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女子野球の発展を願って―米どころの女子硬式野球部員たちが造った日本酒「純米大吟醸 明軽(めいけい)」

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
完成した「純米大吟醸 明軽」を手にする平成国際大学女子硬式野球部員たち

 「明軽めいけい)」という純米大吟醸酒が埼玉県の米どころ、加須市で完成したと発表された。ただの日本酒ではない。なんと地元の平成国際大学 女子硬式野球部の部員たちが造ったお酒だ。酒米生産者や蔵元、市の協力を得て、田植えや稲刈り、仕込みなどの作業に勤しみ、名前を考え、ラベルのデザインをし、販路の営業にも携わった。

 なぜ彼女たちが酒造りを行うに至ったのか。同部監督の濱本光治氏に話を聞いた。

平成国際大学 女子硬式野球部員
平成国際大学 女子硬式野球部員

■女子硬式野球部員が酒造りを行ったわけ

 近年、女子野球は急速に発展している。女子硬式野球部のある高校や大学が増え、昨年夏は全国高校女子硬式野球選手権大会の決勝戦が初めて甲子園球場で開催され、今年も同じく行われることが先日発表された。プロ野球でも3球団(埼玉西武ライオンズ阪神タイガース、読売ジャイアンツ)が女子チームを創っている。

 こうした女子野球の普及、発展に尽力してきたのが濱本監督だ。広島県出身の濱本監督は埼玉栄高校コーチ、花咲徳栄高校監督での手腕を見込まれ(ともに男子野球部)、2001年、創部4年で未勝利だった花咲徳栄高の女子硬式野球部の強化を懇願され、監督に就任した。

 それから20年あまり、女子硬式野球に携わってきた。全日本女子野球連盟・副会長全国高校女子硬式野球連盟・代表理事を務め、2007年からは平成国際大 女子硬式野球部で指揮を執る濱本監督には、数年前から温めていた“ある計画”があったという。

 「4~5年前、三重県の皇學館という神主さんを養成する大学の教授から『地域の高校で女子硬式チームを立ち上げたい』と相談を受けて、伊勢市に行ったんです。そこで行政の方も交えて話をしているときに、皇學館大の一般の学生が田植えをして、地元の蔵元で五十鈴川の水を使って造ったというお酒が出てきたんです。学生を募ったら20人くらい集まったそうで。これ、おもしろいな。これがもし女子野球選手で造るような機会があったらな、と」。

 いつか…。濱本監督の頭の中にしっかりとインプットされた。

平成国際大学 女子硬式野球部監督の濱本光治氏
平成国際大学 女子硬式野球部監督の濱本光治氏

 そんなときだ。「女子野球タウン認定事業」が始まった。これは、全日本女子野球連盟が女子野球普及と地域活性化のため、2020年9月に取り組みをスタートした事業で、現在は全国各地に認定都市が拡大している。その第1号に、愛媛県松山市、佐賀県県嬉野市とともに加須市が認定されたのだ。

 そこで、その活動として濱本監督が第一に考えたのが「女子野球の普及と加須市の農業の活性化」だった。

 濱本監督らが住まう埼玉県加須市は「県内でもっとも米の収穫量が高いんです。加須市の面積の半分が農地で、そのうちの8割か9割が水田なんです」と、県下一の米どころだという。さらに1748年から続く創業270年を超える老舗の蔵元もある。

 「ウチの女子野球部員による田植えと稲刈り、酒造り、そして販売等々をやろう、と。学生たちも農業に携わることってすごくいい体験になるだろうし、お米のたいせつさも実感できる。あと、仕込みだとかデザイン、販路、消費者の手に渡るまでのいろんなことが学べるし、女子野球タウンとして普及活動できるいいタイミングだなと思って、プロジェクトを立ち上げたんです」。

 当時の4年生が実行委員になり、年が明けてすぐの1月から動き始めた。まず、濱本監督とコーチが老舗の蔵元である釜屋小森順一社長のもとへ行き、プロジェクトの内容を伝えて「造らせていただけませんか」と交渉をした。市も酒米を作っている農家もバックアップしてくれることになり、話は進んだ。

 「加須市の酒米協議会ってあるんですよ。そこの篠塚敏雄会長がオッケーして、協力してくれたんですよ。今は篠塚会長、学生とも仲よくなっちゃってね(笑)」。

 熱意が通じたのだろう。

濱本光治監督と部員たち
濱本光治監督と部員たち

■楽しみながらの作業

 さて、どのくらいの量を造るか、だ。まず酒の製造本数を決める。それによって、見合う田んぼの作付面積が決まる。

 「リスクもあるんで少なく見積もって、造ったものを分けて瓶のラベルを替えればいいというようなことも言われたんです。いや、それではダメだ、意味がない、オリジナルのものを造りたいんだとお願いしました」。

