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ルポ「ガザは今・2019年夏」・7「ガザ脱出を夢見る青年」

土井敏邦ジャーナリスト
貧困と絶望に苦しむ多くのガザ住民が海外への脱出を願っている(筆者撮影)

――ガザ脱出を夢見る青年――

【ガザは“野獣の森”】

 ガザ地区中部のヌセラート難民キャンプで暮らすラエフ・アブシャウシュ(28)は、ガザ市内の大学を出て5年になるが、仕事がない。そのラエフは大学卒業後、ずっとガザ脱出の試みを繰り返してきた。その理由をラエフは私にこう語った。

ガザ脱出を試み続けるラエフ(2018年8月/筆者撮影)
ガザ脱出を試み続けるラエフ(2018年8月/筆者撮影)

「ガザでやることは何もありません。私の夢はガザを出ることです。ガザには安全も平和もないからです。

 いつもイスラエル軍の戦闘機が飛び、国境デモもある。イスラエルもハマスも何かと口実を作って、いつも戦争を起こすんです。イスラエル軍は口実がなくても空爆します」

「経済状況は最悪で、電気も日に4時間ほどしかなく、動物のような生活です。仕事の機会も全くない。金を稼いで、安定した生活をすることもできない。結婚や子どもを持つことさえ考えられない。ガザでは自分や家族の生命を危険にさらすことになるからです。野獣だらけの森にいるようです。いきなり食われて死んだり、埋葬されたりする。ここの生活は異常です。こんな危険な状況で、どうして子どもを育てられますか」

「とにかく今ガザを出たい。今出ないと、40~50歳まで、恐怖の中で生きることになります。何が起こるかわからない。急に戦争が起こるかもしれない。ガザでの生活は恐怖です。ただ外を歩いていても怖いんです。ガザで暮らすくらいなら、海外での路上生活の方がましです」

【急増する若者たちの犯罪】

 ラエフと同じくガザ脱出をめざしている兄モハマド・アブシャウシュ(29)は、弟がガザ脱出を願う心情をこう説明する。

弟ラエフとスペインへの移住を計画した兄モハマド(2018年8月/筆者撮影)
弟ラエフとスペインへの移住を計画した兄モハマド(2018年8月/筆者撮影)

「弟が大学で懸命に勉強したのは、失業者になるためではありません。弟は『28歳になっても、自分は何も成し遂げていない』と言います。彼は卒業証書を“達成”とは思っていません。ガザの全ての若者にとって、それは何の解決でもないんです。仕事も金も食べ物さえなく、路上をさまようために若者たちは大学で何年も勉強したのではありません」

「大卒の若者たちは失業と労働市場の悪化で、ひどい経済状態に直面しています。そのために彼らは海外への脱出やドラッグや窃盗や殺人を考えるようになりました。ガザのひどい状況のために、金を得るためには何でもすることが若者にとって普通のことになっているんです」

 ラエフもまた、ガザで若者たちの間での犯罪が急増している現状をこう語った。

「大卒者は何もすることがなく、路上でブラブラするか、刑務所に入るかです。経済状態がひどいため、不法な仕事をして投獄されています。彼らの多くはエンジニアや医者など教育を受けている者たちです。

 3日前に刑務所にいる友人を訪ね、驚きました。そこには財産を失った金持ちや資本家たちが投獄されていたんです。彼らはガザを脱出しようとしたんです。弁護士や医者やエンジニアなどインテリたちが、ドラッグや借金などの問題で投獄されされていました。ガザにはちゃんと暮らせる“生活”がないんです」

【繰り返す脱出の試み】

 ラエフは大学卒業後、まずチェコへの出国を計画して失敗、250~300ドルを失った。次は中国への渡航をめざし政府発行の診断書を得るために、600ドルを費したがこれも実現できなかった。

 今度は1歳年上の兄モハマドと共にスペインへの渡航を計画した。スペイン内の大学に入学金を支払い学生登録も済ませた。しかしイスラエルにあるスペイン大使館にビザを申請したとき、拒否された。渡航は「学生」としてではなく、移住するためだと判断されたからだ。この失敗によって兄弟が費やした経費6000ドルを失った。

 

 一方、ラエフの弟2人は、ガザ脱出に成功した。危険を冒し地下トンネルを通ってエジプトに入国。その後、アルジェリアに渡り、さらにモロッコの森を抜け、スペインまでたどり着いた。アルジェリアとモロッコの国境で警官に見つかり逮捕されたが、賄賂を渡して切り抜けた。その後さらにベルギーまで移動し、難民申請した。

「その費用はどこから得たのか」と問うとラエフは、「私たち兄弟全員です。弟も私たちと働きました。私たちは一つの手のようなものです。共に立ち、全てにおいてお互い助け合います」と答えた。

