Yahoo!ニュース

「シルワン-侵蝕される東エルサレム―」・8〈「ユダヤ遺跡」の影〉

土井敏邦ジャーナリスト

1997年に家を破壊されたシルワンの住民。その家の跡は「ユダヤ遺跡」の発掘現場になった。(撮影・土井敏邦)
1997年に家を破壊されたシルワンの住民。その家の跡は「ユダヤ遺跡」の発掘現場になった。(撮影・土井敏邦)

【「ユダヤ遺跡」発掘現場になったパレスチナ人民家の破壊跡】

 旧市街のアルアクサ・モスクのすぐ南側、シルワン地区の北端の一角が深くえぐられている。「ユダヤ遺跡」の発掘現場である。

 1997年5月、当時ここにあったパレスチナ人の民家が破壊される現場を私は撮影していた。

 私が現場に到着したとき、イスラエル当局の掘削重機で家の天井が砕かれていて、家はすでに半壊していた。周囲をイスラエル警察と軍が固めている。

 破壊されている家の家主の男性が、弁護士に電話をしていた。

 「今日の9時半に裁判所の判断が出るはずだったのに、ブルドーザーと兵士が8時半にやってきて破壊してしまったんだ。裁判所の判断を待たずに始めた。もう家を半分、壊してしまった」

「イスラエルはパレスチナ人に人間らしい生活をさせてくれない」と訴える家主。(撮影・土井敏邦)
「イスラエルはパレスチナ人に人間らしい生活をさせてくれない」と訴える家主。(撮影・土井敏邦)

 家主は報道陣に向かって叫んだ。

 「イスラエルはアラブ人の家を全て破壊したいんだ。ユダヤ人のように我われに人間らしい生活をどうしてさせてくれないんだ。両親と15人もの子どもが三つの部屋でくらしているんだ。これは公平ではない!」

 家主の母親は、泣き叫んだ。

 「やつらはユダヤ人のためにだけ家を建てているんだ。やつらが建てている家を見せてやる。どうしてやつらの家は壊さないんだ。神はやつらを祝福なんかしない。ユダヤ人をこの地に連れてきた者すべてを神は罰するんだ。やつらは我われに問題を持ち込むんだ。神はやつらを罰してくれる。神はやつらより偉大なんだ!」

 破壊は家の半分を残し、止まった。その瓦礫の上で、12、3歳ぐらいの少女が衝撃と恐怖で、おどおどと周囲の破壊されたばかりの家の瓦礫を見回している。そしてうつむくと、ぎゅっと唇をかみしめた。

家を破壊され、怒りを露わにする少女。(撮影・土井敏邦)
家を破壊され、怒りを露わにする少女。(撮影・土井敏邦)

 あれから21年後の2018年夏、あの家の跡はすっかり様変わりしていた。地面が深く掘削され、地下の土や石がむき出しになっている。「ユダヤ遺跡」の発掘現場である。

破壊された家の跡は、21年後、「ユダヤ遺跡」の発掘現場になっていた。(撮影・土井敏邦)
破壊された家の跡は、21年後、「ユダヤ遺跡」の発掘現場になっていた。(撮影・土井敏邦)

 その現場の道路を隔てた反対側は「ダビデの街」(City of David)という観光地になっている。ダビデ王やソロモン王時代の「ユダヤ王国」の跡地として建設され、イスラエル内外からの観光客や小学生など見学者でにぎわっている。

「ダビデの街」の入口。(撮影・土井敏邦)
「ダビデの街」の入口。(撮影・土井敏邦)

「ダビデの街」にはたくさんの小中学生たちが「ユダヤ王国」の歴史を学ぶために見学にやってくる。(撮影・土井敏邦)
「ダビデの街」にはたくさんの小中学生たちが「ユダヤ王国」の歴史を学ぶために見学にやってくる。(撮影・土井敏邦)

 その「ダビデの街」から下ったところに、地下トンネルへの入口がある。これも「ユダヤ王国」の遺跡発掘調査の一環としてイスラエルの考古学NGOが中心になって進めれているという。

 住民の話ではトンネル発掘が始まったのは30年前ほど前で、地下20~30メートルの深さで今なお掘削が続けられている。そこはシルワン地区の真下である。

「ユダヤ遺跡」発掘のためのトンネルは地下20~30メートルほどの深さ。(撮影・土井敏邦)
「ユダヤ遺跡」発掘のためのトンネルは地下20~30メートルほどの深さ。(撮影・土井敏邦)

トンネルはシルワン地区の地下に広がっている。(撮影・土井敏邦)
トンネルはシルワン地区の地下に広がっている。(撮影・土井敏邦)

【遺跡発掘作業による民家の被害】

 そのトンネル掘削は、地上の民家に影響を及ぼしている。

「ユダヤ遺跡」の発掘現場に近いミリアム・バシールの家の庭先や階段、さらに家の壁に亀裂が入り始めたのは2015年だった。壁の繋ぎ目や壁一面に5ミリから1センチほどの亀裂が走っている。

トンネルによる地盤沈下により、家の壁に亀裂ができた。(撮影・土井敏邦)
トンネルによる地盤沈下により、家の壁に亀裂ができた。(撮影・土井敏邦)

 「ここは物置で、こっちがトイレです。見てください。こうやって亀裂が出てくるんです。以前は少しもこんな亀裂が入っていませんでした。もう3年ほどなるでしょうか。振動で少しずつ広がります。私たちにはトンネルのことなど、まったく知らされていませんでした」

 「初めは音が気になりました。夜眠れないくらいの音です。その頃はまだ 来客に、『何だか壁が揺れていますね』『風が強いみたい』と言っていました。遠いから、『まさか』と思っていたのです」

「修理しようがない」と訴えるミリアム・バシール。(撮影・土井敏邦)
「修理しようがない」と訴えるミリアム・バシール。(撮影・土井敏邦)

 「うちが亀裂が入った最初の家でした。それから鉄の扉が閉まらなくなり修理を頼みましたが、何度やっても直らない。家が陥没していると言われました。実際に発掘作業の結果、明らかに基盤が落ち込んでいました。

 以来 困り果てています。地元の団体が支援に来たり、直そうとしたりしましたが、発掘が続く限り、状況は変わりませんし、より強靭な素材や耐震工事が必要です。一般的な修理では対応できません」

(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

土井敏邦の最近の記事