 そこで1タンク、1500本分を造らせてもらえるよう頼み込み、それに見合う酒米1.2トンを作る作付面積を確保した。

 田植えが始まると25人の部員たちが総動員で田んぼに出かけ、一生懸命に作業をした。

 「中腰でやるじゃないですか。彼女たちはトレーニングにすごくいいと捉えてました(笑)。でも、きついと。だから農家の方のご苦労がわかった、大変なんだなと言ってましたね」。

 つらい作業も、若さゆえにキャッキャキャッキャと楽しくできたようだ。体力のある部員たちは戦力となったのはもちろんのこと、その明るい存在は地元の人々に活力を届けた。

 そうしているうちに、酒米生産者と部員たちの間に交流が生まれていった。

 「作業が終わったあとも直会(なおらい)といいましてね、農家の方が出してくださるおにぎりや漬物、味噌汁をいただくんです。それがおいしくて(笑)。農家の方たちも若い人が来てくれたことで喜んでくれましたしね」。

 彼女たちのおいしそうに頬張る姿もまた、生産者たちを元気にした。

 稲刈りでも汗を流した。そのあとに振る舞われたカレーライスが、とてつもなくおいしかったという。

 「嬉しかったのが、25人みんなに新米を配ってくれたんですよ。各自に合計10キロずつ。一人住まいの子もいるわけですから、みんな本当に喜んでねぇ。すごいことですよね」。

 部員たちも心から感謝した。この交流は、お互いにとって非常によかったと濱本監督は振り返る。

田植えに稲刈りに奮闘する部員たち
田植えに稲刈りに奮闘する部員たち

■さまざまなこだわりが味の秘密

 米作りは作り方や水にもこだわったという。

 「お米は最高峰の山田錦で、自然農法で作っているお米です。土地もほとんど農薬が入ってません。お水もいい記憶を持っている水を田んぼの中に入れました。お水というのはすべて伝播しますから」。

 発酵過程では、ある工夫もした。

「稲刈りをしたあとに、約1.2トンのお米ができました、精米したやつがね。そのうちの50%、半分を削るんです。それが純米大吟醸のお米になって、それをタンクに入れるわけですよ。お水と菌を入れて発酵させるんですけど、およそ発酵するまで約3週間かかります。その3週間、伊勢の世界的に有名なアーティストが作った雅楽をずっと音響で流してるんです。微生物が反応するので、味が変わるわけです」。

 ここにも味の秘密が隠されているのだ。

 濱本監督は語る。「酒造りって日本文化の象徴なんです」と。田植えをする前に約90分間、部員たちに「お米がどうやって日本に入ってきて、どういう神話があるのか」ということを、古事記なども織り交ぜながら講義したという。

 実は濱本監督は神道研究家で、祝詞をあげることができる。これまで加須市の農家では行われたことがなかったが、このプロジェクトでは田植え祭、抜穂祭、祈醸祭、完醸祭で祝詞を奏上し、「神様を招んでるんですよ」と古来の神事もしっかりと行った。

濱本光治監督、平賀精二コーチ、齋藤桜選手(実行委員長)が試飲
濱本光治監督、平賀精二コーチ、齋藤桜選手(実行委員長)が試飲

■なぜ「明軽」と名づけたのか

 そうして完成したのが「純米大吟醸 明軽」だ。

 「明るさというのは、よい未来を信じること。軽いというのは我や自分の執着を亡くすこと。自分のことより人のことを思うと心が軽くなる。そういう世の中にしたいと思ってるんです」

 濱本監督がヒントを与え、部員たちが名づけたというが、「彼女たちが『明というのは言霊的にとてもいいですよ』と。本当にすごくいい言葉なんです」と、その感性に驚かされたという。「人の心が明るく、軽く、温かく、熱く、元気に幸せになってほしい」という部員たちの願いが込められているそうだ。

 味も「芳醇でフルーティで口当たりよくて、どんな料理にも合います。ウチの女房は『ワインみたいだ』って言ってますよ」と自信作だ。

 ラベルには桜とともに女子野球選手がシルエットで描かれ、爽やかさを添えている。

「純米大吟醸 明軽」の完成を喜ぶ大橋良一 前加須市長(右)
「純米大吟醸 明軽」の完成を喜ぶ大橋良一 前加須市長(右)

■地元の人々との交流

 この酒造りを通して、地元の人々との絆が深まった。稲刈り以降も顔を出し、年末の注連縄作りや餅つきに参加した部員もいる。

 「多くの方たちが試合を見に行きたいと、これからも応援したいと言ってくれている。それが目的なんですよ、女子野球タウン事業の。お酒造りを通して、地元の方々といろんな交流ができたことがよかった。酒造りというのは日本の伝統的な文化ですから」。

