊誌『丸』に「現代の零戦」としてアメリカのF-16が紹介されてますが、海外の機体に名付けているところを見ると、あまり深い意味はないでしょう。ところが、90年代に入るとF-2を「零戦」と呼ぶのが見られるようになります。2016年に初飛行したX-2でもそれが続き、さらに今回のFXの「第2の零戦」が続きます。

零戦に例えられた航空機一覧
零戦に例えられた航空機一覧

 F-2が日米共同開発に決まる前、FSXとして国内開発含む機種選定を進めていた1987年4月。アメリカ国防総省が日本の防衛産業の調査に調査団を派遣します。手嶋龍一『ニッポンFSXを撃て―日米冷戦への導火線・新ゼロ戦計画』によれば、調査団が日本の重工メーカーを視察する中で、日本に戦闘機の国内開発の意思があるとみたサリバン団長が「ニューゼロファイターだ」と言ったとされており、この本の出版以降、日本の戦闘機計画で「零戦」という比喩が増えているように思われます。

 当時、日米間の貿易摩擦は重大な外交問題になっており、また自動車産業に続いて、アメリカが優位な産業でも日本に逆転されるのではないかという、アメリカの危機感がありました。サリバン団長が言ったとされる言葉は、ある意味象徴的だったのです。結局、アメリカからの圧力もあり、FSXは日米共同開発にすることが決定し、アメリカのF-16をベースにF-2が開発されることになりました。

零戦と呼ばれ、零戦のように負けた例

 ところで、前述したように最初は勝ったけど最後は負けた戦闘機に、これから配備する戦闘機を例えるのは大変不吉なことだと思うのですが、幸いなことに、これまで「零戦」と呼ばれてきた航空自衛隊の戦闘機は、実戦を経験することもなく負けてはいません。しかし、他の分野で比喩として「零戦」を出したところ、実際そのとおりの結果になった例がありました。

 日本経済がバブルを迎えていた1990年。雑誌『サンサーラ』に掲載された「闘論 いま、世界に零戦が雄飛する時代」という記事の中で、保守系論客として知られた故渡部昇一氏が、半導体産業を戦争における戦闘機に例え、当時絶頂期にあった日本の半導体産業を零戦と形容し、日本の未来がいかに前途洋々であるかを語っていました。

 それから約30年。日本の半導体産業にかつての面影はなく、英調査会社IHS Markitによる2017年半導体メーカー売上高ランキングで10位以内に食い込んでいた唯一の日本企業だった東芝メモリは、ご存知の通り売られてしまいました。そして、先の記事中で渡辺氏が「日本の設備のお下がりで作っている」と、ろくに取り合わなかった韓国メーカーが、先のランキングで1位と3位になっている有様です。

英ダックスフォード帝国戦争博物館に展示されている零戦のコクピット(筆者撮影)
英ダックスフォード帝国戦争博物館に展示されている零戦のコクピット(筆者撮影)

 このように、かつて「零戦」と例えられた日本の半導体メーカーは、まさに零戦の勝利と敗北のパターンを再現しました。あまりに悲惨な結末で、もうこれ以上、何かを零戦に例えても不吉な臭いしかしません。

零戦よりも

 正直なところ、何でもかんでも「零戦」と呼ぶのは、過去の、それも一時の栄光にすがっているようで、どうにも違和感が拭えません。ただ、恐らくメディアが零戦呼称をたびたび使うのは、日本の戦闘機と言われても広く知られているのは零戦くらいという現実を反映したものなのかもしれません。まあ、それほど深い意味はないでしょう。

 今求められるのは、戦闘機にしろ産業にしろ、ただ新しい零戦を求めるのではなく、零戦の轍を踏まずに、将来「新たな○○」「第2の○○」と呼ばれるようなものを創り上げることではないかと思います。過去の一時の栄光ではなく、それを乗り越えるのが必要だと思うのですが、いかがでしょうか?

【画像出典】

記事冒頭の零戦画像は、Airwolfhound撮影の写真をCCライセンスに基づき利用しています。