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ルポ「ヨルダン川西岸」(第二部「南ヘブロン」)・4―「併合」をめぐるイスラエル側の議論―

土井敏邦ジャーナリスト
南ヘブロン地区で羊の放牧で生きるパレスチナ人の遊牧民たち

             〈イスラエルは「西岸C地区」を“併合”するのか〉

 ヨルダン川西岸とりわけ実質的な“占領地”である「C地区」(西岸の59%)一部のイスラエルへの「併合」は、イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)との国交正常化によって一旦は凍結されたかたちだが、将来、再浮上する可能性は高い。

 イスラエルにとって、「C地区の併合」はどういう意味を持つのか。その可能性はあるのか。それはイスラエル社会にどういう影響を与えるのか。

 イスラエルの二人の論客に訊いた。

【入植地活動と「パレスチナ国家」】

〔ダニエル・ルーバンシュタイン〕(占領経済の専門家 / 元「ハアレツ」紙 記者)

左派の論客、ダニエル・ルーバンシュタイン
左派の論客、ダニエル・ルーバンシュタイン

 「まずC地区なしにはパレスチナ国家はありえません。パレスチナ人にとって C地区は

国家建設に不可欠な地域です。なぜなら新たな居住地を建設し、住宅地や空港や、死海で化学工業を発展させられる地域は全てがC地区です。C地区なしにはパレスチナ国家はありえません。

 一方、パレスチナ側がC地区を確保したら、イスラエルに入植地を作るチャンスはない。つまり ゼロサム・ゲームです。イスラエルが獲得したらパレスチナに(国家建設の)チャンスはない。もしパレスチナが取ったら入植地の将来は暗い。だから C地区は重要なんです」

 「だからイスラエル側の入植地運動とPAが進める(国家建設との)競争なんです

どちらが勝つかわからないが。イスラエル側が勝てば 二国家案は終わる。一国家になります。法体系がどうなるかわかりませんが、問題が起こるでしょう。一種の『アパルトヘイト国家』だと非難されるからです」

(Q・右派の入植地建設の目的は何ですか?なぜ C地区で入植地を拡張したいのですか?)

 「イスラエルの右派が入植地の拡張する目的はパレスチナ国家の建設を阻止するためです。パレスチナ国家のチャンスを潰すためです。

それは決して秘密ではありません。政党「ユダヤ人の家」の党首(当時)、ナフタリ・ベネットが公に語っています。「我々はパレスチナ国家の建設を、阻止しなければならない」と公言しています。トランプが大統領選挙に勝利した以後は、イスラエル右派を支援するから、パレスチナ国家の終わりだと公言しました。彼はイスラエル政府に圧力を加えています。C地区の住民を追い出しそこを併合する決断をするようにと。

 最初に マアレアドミム(入植地)を併合するかもしれません。ヨルダン渓谷への途中にある入植地です。マアレアドミム入植地や他の地域の併合はイスラエル国内のコンセンサスになるかもしれません。今は イスラエルはC地区全体を併合するつもりはありません。特に二つの地区を重視しています。『ヨルダン渓谷』と『南ヘブロン』です。住民は中流や上流のアラブ人ではなく、大半がベドウィン(遊牧民)でとても弱い彼らを追い出すことは簡単だとイスラエル人は思っています。

 だからイスラエル側からみれば、これらの地域(南ヘブロンとヨルダン渓谷)を併合するのは簡単です。ヨルダン渓谷から始めようとしています。イスラエルの安全保障に とても重要だからです。ヨルダンに接する東部前線で、“壁”の役割を果たすので安全保障の面から、ヨルダン渓谷の保持は多くのイスラエル人には とても重要です。アラブ諸国の東からの攻撃を阻止するためです」

【パレスチナ人の“追放”】

〔アリック・キング〕(エルサレム市議会議員 / イスラエル強硬派)

(Q・どうして この土地はユダヤ人のものだと言えるんですか?)

 「私が言っているのではありません」

右派の論客、アリック・キング
右派の論客、アリック・キング

(Q・誰が言っているんですか?)

