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「シルワン―侵蝕される東エルサレム―」・9〈破壊される青年・1〉

土井敏邦ジャーナリスト

高校時代、ダプカ(民族舞踊)グループのメンバーだったサアド・ティハーニ(写真提供・サアド・ティハーニ)
高校時代、ダプカ(民族舞踊)グループのメンバーだったサアド・ティハーニ(写真提供・サアド・ティハーニ)

【身に覚えのない「罪」】

 2015年5月25日午前4時半、シルワン地区の高校2年生、サアド・ティハーニは、突然、自宅にやって来たイスラエル警察に逮捕され、西エルサレムのマスコビーエ刑務所に連行された。「警官に石や火炎瓶を投げた」という容疑だったが、「学期末試験の最中で、ダプカ(民族舞踊)の練習にも忙しく、デモに参加したり投石などの時間の余裕もなかった」とサアドは訴えた。しかし警察は全く聞き入れなかった。

 2018年7月、2年間の拘留から解放されて間もないサアドを自宅に訪ねた。暗い表情のサアドは、訥々とこれまでの経緯と心情を吐露した。

逮捕された経緯、拘留中の出来事を語るサアド・ティハーニ。(撮影・土井敏邦)
逮捕された経緯、拘留中の出来事を語るサアド・ティハーニ。(撮影・土井敏邦)

 「連行されたマスコビーエ刑務所ではトイレに行くことも、水を飲むことも許されませんでした。逮捕の理由を聞くと、『拘留は長くなる』とだけ言われました。そこで暴力を受け始めました。椅子に座らされ、両手を後ろに回されて手錠をされた状態で尋問されます。疲れたと言っても、聞いてもらえません。尋問は長時間にわたり、夜中に呼び出されることもありました。1日20時間も尋問されることもありました。体力的に限界でした」

 「殴られながら、『石や火炎瓶を投げただろう』と責められました。僕は『そういうことは一切していない、勉強があるから』と言い続けました。高校2年生の終わりで、受験の年を控えていました。その時は学年末試験の最中で、あと4教科残っていたんです。

 僕は『勉強とダブカ(民族舞踊)をしていて、そういうことには関わらない。誰とでも積極的に関わるけど、暴力は好きじゃない』と反論しました。するとひどく罵られ、殴られました。5人に殴られたんです。

 『試験があるから、帰らなければいけないんです。高校を卒業するために必須なんです。だから一度帰って試験を受け、また警察に戻ってきますから』と訴えました。弁護士も『重要な試験だから、一旦保釈して帰すべきだ』と警察を説得しました。しかし『お前みたいな野蛮なやつに教育はいらない』と言われ、拒否されました」

 「警察は私の尋問に色々な手段を用いました。複数の警官が尋問します。最初の尋問官は、私に優しく接しました。『君に敵意があるわけじゃないんだよ。もし石や火炎瓶を投げたのなら、そう言いなさい。君を助けてやるよ。1年も拘束されず、2ヵ月で外に出られるよ』と言います。しかし僕は『自分は何もしていない。当時、試験中だったし、試験を受け続けたかったんです』と繰り返しました。

 他の尋問官はひどい扱いをしました。私を殴り、罵り、私たちの神を嘲(あざけ)りました。私を挑発しようとしたんです。私は『誓って自分は何もしていない』と言い続けました。すると、その尋問官は『お前が白状しないのなら、お前の両親を連れてきて、拷問するぞ。お前の親父は心臓の手術を受けたことはわかっているんだ。その親父をお前の目の前で拷問するぞ。お前のお袋も連れてきて、目の前で辱めてやる』と私を脅迫しました。

 私は『そうしたければ、やればいい。あなたが言っているようなことは僕は何もしていない』とその尋問官に答え続けました。

 時にはまる一日全く尋問せずに放置することもありました。また時には罵り続けることもありました。時には全く無視される時もありました。私は不潔でひどい環境の狭い独房にずっと独りでした」

刑務所での尋問と拷問の体験を語るサアド(撮影・土井敏邦)
刑務所での尋問と拷問の体験を語るサアド(撮影・土井敏邦)

 「ひどい精神状態でした。椅子に後ろ手に縛られ、尋問官に挑発され続けているとき、自分は死にかけていると感じました。僕は尋問官に『そんなことを言うなんて、あんたは狂っているのか!』と叫びました。すると彼は『二日以内にお前のお袋を連れてくる』と言いました。『そんなことは違法だ!』と言うと、尋問官は『法なんて忘れろ!たとえお前が裁判でそう訴えても、俺はまったく気にもかけないよ』と答えました」

 「裁判の2日前、僕は他の独房に移されました。そして頭部を袋で覆われた女性が連れてこられました。女性は泣き叫んでいました。尋問官は『お前にお袋を連れて来ると言っただろう?』と私を挑発しました。

 裁判に出たとき、母がそこにいるのに気づきました。僕は気持ちが高ぶりました。僕は母に、父と共に刑務所に連れて来られたかと尋ねました。母は『いいや。自分たちは大丈夫だよ」と答えました。あの時、連れてこられた女性が誰だったのかは今もわかりません」

【「死ねばいい」と言い放つ看護師】

 私はサアドに訊いた。

 「正直に答えてほしい。刑期を終えた今なら答えられるはずです。実際、君は石や火炎瓶を投げたんですか?」

 するとサアドはきっぱりとこう答えた。

 「いいえ。試験勉強をしていたんです」

 「怒りを覚えたのは、高校最終年に進めなかったことです。将来の進路が決まる年ですから。これから家族のもとに帰って、勉強を続ければいいと言われましたが、もう戻れないと思います。

 人生を壊されてしまった怒りがこみ上げてきます。しかしユダヤ人に嫌悪はありません。ユダヤ教に対する反感もありません。自分たちと同じ人間ですから。ただし人種差別的な態度は許せません。

 拘留中に病院に行きました。そこでも手錠をされたままで、『政治囚の患者』と紹介されました。すると僕を見て、ユダヤ人看護師が「この人は看ない。死なせればいい」と言い、周囲の者は笑いました。拘置所ではなく、西エルサレムの病院です。看護師の非人間的で残忍な態度に私は憤りました。もっとも人間的であるべき職業で、その仕事に誇りを持ち、相手が誰であれ、看護するべきなのに、です」

(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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