ウィキペディアで深刻な”一次資料”汚染

暇つぶしから調べ物まで、欠かせないものとなってきたネット上のフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)。最近はネットで固有名詞を調べようとすると、まず検索上位にウィキペディアの項目が出て来ます。無料なのに広告も無く、素晴らしいサービスだと思います。

ただ、ウィキペディアの記事はボランティアの執筆者によって書かれています。執筆者の殆どは研究者でもない普通の人でしょうから、自ずと記事のクオリティには差が出ますし、間に第三者も介していませんから、執筆者の主観がそのまま反映されます。そして、記述の正確性を担保、あるいは検証を可能とするための出典資料についても、色々と問題のあるものが見られます。

例えば、「時雨 (白露型駆逐艦)」の記事をウィキペディアで読もうとすると、2015年6月25日現在で脚注が468も付いている立派な記事が出て来ます。出典をきちんと明記する姿勢は良いのですが、その内容に問題があります。ほとんどの出典が、戦闘詳報あるいは戦時日誌で、これらは一次資料(史料)なのです。

一次資料だらけのウィキペディア「時雨(白露型駆逐艦)」の脚注
一次資料だらけのウィキペディア「時雨(白露型駆逐艦)」の脚注

一次資料というと、現実に起きた事象に限りなく近い、正確性の高いもののように思われる方も多いかもしれません。しかし、ウィキペディアでは一次資料に基づく記事の執筆を推奨していません。ウィキペディア日本語版のガイドラインで以下のように書かれています。

一般に、ウィキペディアの記事は一次資料に基づくべきではなく、むしろ一次資料となる題材を注意深く扱った、信頼できる二次資料に頼るべきです。(中略)ウィキペディアの記事で一次資料を使ってよいのは、信頼できる出版元から公刊されている場合だけです。

出典:Wikipedia:信頼できる情報源

二次資料

ひとつまたはそれ以上の一次資料または二次資料を要約したものです。学者によって書かれ、学術的な出版社によって出版された二次資料は、品質管理のために注意深く精査されており、信頼できると考えられます。

出典:Wikipedia:信頼できる情報源

ようするに、一次資料は研究者により検証、整理されていないため、それらを経た二次資料をウィキペディアでは典拠とするべき、ということです。言い換えれば、レストラン(ウィキペディア)の料理(記事)は、料理人(研究者)によって調理されたもの(二次資料)を出すべきであり、料理人が手を加えていない食材(一次資料)を出すべきではない、ということでしょうか。このようなウィキペディアの方針にも関わらず、一次資料ばかりを出典とした記事が多いのは、一次資料は正確性の高い資料だというイメージ、思い込みが執筆者にあるのではないでしょうか。

私も一次資料であるアメリカ側公式記録を元にして、第二次大戦で沈んだ日本海軍の軍艦を調べようとした事がありますが、駆逐艦疾風(はやて)を「HATATE」と書いていたり、他の艦と取り違えて記述していたりと、そのまま使うには躊躇するようなものでした。結果、他の資料とクロスチェックして正確性を少しでも高めようとしましたが、こうなると独自研究になってしまいますね。ウィキペディア日本語版では、「信頼できる出版元から公刊」された一次資料のみ使えるとはしていますが、それを執筆者が用いた場合もウィキペディアが禁じる「独自研究」になる恐れは常にあるため、一次資料の使用には慎重になるべきでしょう。

こういう戦闘詳報などの軍内部での報告、記録はまだ正確性があるのですが、問題は意図的に偏向が存在する一次資料を出している記事です。日中戦争関連などの歴史問題に関わる記事に多く見られ、出典が当時の新聞記事によるものだったりします。一方の新聞記事を基にすれば、今のウクライナ東部にロシア軍はいないし、2003年のバグダッドにアメリカ軍はいない事にだって出来ますよね。

難しいのは二次資料を使った場合でも、その著者が偏向的思想の持ち主だったり、執筆者が恣意的に引用した場合です。そういうのを是正するために、ウィキペディアは誰でも編集可能で、どんな編集が行われたか分かるようになっていますが、そういう論争になりそうなのは得てして「編集合戦」になりがちです。

無料で信頼性の高いものを作るのは難しいと感じさせますが、それでもウィキペディアの影響力は無視できません。最近では、公務員試験合格者でもウィキペディアを試験の参考にしたと語る人も見られ、こういう人達が官僚になってから、忙しい勤務の中で政策の参考にするのが偏った記事だったら……と思うのは杞憂でしょうか。

なんにせよ、ウィキペディアが便利なサービスであることに疑いはありません。しかし、誤った、偏向した記述が見られることを理解した上で使うという基本は心得ておく必要があるでしょう。