 「聖書に書いてあります。神がこの土地を我々の父アブラハム、イサク ヤコブに約束しました。ユダヤ人の土地は我々に属しています。ユダヤ人にです。私のようなイスラエルの民たちです。同じ聖書に「我々はイスラエルの地のあらゆる所に定住すべきだ」と記されています。ヘブロンには我々の偉大な先祖が埋葬されています。C地区は他のユダヤ・サマリア地区(西岸)と同様、遅かれ早かれ イスラエルに全て併合されるべきです。

 その次は『B地区』、最後に『A地区』です。それが大半のイスラエルのユダヤ人が望んでいることです。それは間違いなく、イスラエル右派の真の計画です。イスラエルの右派の見方は、「C地区」はイスラエル国家の一部であり、ハイファやガリラヤやネゲブと同じだということです。もちろんエルサレムもです。イスラエル政府はその地域にいるアラブ人、イスラム教徒が国を去るように後押しすべきです」。

(Q・どこへ?)

 「まずヨルダンへ行くように提案します。ヨルダンの人口の77%は『パレスチナ人』を自称する人たちです。アブダラ国王の息子はパレスチナ人の王子ですから、次の国王はパレスチナ人です。母親がパレスチナ人だからです」

【イスラエルの隣に「パレスチナ国家」を】

(Q・「二国家案」は受け入れられませんか?)

 「二民族のための二国家案には賛成です。ヨルダンが『パレスチナ』で、イスラエルはユダヤ人国家です。つまりヨルダン川の西側です」

 「ヨルダン川の東側は『ヨルダン・パレスチナ王国』です。まずヨルダン川西岸のアラブ人にそこへ出ていくよう促します。『西岸』はヨルダン川から地中海までで、ネタニアやテルアビブも アシュケロンも『西岸』です」

 「彼らにヨルダンへ行くように促します。お金を渡してです。一人当たり何十万ドルかを渡して国を出てもらう」

(Q・誰がその金を払うのですか?)

 「イスラエル政府です アラブ人は老若男女を問わず、西岸を出るのです。彼らにこの国を出ていってほしいからです。そしてヨルダンで仕事が与えられるべきです。それが第一の候補です」

 「第二の候補はイラクです。または内乱が片付いた後のシリアです。国民同士の戦闘や虐殺が終わった後です。

 国を出てもらうために彼らが望むものは全てを与える。そして彼らの「家族」であるアラブ諸国に移住してもらうのです。それが この地域が平和になるための唯一の現実的な方法だと思います」

(Q・「イスラエル」になった土地に留まるパレスチナ人を「イスラエル国民」として受け入れるのですか?)

 「『居住者』として受け入れます。『ヨルダン国民』として です」

(Q・「イスラエル国民」としてではなく?どうしてですか?国民として受け入れず

その権利も与えないんですか?)

 「与えられるのは『国籍』ではなく『居住権』です。東エルサレムのアラブ人と同じです。彼らは『居住者』であって、『国民』ではありません。しかし彼らは、イスラエルの全ての権利を享受しています。教育も医療も社会保障も全てです」

 「ユダヤ人なら 生き残ることを考えなければならないのです。全てのユダヤ人は まず第一に生き残らなければなりません。そのためには自分たち自身に頼るしかない。つまりん。その安全保障のために投資しなければなりません。イスラム教徒がこの国を出ていくために投資をしなければなりません。なぜかって? それが この地域に真の平和をもたらす 唯一の方法だからです」

(Q・でも 国際社会が非難すると思いますよ)

 「私が国際世論を気にかけると思いますか?ほんのちょっぴりです。私が気にかけるのは “神”です。我々はここに住む権利があり、自分たちを守る権利があります。たとえ世界の国々が阻止しようとしても、私たちは生き残らなければならないのです」 

オリーブの実を摘む南ヘブロン地区の農民
オリーブの実を摘む南ヘブロン地区の農民

〔ダニエル・ルーバンシュタイン〕

 「パレスチナ人は、イスラエルの政策が住民を追い出すことであることはわかっています。しかしパレスチナ人を追い出すことは非現実的です。それはできません。今日 西岸とガザ (歴史的な)パレスチナ全体の人口の50%はパレスチナ人です。

彼らを追い出すことなどできません」

 「イスラエル右派の視点について説明しましょう。パレスチナ人の生活にさまざまな制限を加え、彼らの多くをヨルダンや湾岸諸国に移住させる、そしてその地域をイスラエルの土地にします」

(Q・それがイスラエルの計画ですか?)

