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飲食業界のレジェンドが新境地”ステーキ&中華料理”に託した思いとは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
飲食業界のレジェンド「中島武」の情熱はたぎり続けている(筆者撮影)

際コーポレーションという企業がある。飲食業や宿泊業をはじめ、家具・衣料品・雑貨販売などの企画・運営・支援を行っている。「ライフスタイル創造企業」を標榜し、グループの店舗数は400弱となっている。同社の代表は中島武氏。1948年1月生まれ、炭鉱の町、福岡市田川市出身。拓殖大学で応援団長を務め350人の団員を束ねた。社会人としては航空会社勤務から始まり、金融マンに転身するなど、会社経営のノウハウを積んで、1983年に独立。東京・福生から事業を開始して、1990年に現在の会社を設立した。

同社の飲食業は多業種に及びながらもトレンドを生み出してきた。1990年代にヒットした「鉄鍋餃子」は大手ファミレスがメニューに取り入れるほどの社会現象となった。コロナ禍にあって2021年には「うなぎ」に着眼して「にょろ助」というヒットブランドを展開した。これは通常のうなぎ専門店の価格を8掛け程度にして、巣ごもりで“おいしい外食”を求めていたお客の願望に応えた。

そして昨年緊急事態宣言が明けてから、新しい方向性を示した。日本の商業の中心地・銀座四丁目で営業してきた「銀座ブルーリリー」を“ステーキ&中華料理”のレストランとして11月20日より再出発した。店内装飾はレトロモダンを踏襲し“古き良き時代に思いを寄せた紳士淑女の社交場”をイメージさせる。“飲食業界のレジェンド”中島氏はウィズ・コロナの時代に向けてどのような発信が必要だと考えているのだろうか。

多種多様な牛肉をラインアップ

まず、「銀座ブルーリリー」のメニュー構成を紹介しよう。

同店がメインとして打ち出しているメニューはステーキで国産黒毛和牛の経産牛を主としている。元気な仔牛を生むために健康的に育った母牛で、サシが少なく風味や旨味が強いことが特徴。ここ数年の赤身肉ブームやSDGsの観点から人気が高まっている。同店では仕入れた肉の状態を見ながら、熟成をかけるものとすぐに提供するものを判断して管理している。

また、自然な形で育てられた国産のグラスフェッドビーフも仕入れて“これからの時代の牛肉”を紹介していく。

さらに、日本を代表する銘柄牛の神戸牛と食味が安定しているUSビーフもラインアップして銀座に集まるさまざまな客層のニーズに応えようとしている。

ステーキメニューは幅広く、アメリカンTボーンステーキが17000円(2名様相当)、黒毛和牛のウチモモなら3400円から。コースは8800円からとなっている。

「銀座ブルーリリー」のステーキは、産地、肥育方法、熟成状態など、さまざまな種類のものがラインアップされている(筆者撮影)
「銀座ブルーリリー」のステーキは、産地、肥育方法、熟成状態など、さまざまな種類のものがラインアップされている(筆者撮影)

同社では、これまでステーキハウス、ハンバーガーレストラン、焼肉店など牛肉を扱う飲食店を展開し、その仕入れのために毎月10頭程度を自社で買い付けしていて、コストを抑えるとともに牛肉の有効活用を図っている。

この度「銀座ブルーリリーの再出発」というアクションを行ったことについて中島氏はこう語る。

「ウィズ・コロナに向けて、私たちはこれまで少し緩んでいた会社の経営自体をキチンとも見直さないをいけません。それは、人々が働きやすい環境をつくる。そして本当に一生懸命に仕事をする。数字をたたき出す。ここに評価基準を当てる、ということです。これまでと同じことをやっていてもお客様は戻ってきません」

「『銀座ブルーリリー』はもともと創作性の高い高級中華料理の店でインバウンド需要の多かった当時ものすごくにぎわった。お客様が戻ってこないのであれば新たなお客様を掘り起こす必要がある。そのために肉を選んだ。しかし、ここは中華料理の店としてお客様に親しまれている。とはいえ中華料理だけでは維持するのは大変。そこで『ステーキ&チャイニーズ』にした。当初違和感があったが、オープンしてからお客様はこのスタイルを結構楽しまれている」

