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全国に急拡大した「高級食パン」専門店 ブームの先駆者が語るひらめきと地道な努力

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
新宿御苑近くにある「一本堂 新宿本店」。老舗の雰囲気が漂う(筆者撮影)

「高級食パンブーム」が続いている。これは2013年にセブン-イレブンが発売した「金の食パン」が発端という説があるが、いずれにしてもコロナ禍の以前に大きなトレンドになっていた。それがコロナ禍の中でさらに増えた。最近では「〇〇妻」「自己中〇〇」とか店名が奇抜になっていて、この商売の新しい現象を感じさせる。

このトレンドをつくってきたところとして「一本堂」というチェーンが挙げられる。筆者が訪ねることが多い東京・十条の商店街の中に同店があり、地元のお客がパンを買い求める光景が見られる。顧客にとっては欠かせない「街のパン屋さん」という存在感がある。

「新宿本店」のパンを陳列している様子。フレッシュなイメージが漂っている(筆者撮影)
「新宿本店」のパンを陳列している様子。フレッシュなイメージが漂っている(筆者撮影)

学習塾のFC展開でノウハウを体得

「一本堂」を展開するのはIFC株式会社(本社/東京都新宿区、代表/谷舗〈たにしき〉治也)で現在全国の約140店舗をほとんどFCで展開している。同店が創業したのは2013年3月で高級食パンブームの先駆けである。

創業者であり現代表取締役の谷舗氏は1959年生まれ。大学卒業後、製薬会社に勤務、その後学習塾に勤務し、FC全国展開の立ち上げを行った。ここでは2年間で200店舗という実績をつくり、FCが持つ仕組みと力強さを体得した。

学習塾の会社を退社してから、飲食業界のコンサルタントを行った。さまざまな業種にかかわったがほかの人の事業を支援するのではなく、自ら事業を立ち上げようと考えた。その事業とは、日常的な存在であること、そして説明が不要なものということ。ここでひらめいたことは、製薬会社に勤務していた当時の出来事だ。ドイツのバイエル社が開発したアスピリン(解熱鎮痛薬の一つ)を注射薬にしたということで新しい可能性をもたらした。それまで飲み薬しかなく、技術的に困難とされ発想すらなかったところから生まれた成果だった。勤務先がアピールしていたのと同じように、谷舗氏はこう確信した。

「アスピリンは誰でも知っている薬だが、注射薬にすることで効果が数倍早くなる。だから、誰でも知っているものでも、表現の仕方を変えるだけで汎用性が格段に広がる」

この発想をベースにして谷舗氏はこれから取り組む事業に対して「古くて新しい」というキーワードにまとめた。

食パンの関連商品が充実していて、ついで買いの需要をもたらしている(筆者撮影)
食パンの関連商品が充実していて、ついで買いの需要をもたらしている(筆者撮影)

食パンに「焼きたて」の価値を加える

そしてある日、高級スーパーで同店の人気商品である「ホテル食パン」を購入した。購入の動機となったのは「ただいま焼きあがりました」というキャッチフレーズ。帰路そのパンを自転車の前かごに入れていたのだが、一口つまんでみたところ温かく大層おいしく感じられた。また一口、また一口と食べ続け、家に到着したときには食べきってしまっていた。

そこで谷舗氏はひらめいた。一般的なパン屋さんには「焼きたての食パン」が存在しないことを。他の例えば総菜店では、コロッケ、メンチカツなどに「揚げたて」があって、その言葉が大きな付加価値となっていた。

谷舗氏の新しい事業のキーワードである「日常的で説明が要らない」「古くて新しい」という商品として「食パン」が定まるようになった。

これがきっかけとなり「食パン専門店」の存在を知った。その店に何度か通って同じ食パンを食べてみるのだがその味がいつもと違うことがあった。それがなぜかをパンの業界関係者に尋ねたところ「職人さんがつくっているからだ」という。

「職人さんはプロだから、小麦粉、砂糖、塩、バターといったものを勘と経験で調合する。それによってパンの味が異なることがある」

谷舗氏は「それでは食パン屋のFCはできない」と考えた。そこで、その知人に「パンを規格化することができないか」を尋ねたところ「できる」という。しかも、研修を受けると誰でも同じ品質のものができるという。

そのポイントは「食パン専用ミックス粉」であった。これに製造工程に沿って水やイースト菌などを入れてミキシングしマニュアルに沿って焼成すると常に安定した品質の食パンができ上がる。

