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「モツギスカン鍋」が話題 異彩を放つ川崎「モツガスキ」独自の経営戦略とは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「モツガスキ」の店頭に立つオーナーの山田能正氏(筆者撮影)

川崎市内のJR武蔵新城駅から徒歩5分ほどの路地裏に「モツガスキ」という居酒屋が今年の2月にオープンした。この店が異彩を放って話題になっている。武蔵新城とはあまりなじみがないかもしれないが、タワマンの代名詞である武蔵小杉と、人気上昇中の溝の口の中間にある駅で、近年移住してくる若いファミリーが増えている街だ。

この「モツガスキ」の何が話題かというと、同店がつくったアイデアメニュー「モツギスカン鍋」が、地元のお客から評判となり同業者が視察に訪れるようになってきている。

冬場にも強いタイ料理の鍋を求めて

「モツギスカン鍋」とは、イメージ通りに「モツ鍋」と「ジンギスカン鍋」が融合した感じのもの。同店オーナーの山田能正(よしまさ)氏(45)は、BAKASOULという会社でタイ料理店「BAKASOUL Asia」を2014年から武蔵小杉で営んでいて、ここでかねがね「冬場に強いタイ料理」を考えていた。山田氏によると、タイ料理店の売上は10坪程度の場合、夏と冬とで100万円程度の差が生じるという。

そこでひらめいたことは「鍋料理を創作すること」。日本でタイ料理の鍋は「タイスキ」が定着しているが、山田氏は「もっと辛くてパンチが効いたもの」を求めた。そこでタイのムーガタに着眼した。ムーガタのムーとは「豚」でガタは「浅い鍋」という意味。鍋の形状は深さのあるジンギスカン鍋といった感じで、中央部で肉やシーフードを焼いて、そこから出た肉汁や旨味が周りの野菜が浸った出汁の中に落ちていくというもの。

BAKASOULでは、「モツガスキ」がオープンした2月の同時期に「ニクガスキ」という焼き肉店を元住吉(武蔵小杉の隣り街)にオープンしていて、ここは焼き肉店を知り尽くしたパートナーに運営を委託した。「ニクガスキ」が先にオープンして、それよりも大衆的な業態にしようと、モツが主要食材の「モツガスキ」とした。

ムーガタの鍋はアルミ製で軽いことは便利だが、肉を焼くと焦げがこびりつくという難点があった。そこで「モツギスカン鍋」の鍋にするために、現地からアルミ製のままを輸入して、日本で業者に依頼をして鍋の表面にフッ素樹脂加工を施してもらい、焦げ付かないで食材をスムーズに調理できる専用の鍋をつくった。

日本でフッ素樹脂加工を施して「モツギスカン鍋」の鍋を開発した(筆者撮影)
日本でフッ素樹脂加工を施して「モツギスカン鍋」の鍋を開発した(筆者撮影)

「モツギスカン鍋」の材料は、肉が豚の三枚肉のほかに、牛・豚・鶏のモツのミックス。これらのモツはみなプリプリとしていて、みな相性がいい。鶏ガラでとったスープが鍋の内側の周りの深さのあるところに入れられて、そこに玉ねぎや青菜といった野菜が敷き詰められている。豚肉やモツのミックスが焼かれるたびに下に流れ落ちていく肉汁が鶏ガラスープと野菜スープに溶け込んで旨味をさらに増していく。モツと野菜を食べ終えて残ったスープに麺を入れて楽しむことができる。

野菜を鍋の周りに敷き詰めて、中央部で肉やモツを焼く(筆者撮影)
野菜を鍋の周りに敷き詰めて、中央部で肉やモツを焼く(筆者撮影)

「モツギスカン鍋」が既存の「モツ鍋」や「ジンギスカン鍋」と異なる点は、「ジンギスカン鍋」の野趣が生かされながら、「モツ鍋」よりも旨味が強く癖になるということ。タレは焼き肉のタレと、ナンプラーを使用したエスニック風のタレがあり、味変を楽しむことが出来る。肉から出た肉汁はスープに溶け込むことになり、焼き肉店のように激しく煙が出ないことも運営上のメリットだ。

かつての常連客が来店してきた

オーナーの山田氏は2009年に飲食業で起業。この「モツガスキ」の物件は山田氏が起業したときの焼き鳥居酒屋の物件で、山田氏と同世代の地元のお客が常連となって大層繁盛していた。その後、この物件を知人に譲渡したのだが、この度、再び山田氏が物件を引き継ぐことになった。

肉やモツの肉汁が野菜のスープに溶け込んで濃厚な味に仕上がっていく(筆者撮影)
肉やモツの肉汁が野菜のスープに溶け込んで濃厚な味に仕上がっていく(筆者撮影)

この時期に、前述した「ニクガスキ」のオープンと重なったが、山田氏はこのパートナーと共に多くのアイデアがひらめいた。それはまず「ニクガスキ」と「モツガスキ」というネーミングによってブランディング効果が高くなること。「モツギスカン鍋」は激しく煙が出ないということでダクトの追加投資が不要となった。

そして、店頭の白地ののれんから店内の告知に随所に登場する女の子のキャラクター。ここのキャラクターは「ニクガスキ」のパートナーの知人で20代半ばの女性インスタグラマーが描いたもの。この一点が存在することで店舗の外観から、古い店舗の居抜きのままでありながら楽しい空間というイメージをつくり上げている。これを機会に、同店では看板を掲げることを止めて、のれんを掲げることだけで店の営業状況を伝えている。

また今回のキャラクター誕生を機に、「BAKASOUL Asia」「ニクガスキ」「モツガスキ」のキャラクターを同じ女の子で統一して、ストーリーを変えた絵柄にした。こうして、武蔵小杉、元住吉、武蔵新城という至近距離の3店舗がファミリーであることをアピールすることに成功している。

今年の2月オープンした「モツガスキ」であるが、かつて山田氏がここで営業していた焼き鳥居酒屋のファンが、山田氏がここで商売を再開したことを聞きつけて、再び常連客として来店するようになった。「モツギスカン鍋」は1人前3300円(税込、以下同)、これに飲み放題を付けて5000円で提供している。しかし、これだけでは来店頻度が低くなることから、常連客に向けて500円前後のおつまみもラインアップしている。これによって客単価は4000円程度となっている。

調理がシンプルで癖になるメニューという「モツギスカン鍋」のアイデアは、パッケージ化することによってチェーン展開も可能になることから、これからの動向が楽しみである。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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