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阪神タイガース「猛虎キャンプリポート」の名物ディレクター・福家雅明氏(元阪神)26年目のキャンプ中継

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
「猛虎キャンプリポート」ディレクター、元阪神投手の福家雅明氏(福家氏提供写真)

■キャンプ中継の先駆け「猛虎キャンプリポート」

 「キャンプが楽しくてしかたない。もう、1年中キャンプでもええかな」―。

 プロ野球の春季キャンプを愛しすぎている男がいる。阪神タイガースのキャンプ中継番組「猛虎キャンプリポート」のディレクターであり、放送席でMCも務める福家雅明氏だ。古参の虎党ならご存じ、元タイガースの投手である。

 「1年中キャンプでもいい」だなんて、いや、それは本末転倒だろうと思うのだが、それくらいキャンプ中継を楽しんでいるのだ。

 かつてはテレビのスポーツニュースの短いコーナーでしか紹介されなかったキャンプ情報だが、今やCS放送やネット配信で朝から夕方までリアルタイムで「キャンプ中継」を見ることができる。しかも12球団すべてある。

 その「キャンプ中継」の先駆けともいえるのが、CS放送のスポーツチャンネル・スカイAの「猛虎キャンプリポート」だろう。今年で26年目に突入した、キャンプ番組の老舗である。その初年度からディレクターとして制作のみならず出演もして、タイガースファンの間でも名物となっているのが福家氏だ。

 18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一に輝き、今年は球団初の連覇に燃えているタイガースの、その“猛虎魂”をあますところなく伝えるキャンプ中継番組「猛虎キャンプリポート」。福家氏にキャンプ中継への思いを語ってもらった。(インタビューはキャンプ直前の1月27日)

大山悠輔選手にインタビューする準備(福家氏提供写真)
大山悠輔選手にインタビューする準備(福家氏提供写真)

■1999年に始まり、26年目を迎えたキャンプ中継

 今でこそ生中継の「猛虎キャンプリポート」だが、25年前にスタートしたときは生中継ではなく、現場で撮影・編集したものを毎日、夜9時から2時間枠で放送していたという。1999年当時のタイガースは高知県の安芸市営球場でキャンプを張っていた。(2003年から沖縄の宜野座)

 「現場で、たとえば投内連係を30分、ブルペンを30分、バッティング練習を30分、特集を30分ってブロックで4本、撮っていた。午前の分を撮り終えたらすぐ高知空港から飛行機で送って、伊丹空港からバイク便で局に届ける。最後のVTRは4時ごろまでに送ったら9時の放送に間に合う。チェックして、名前のスーパーを入れながら放送してたね」。

 幸運なことに飛行機の遅延や欠航などのアクシデントは一度もなく、連日2時間番組が無事に放送できた。この状態が3年ほど続いたあと、生中継になった。「アップリンクっていう衛星車を持って行って、衛星に飛ばしてね。現場でスーパーもつけられるようになった」と、現在のスタイルの基盤ができた。

 「当時は1時間で何十万円もかかってたんよ。お金の話はよう知らんねんけど、とにかく高かったと」。

 それでも続けたのは、どこもやっていなかったキャンプ中継への反響が大きかったからだ。今では光回線になり、料金もかなり安価になったという。

大山悠輔選手と(福家氏提供写真)
大山悠輔選手と(福家氏提供写真)

■最初はひとりでしゃべり続けた

 現在は、球場のスタンド最上段に設営した放送席で局のアナウンサーが進行をし、福家氏は解説やインタビュアーとしてしゃべっているが、当初のしゃべり手はほぼ福家氏ひとりだった。

 「スロー(スロー再生)とかもなく、普通に目の前の練習を見ながらしゃべってたね。ブルペンでは投げてる横で見ながらしゃべるんやけど、ピッチャーの邪魔になったらあかんからと小さい声でコソコソしゃべってたら、視聴者から『聞こえない』とか『ボソボソしゃべるな』ってお叱りが…(笑)」。