谷舗氏はこの仕組みによって食パンのFC化が可能になると判断し、大阪市都島区高倉町に9坪の焼きたて食パン専門店「一本堂」をオープンした。2013年3月のことであった。

1斤の価格は210円。同じような商品はスーパーで150円程度であったが、「焼きたて」によって差別化した。そして日増しに近隣の人々から愛される店に育った。翌2014年4月、FC1号店として東京都三鷹市に出店し、FC展開と首都圏展開の足掛かりとなった。

大手製粉業者と出会いバラエティが広がる

「一本堂」が大きく転換したのは2017年のこと。現在同社に食パン専用ミックス粉を納品している大手製粉業者と出会ってからである。これによってミックス粉の品質は安定するようになり、商品のバラエティは広がるようになった。

現在の商品は大きく3つのカテゴリーに分かれている。

まず、プレーン系として「一本堂」1斤300円(税込、以下同)、「高密度パン」370円、「日本の食パン」(厳選した国産小麦を使用)390円、「ホテル食パン」390円、「北海道塩バター食パン」(夏季限定)420円、「生クリームアイス食パン」(夏季限定)430円、「生クリーム食パン」430円。次にデザート系として「レーズン」400円、「ココア生クリーム食パン」(冬季限定)470円、「カフェオレ食パン」480円、「瀬戸内レモン食パン」540円。さらに、高機能系として「乳酸菌入り食パン」370円、「低糖質食パン」480円がある。季節限定の3品目を加えて30品目をラインアップしている。

これらの中で、最近コンビニで注目されるようになった低糖質の商品を入れている点は慧眼と言える。これは、谷舗氏がコンビニで商品化が始まったことに着眼して製粉業者と相談して2017年に商品化した。低糖質化のポイントは大豆粉で、これによって「一本堂」のプレーンの商品に対して糖質50%オフとなっている。この商品を求めてやってくる遠方からのお客も存在し安定した量が売れ続けているという。

また、「一本堂米粉食パン」650円も加わるようになった。これは北海道当別町産の「ななつぼし」の米粉、国産小麦粉、北海道産豆乳を使用している。一本堂としては「しっかり朝食」という文言でアピールしているが、こだわりがはっきりとしていることから、根強い人気が定着するようになった。

種類別のパンの焼き上がり時間を表示してリピーターに対応(筆者撮影)
種類別のパンの焼き上がり時間を表示してリピーターに対応(筆者撮影)

「正統なパン屋」としての矜持

「高級食パン」がにぎわうようになって一本堂でもこの分野に参入した。「東京食パン 壱よし」という店名で2021年6月東京・自由が丘にオープンした。差別化のポイントとしてアピールしていることは、まず素材にカナダ産小麦、国産小麦、フランス産発酵バター、カリフォルニア産モハベレーズン、北海道産大納言小豆を使用していること。製法として卵・蜂蜜・イーストフード・乳化剤を使用しないで低温長時間発酵でじっくりと生地を熟成させていることである。

店名ははやりのキャッチーな要素を追わずに、素材と製法を詳しく表示している点に「正統なパン屋」としての矜持が感じられる。当初2斤800円~1200円で打ち出したが、1斤430円~630円の商品も加えたところ1斤のほうがよく売れるようになった。

さて、一本堂にFC加盟するに際して初期投資は、加盟金などが178万円(税抜、以下同)、製パン機械等の設備関係が約900万円、12坪程度での物件関係に約550万円、合計概算1600万円強が必要となる。ロイヤリティは売上の3%で月5万円が上限となっている。

「新宿本店」の工房は広く、加盟店希望者の研修に活用されている(筆者撮影)
「新宿本店」の工房は広く、加盟店希望者の研修に活用されている(筆者撮影)

これまでFCに加盟する人は個人であった。それは元自衛官、元公務員、元普通のサラリーマンなど。またコンビニ経営者が加盟するパターンもあった。これが、コロナ禍によって法人が増えた。それはカフェ、美容室、エステ、書籍販売、カルチャーセンターといったところで、昨年10月以降増える傾向を示した。それぞれ事業の多角化の一環としての位置づけで日常的な需要があり、地元密着の商品特性があることから新規の加盟者は既存の商売との親和性を感じていることであろう。

FCビジネスの力強さを体得した人物が「食パン」にその可能性を見出し、正直いちずに歩んできたことが多くの人々から「手堅く安定したビジネス」と捉えられていることは、FCビジネスの王道といえるであろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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