 「イスラエル右派の計画です。それは1年では無理でも、50~60年ほどで達成できると考えています。しかし、100年前のシオニズムの計画のように、いま始めなければならないとのです。一歩ずつ、しかし確実に進めるのです。これが右派政権が向いている方向です」

 「しかし彼らは間違っています。イスラエル右派は大きな過ちを犯していると思います。パレスチナ人地域の『併合』はうまくいかないでしょう」

(Q・困難な状況でも、パレスチナ人が土地を離れないと、どうして言えるのですか?)

 「なぜなら、パレスチナ社会がとても伝統的な社会だからです。(パレスチナ社会は)“部族(ハムーラ)”によって成り立っています。その社会構造は変わりません。社会構造を変え、故郷から離れることをパレスチナ人に強いることはできません。一部、離れる者もいるでしょうが、この地域の30〜60%は『パレスチナ人』であり続け、残り続けるでしょう。なぜなら 経済の面から言うと、イスラエルも西岸も一つの経済圏なのです。経済はとても強力です」

「全てのパレスチナ人を抹殺する?そんなことはできません。私たちはそれを望みません。できないからではなく 望まないのです。今日の西岸やイスラエルの政治状況ではパレスチナ人を追い出すことはできません。『パレスチナ人を見たくない』という理由だけでは十分ではありません。彼らは消え去りません。500万人です 200万人がガザに 300万人が西岸と東エルサレムにいます。イスラエル国内に100万人 全部で600万人です。イスラエル人も600万人です(全パレスチナ人の追放は)決してありえません。ジョークです」

【「一国家案」の危険性】

 「だからパレスチナ人とイスラエル人の二つの共同体が共存する道を探るしかありません。。それは一国家解決かもしれません。イスラエル強硬派の目的は

 パレスチナ社会に大きな圧力を加えることです。イスラエルは(C地区を)すぐに併合するつもりはありません。十分に環境が整ってもです。『併合』は世界中から、大きな非難の波を受けるからです。今の国際的な空気の中では 一つの国による他の国の『併合』は受け入れられないから。だから 『明日に併合する』ということではありません。しかし方向は とても明確です。明日ではなくても、10年後かもしれない。併合のための土壌を、造らなければなりません。時間がかかります」

 「『イスラエル人』になりたければ、国家に忠誠を誓い、留まることができます。他の人々は経済的または法的な圧力で、外に出ます。20以上のアラブ諸国、とりわけヨルダンへC地区が併合されたら、どうなるか。パレスチナ国家の可能性はなくなります。イスラエルは二つの民族の国家になるでしょう」

 「しかし、これはイスラエルにとってたいへん危険です。パレスチナ人が多数派になるからです。イスラエルのシオニスト国家としての性質も変えてしまいます。一部のイスラエル人はそれをとても警戒し、恐れています現在 イスラエルの人口の20%はパレスチナ人です。もしアラブ人が30%以上で、『大きな少数派』になれば、もし併合し、全体の30%ぐらいになるだろう。いろいろな視点から、30%のパレスチナ人は危険です。20%は 多くのイスラエル人にとって十分以上です。人種差別主義というだけではなく、『我々はユダヤ人国家に住んでいたい』と言うでしょう。ユダヤ人の文化 ユダヤ人の政府、ヘブライ語を話す国民としてです。もし30%のパレスチナ人がいたら、ユダヤ人の伝統的な文化を享受できません。