【95%の若者が脱出を願望】

「ガザ地区には2018年8月現在で、約25万人の失業中の大学卒業生がいます」とジャーナリスト、ムハマド・アルハダアードは言う。

「若者たちは人間らしい生活がしたいんです。仕事がほしいし、家族を持ち子どもを養いたいし、自分の将来を築きたいんです。それが全くできないんです。

 少し前の移住の調査によれば、多くの医者が仕事を辞めてガザを出ました。ここには“生活”がないからです。全ての教育を受けた者は海外に出たがります」

仕事もなくカフェで暇を持て余す若者たち(2015年10月/筆者撮影)
仕事もなくカフェで暇を持て余す若者たち(2015年10月/筆者撮影)

 

「ガザの若者の95%はガザ脱出を願っています」と証言したのは、同じくジャーナリスト、ハッサン・マンスールだ。

「私たちジャーナリストも、ガザを出ることを考えています。愛国心がないからではありません。政治指導者たちが、ガザ脱出しか選択がない今の状況に私たちを追いやりました」

「ガザを出る若者たちも、決して幸せではありません。家族をガザに残して行くんですから。毎日、家族はどう生活しているのか、両親や妻や子どもたちがどう生活しているのか考えなければなりません。結婚して妻や子どもを残して海外に出た若者もたくさんいます。これが現状です」

検問所の窓口に殺到する渡航者たち(筆者撮影)
検問所の窓口に殺到する渡航者たち(筆者撮影)

 慈善組織のスタッフ、アンマール・アルヘルーは「ガザ脱出は悲劇です」と言う。

「2014年の戦争直後から、海外への移住を試みる若者が増えました。ただ、ガザ脱出は危険が伴います。ガザの『死』、苦しい現実から逃れようとして、同じ『死』にたどり着くのです。

 先週2人の兄弟の死のニュースが飛び込んできました。無謀にも船で海を渡ろうとしました。『死』に自ら飛び込むようなものでした。ガザから逃れようとし、死から死へと渡り歩いているんです。

 密航が危険と搾取を伴うと分かっていても、なお若者たちは試みようとする。そのような状況に彼らを追い込んでいる現実があります。こうした危険な渡航の試みで多くの犠牲者が出ていますし、それを生む現実も続いています」

【脱出に必要な大金】

 1年後の2019年夏、ラエフはまだ難民キャンプの自宅にいた。しかし、この1年間に5度もガザ脱出を試みていた。

 ラエフは、国境の検問所を通過しエジプト側に出るために多額の費用がかかる実例を語ってくれた。

ガザ脱出のために通過しなければならないラファ検問所(筆者撮影)
ガザ脱出のために通過しなければならないラファ検問所(筆者撮影)

「いま唯一、パレスチナ人の移住を受け入れてくれるトルコへの渡航の申請のためには、ヨルダン川西岸では150ドルですが、ガザ地区では300ドルの渡航費の他に、3000ドルの口座残高の証明書が必要です。

 またエジプト側とのコーディネイトが必要で、その費用が1200ドルです。さらにエジプト側のセキュリティの監視下でラファの国境からカイロ空港まで移動し、エジプト国外に出るため必要な費用として27000ドルを要求されました。私はなんとか1500ドルを払いましたが、最後には、私には『セキュリティ上の問題がある』と言われ、ガザに戻されました。

 もう一度やりなおし、1200ドルをまた払いましたが、またガザに戻されました。そして『君の問題を解決するには1500ドルが必要だ』と言われたんです。

 私が一体何をしたかと言うのか。エジプトのどの政権に対しても、私は何の犯罪を起こしてはいないのに。

 私が支払った金はガザでは巨額の金です」

(Q・何回、ガザ脱出を試みたんですが?)

「5回です。5回目の時も、またガザに送還されました。さらに3500ドルを要求されたのです。最初にガザから出ようとした時に、ガザ政府の内務省は1000ドルを要求しました。そして1200ドル、1500ドル、遂には総額を3500ドルになりました」

(Q・最終的に誰がその金を受け取るんですか?)

「エジプト側と、彼らと組んでいるハマス政府内の個人に行きます。それを扱う特別のオフィスがあります」

(Q・その金がハマスやエジプト側の個人に渡っていると、どうやってわかったんですか?)

「コーディネイトの責任者が教えてくれました。その人と金について交渉すると、『これだけの金がエジプト人に行き、これだけの額がパレスチナ側のオフィスに行く』というのです。私の場合150~300ドルがパレスチナ側に渡ると言われました。その額は払った金額によるということでした」

ガザ脱出に不可欠なガザ住民のパスポート(2019年8月/筆者撮影)
ガザ脱出に不可欠なガザ住民のパスポート(2019年8月/筆者撮影)

(Q・支払ったお金は?)

「お金を支払うとき、領収書を受け取ります。渡航に失敗したら、その金は戻ってきます」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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