 時間をかけ、心をこめて丁寧に取り組んできたからこそ、ここまで達成できたのだ。

 また濱本監督は米、酒の話にとどまらず、神道研究家ならではの地元の神社の話なども披露し、この地の素晴らしさを訴えた。地元の人々でさえ知らなかった話には「みなさん、目が輝いてましたよ」と感動を呼んだ。

地元の人々とともに
地元の人々とともに

■「女子野球の父」四津浩平氏との出会い

 女子硬式野球に関わって22年目になる。なぜここまで注力することができたのだろう。そこには「女子野球の父」といわれた亡き四津浩平氏の存在があるという。

 四津氏は1995年、日本で初めて「日中対抗女子中学高校親善野球大会」を開催し、1997年に「第1回全国高校女子硬式野球選手権大会」を立ち上げた。そして1998年には全国高校女子硬式野球連盟を設立した。

 「花咲徳栄の監督になったとき、女子野球の歴史を知りたいと四津さんの自宅を訪ねたんです。大会の運営費はどうしてるんですかと訊いたら、口を濁すんです。でもわかりますよね、自費で出していることは。あぁ、こんな人がいるんだなと。それが縁になって、ずっと親しくさせていただいていた」。

 埼玉県で行われた第7回大会では、濱本監督が実行委員長に任命された。そして、その翌年の2004年、四津氏は永眠した。亡くなる1ヶ月前に病床で「濱本先生、いつかは女子硬式野球の本を書いてくれ」と託され、12年後に「花咲くベースボール」を自費出版した。女子野球の歴史、そして四津氏のことを正しく後世に遺したいという思いだった。

濱本光治監督の話を聞く部員たち
濱本光治監督の話を聞く部員たち

■四津氏の魂を継承

 濱本監督は、四津氏の“”を受け継いでいるのだ。だからこそ、女子野球が発展していくことに喜びつつ、「危惧しているところはあります」と顔を曇らせる。

 「なんでもかんでも横に広がればいいというものではない。そこに『品』って必要だと思うんですよ。上品だとか下品だとかの品。品を下げるようなことをやっちゃいけない。ちゃんとした歴史観という縦の軸、四津浩平がやりたかった真面目にちゃんとコツコツやる縦の軸をちゃんと構築して、それがあった上で横の軸なんですよ。女子だってことでいろいろあるじゃないですか、セクシーだとかなんだとか。そういうのはあっちゃいけないんですよ」。

 取り上げられ方の方向が違うことも、よく見られるようになった。

 野球はあくまでもスポーツである。少しでも上達したいと研鑽を積むことに男女変わりはない。しかし「普及、発展」を大義名分にして、間違った方向に進んではならないのだと説く。

 「それを守らなきゃいけない。広まってはほしいんだけど、そういう広まり方をしちゃいけないんです。真面目に誠実に一生懸命やってる姿を見てもらって感動を与えるような、女子ならではのいいものを構築するということが大事だと思ってやってるんですよ」。

 だからこその、女子野球タウン事業でもある。この酒造りも「単にウケ狙いではない」と強調し、女子野球の普及とともに、酒造りという日本文化の周知、伝承でもあると力を込める。

明るい部員たち
明るい部員たち

■女子野球神社の創建

 濱本監督は「次のプロジェクトがあるんです。女子野球にプラスになる」と、すでにまた動きだしている。なんと「女子野球神社」の創建だ。

 「甲子園のライトスタンドの裏側に通称・甲子園神社(素盞嗚神社)がありますね。祀られている神様は素盞嗚命(すさのおのみこと)なんですが、今、我々が酒米を造っている社も八坂神社で、須佐之男命(すさのおのみこと)なんです」。

 折しも今年の「第23回全国高校女子硬式野球選抜大会」は加須市で開催された(決勝は東京ドーム)。女子野球タウン第1号の市でもある。地元の了承も得て、加須市にある八坂神社の通称を「女子野球神社」として世に知らしめていこうというのだ。

 「安全祈願、野球ができる幸せ、勝ち負けの必勝祈願ではなくて自分のが出せて自分のプレーができることを祈るような、そんな場を作りたい」。

 「明軽」の売り上げの一部も投じ、募金活動も行って、整備していく。西の素盞嗚神社のごとく、女子野球選手の心の拠りどころとなるように。

 どんどん発展していく女子野球と、それを牽引し、後押しする濱本監督。これからも女子野球、そして濱本光治監督の動きから目が離せない。

第9回女子硬式野球沖縄大会で優勝(2022年3月20日)
第9回女子硬式野球沖縄大会で優勝(2022年3月20日)

(写真提供:平成国際大学女子硬式野球部)

*「純米大吟醸 明軽」はオンラインショップで購入可能。

売り上げの一部は女子野球の普及発展の基金に充てられる。⇒オンラインショップ

フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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