今一斉にスタートラインに立っている

中島氏は、コロナ禍を経験したこれからの飲食業の在り方について「今みなさんが一斉スタートラインに立っている」と述べる。いわば「魅力あるレストランの再定義」ということだ。冷凍食品を電子レンジにかけて食べるのであれば、外食より家で食べたほうが便利で快適だ。

そのような消費者の意識を「選択の時代」に入ったと捉えるのであれば、魅力的なものとして消費者に響く飲食店とはどのようなものか。中島氏はこう語る。

「自分の得意分野にどれだけ力を入れて表現するか、モノを考えることができる料理人がつくり出す飲食店です。経営者は、料理に対して好奇心を熱く抱いている人たちを集めて、彼らの好奇心を十分に満たすこと」

「『銀座ブルーリリー』で言えば、お客様から『なぜ、グラスフェッドをメニューに入れているのか』と質問されたら、すっと答えられること。そればフロア担当者が『グラスフェッドとは何か』を知ること以上に、われわれが情熱を込めてグラスフェッドを入れていることに好奇心を持って耳を傾ける姿勢があること。それがなければ頭の中に入りません」

「銀座ブルーリリー」の個室の一例。内装や照明が非日常的な雰囲気を醸し出している(筆者撮影)
「銀座ブルーリリー」の個室の一例。内装や照明が非日常的な雰囲気を醸し出している(筆者撮影)

グラスフェッドとは自然放牧の牛である。かつての食べ物は「柔らかい」「甘い」ということが「おいしい」ことの条件とされていた。そこで、自然の産物が「柔らかく」「甘く」なるように意図的なことが行われるようになった。

しかしながら、今日の消費者の意識は「自然」で「本来のもの」に向かっている。そこで、本来のちょっと固い状態のものを味わって食べるようになってきている。「経済が豊かになったことによって、消費者が本質を求めるようになったから」と中島氏は語る。このように「選択の時代」だからこそ、「銀座ブルーリリー」の肉のラインアップは多種多様になっている。

お客の自己承認欲求に応える世界観

「銀座ブルーリリー」が示す、これからの外食とはどのようなものか。中島氏はこう語る。

「『肉がおいしい』ということも一つのポイントですが、お客様が店を楽しむ、そこに行くことでうきうきするような雰囲気です」

同店は店舗面積が208坪、メインホール、中ホール、個室で構成され222席という大箱である。調度品や壁を飾るアートなどが非日常空間を演出している。

食材のメインとなる牛肉を直接仕入れることによって、肉や端材のさまざまな使い道が可能になる。ひき肉でコロッケやメンチかつ、餃子にしたり、すね肉を煮込んで「カレー屋」を始めるとか。コロナ禍で「Kiwa Bazaar」(キワバザール)という通信販売をはじめているが、「銀座ブルーリリー」がきっかけとなって誕生した商品によって、ここでのラインアップを豊かなものにしていきたいという。

「お客様は自己承認を求めている。それは自分を認めてほしいということ。そこで、これからの飲食業は『おいしさ』もさることながら、ブランディングが必要です。『○○に食べにいった』ということを人に語るときに、自慢できるような世界観をつくる必要がある」

銀座四丁目に店舗を構える「銀座ブルーリリー」は、そこにいることで気分が高揚するような外食の楽しさを醸し出している(筆者撮影)
銀座四丁目に店舗を構える「銀座ブルーリリー」は、そこにいることで気分が高揚するような外食の楽しさを醸し出している(筆者撮影)

リアル店舗では同店のようなアッパーな業態の多店化を行うのではなく「ハンバーグレストラン」といった、日常的ながらごちそう感のある店舗の展開に可能性を感じ取っている。

2021年にブームを巻き起こした「にょろ助」については、今後は路面店ではなくオファーの発生した商業施設内で展開する意向だ。

これまで30年にわたり新しいトレンドを生み出し続けてきた飲食業のレジェンドは、いつの時代も市場の創造に心を尽くしている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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