 もはや『ユダヤ人国家』ではなくなります。右派はそれを理解しています。だから一国家を望むが『ユダヤ人の国家』zを望んでいます。そのために パレスチナ人をヨルダンなどへ追い出すのです。しかし、それは明日の朝ではなく、長期的に実現していきます。今はC地区から始める。そして徐々に他の地区へと一歩一歩 少しずつ進めていくのです」

〔アリック・キング〕

 「2週間前の公式の報告によれば、ユダヤ人の出生率はパレスチナ人と同じです。私の報告ではなく、イスラエルの公的な報告です。いずれも平均3.1です。アラブ人は低下傾向でユダヤ人は上がっているのです。

 多くのユダヤ人がイスラエルに帰ってきています。フランスや米国や英国などからです。将来もアラブ人がここに住んでいるでしょう。だから イスラエル政府は世界のイスラエル人を呼び戻すためにもっと努力すべきです。何百万というイスラエル人がアメリカで暮らしています。ユダヤ人ではなく、イスラエル人です。そのほんの50%が戻ることを想像してみてください。人口比率は変わります」

〔ダニエル・ルーバンシュタイン〕

 「歴史的パレスチナ全体でもとても小さく、そこに二国家が存在することは まず不可能です。同じ水源、同じ空、同じ経済を二つに分離することは不可能です。では、何がもっとも現実的なのでしょうか。二つの共同体の理解と合意のもと連邦制などの形で共存するしかないのです。

 私はベルギーの例をよく出します。ベルギーはワロンとフランデレンの2つの共同体に分かれています。互いが嫌っていますが、殺し合うわけではありません。テロ活動も起こっていません」

【パレスチナ人の夢】

 一方、パレスチナ人側は、そんなイスラエル側の「C地区併合」の議論のなかでも、「祖国の土地を死守する」への決意を捨ててはいない。

 南ヘブロン地区のパレスチナ人のリーダー、アブ・サーミ(ハーフィズ・フレイネ)は、こう語る。

南ヘブロン地区のリーダー、アブ・サーミ
南ヘブロン地区のリーダー、アブ・サーミ

 「あらゆる規則や暴力を用いる占領当局の主要な目的は何なのかを熟考すれば、それは人である私たちを押しやる私たちの“人間性”への挑発です。私たちを暴力の側へと押しやっています。自分たちの戦略の『口実』を作るためです。だから我われはどんな暴力も用いるべきではありません。占領当局にどんな『口実』も与えないためです。パレスチナ人を傷つけ、銃撃し、殺害するための『口実』です。これは私たちの原則です。いかなる『口実』も与えないことです。どんな暴力も用いるべきでない」

 「イスラエルの活動家や世界の人々との連帯に注力すべきです。彼らを全員、ここに引き寄せるのです。そして南ヘブロンの住民との連帯の運動を広げていくのです。我々は異常な状況に暮らしています。私たちは自由と権利のために闘っています。

それは長い 厳しい闘いです。私はこの状況の中で育ちました。両親から こう生きることを教わりました。土地との繋がりを保ち、絶対に、そこを離れないことです。どんなことがあっても、ここで生きなければならない。自分の祖国の土地で、です。子供たちも苦しむかも知れない。でも、彼らもわかっています。ここは普通の生活ではないと。でも、ここで住み続けなければならない。そして、強くなくてはならないのです。

 人生にとって最も大切なことは、“人間性”のための基本的な要素です。つまり自由や安全、あらゆる人権が不可欠です。もちろん “尊厳”です。安全や安定のなかに 尊厳があるんですその尊厳は、祖国と結びついています。私たちは自由のための“代価”を支払っているのです。それを決して忘れません。そのために 我々は苦しんでいるし、将来も苦しみ続けるだろう。しかし 私たちには“夢”があります。この占領を終わらせ自由に到達する夢です。これは 全てのパレスチナ人の夢です。その闘争のただ中で 抵抗が正しい道と信じることで、闘い続ける力になるのです。

 決して諦めません。だから私たちは、闘わなければなりません。抵抗しなければならない。自分たちの権利を取り戻すまで」

【写真はすべて筆者撮影】

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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