 選手を気遣うがゆえのことだった。

野口恭祐選手と(福家氏提供写真)
野口恭祐選手と(福家氏提供写真)

■福家氏の流儀その1…選手のいいところを伝えたい

 福家氏にとって、キャンプ中継で「これだけは」とたいせつに守っていることがあるという。「選手のいいところを伝えたい」「すべての選手をまんべんなく映したい」の2点だ。

 「キャンプ序盤から『フォームがあかん』とかは絶対に言いたくない。選手は試していたり、やりたいことがあったりする。逆に初日からアピールしようと飛ばしている選手もいる。俺の現役時代はそうやったけど(笑)。選手の立場によって違うから、そこを見極めてあげたい。目の前の、その場面だけで決めつけてしゃべったらあかんと思っている」。

 しっかりと選手本人の話を聞き、どういう思いで取り組んでいるのかを把握して言葉を発する。プロ野球界で8年経験してきたからこそ、思いがわかるのだ。「それに選手の家族も親戚も見ているからね。ちょっとでもええとこは褒めてあげたい」と気を配る。

 だが、視聴者の中にはこの愛情深さをよく思わない虎ファンもおり、ときに「お前が褒めすぎるから選手が伸びない」など厳しい意見が届くこともある。しかし、「選手もあかんときは自分が一番わかってるから。それを俺らが指摘する必要はない。俺も苦労したからよくわかる」と、自身の現役時代を振り返って選手を慮り、「いいところを褒める」というスタンスは変えない。

梅野隆太郎選手にインタビュー中(福家氏提供写真)
梅野隆太郎選手にインタビュー中(福家氏提供写真)

■福家氏の流儀その2…すべての選手をまんべんなく映したい

 どうしても主力選手に注目が集まりがちだが、福家氏はどの選手もちゃんと映るようにと頭をひねる。「終わったら映像を見て、この選手が少なかったから明日は多めにいこうとか、打ち合わせでも言う」と、「まんべんなく」を意識しているという。

 「実戦が始まるまでの2週間はだいたい同じ流れなんで、いろんな選手に一日一日しっかりと注目しながらね。今日はこの選手に注目しようとか、ポイントを見つけながらやっている」。

 昨年からファームのキャンプ地も沖縄(具志川)になったことで、ファームの選手もたっぷりと映すことができると喜ぶ。全員をまんべんなくというのも、練習開始から終了まで連日カメラを回しているからこそ、できることだ。

 「沖縄まで来れないタイガースファンのために、今年のタイガースを正確に伝えたい」という思いなのだとうなずく。

木浪聖也選手と(福家氏提供写真)
木浪聖也選手と(福家氏提供写真)

■自分がまず楽しむ

 福家氏のポリシーは「自分が楽しくないと、いい中継はできない」だと語り、「キャンプでは『カメラマンはディレクターや』と言うてる。自分がディレクターなら何を撮りたいのか、考えて探して動いてもらっている」と明かす。

 宜野座球場はメイングラウンドのほか、サブグラウンドやブルペン、ドームがあり、ときには坂道でダッシュなどをすることもある。さまざまな場所で汗を流す選手たちを逃すことなく伝えるため、カメラマン自らの意志に任せているのだ。

 「中継車からはすべては見えないから、カメラマンからの報告で切り替えながら放送している。選手が一生懸命やっているシーンを撮りこぼさないように。生なんでね」。

 選手のいい画が届けられるよう、カメラマンもやりがいをもちながら撮っているという。

ミーティング(本人提供写真)
ミーティング(本人提供写真)

■キャンプの1日

 そんな福家氏のキャンプ中の1日は長い。

 「朝起きるのは5時半。6時に朝ごはん食べて、中継の資料をスカイAに送ったり準備をして8時にホテルを出発。球場に着いたら打ち合わせをして、10時から生放送。練習後には選手のインタビューを撮って、それから編集とかしてホテルに帰るのが7時半くらいかな。途中で晩ごはんを買って…ホテルにないからね」。

 インタビューも事前にどの選手に行うか考え、球団広報と密に連絡を取り合う。

 さらに、夕食のあとも忙しい。9時からのスカイAの再放送をチェックしながら、翌日の中継用資料を作る。タイガースから送られてくる練習メニューを見て中継のポイントを探り、独自にデータなども盛り込むので、資料作りは日をまたいで1時ごろまでかかる作業になる。だから睡眠時間は連日4時間ほどというハードさだ。

 「休みの前日は資料を作らなくていいから唯一、夜が空く。そのときにおいしいものを食べにいくのが楽しみかな」。

 お寿司に沖縄そば、ハンバーガー、アグー豚のしゃぶしゃぶなど、お気に入りの店で舌鼓を打つのが、癒しのひとときだ。

 またタイガースの休日には、同じ沖縄でキャンプを張る他球団の視察にも出かける。

 「よその球団を見てレベルを知らないとね。タイガースしか知らないと、よく見えてしまうから」。

 そういった視点を大事にするとともに、移籍した元虎戦士と旧交を温めたり、新外国人のチェックをしたりするのも、視察の目的である。

中日ドラゴンズのキャンプ地にお邪魔したことも(本人提供写真)
中日ドラゴンズのキャンプ地にお邪魔したことも(本人提供写真)

■福家氏が今年注目する選手

 今年の注目選手を訊いてみた。まず投手では2年目の門別啓人投手の名を口にする。

 「井川)を大きく上回るんちゃうかと思っている。井川と違うのはコントロールのよさ。井川の若いころは荒れ球やったんよ。それと、去年の1軍の登板でも自分の球が投げられていた。そこがすごい。度胸が据わっている。コントロールとキレのいい球を投げる門別には期待している」。

 昨年2試合に登板した門別投手は、キャンプでも一番の注目株だ。今季の大きな飛躍が楽しみだ。

 野手では「小幡やね。岡田さんも(ショートは)木浪聖也)と断定してないし、ピュッと成長するんちゃうかなと思っている。やっぱり守備、肩ね。それと走塁。足は木浪よりあるから」と6年目・小幡竜平選手を挙げた。

 「感動したのはスタートとスライディング。内野ゴロでの1点」と興奮気味に語るのは、昨年5月11日の東京ヤクルトスワローズ戦での小幡選手の“神走塁”のことだ。三塁ランナーの小幡選手は、ショート右へのゴロで判断よくスタートを切り、バックホームをかいくぐってヘッドスライディングで決勝点をたたき出した。

 「センスある。九州男児で気も強い。バッティングもよくなってるし、使ったら打つ子」とこの先10年、ショートのレギュラーを任せられる選手だと太鼓判を押す。

門別啓人投手と(本人提供写真)
門別啓人投手と(本人提供写真)

■キャンプ中継は趣味?

 「自分の好きなことをやってるんやから、しんどいことは何もない。中継やってるときも、明日の資料を作っているときも楽しい。今日はどの選手に注目しよかなとか考えるのも楽しい」。

 睡眠時間が4時間でも、苦ではないという。タイガースが大好きで、選手の成長に思いを馳せる福家氏にとって、キャンプはもはや「仕事というより、もう趣味や(笑)」と言いきる。

 福家氏が中継を始めて26年目の「猛虎キャンプリポート」。今年も躍動する虎戦士の様子が、存分にタイガースファンの元に届けられている。

 「全員のスタートやからね、キャンプは」。このキャンプで鍛えられた選手たちがシーズンでどんな活躍を見せてくれるのか。福家氏はわくわくしながら今日も放送している。

ルーキー・椎葉剛投手と(福家氏提供写真)
ルーキー・椎葉剛投手と(福家氏提供写真)

フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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