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「やっぱりステーキ」が持っていて、「いきなり!ステーキ」に無いもの

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
11時オープンと共に行列ができて途絶えることがない。

今から約2カ月前の6月17日、沖縄発の「やっぱりステーキ」が東京・吉祥寺にオープンして、たちまち行列ができる店となった。場所は吉祥寺駅の西側、井の頭公園を目の前にした住宅街。井の頭通りから50m以上入ったところにあるが、オレンジ色の外観は良く目立ちすぐに分かる。

 

同チェーンにとって東京初出店となるこの店は51号店に相当する。既に札幌、仙台、名古屋、福岡という主だった都市に直営店を出店していて、これらを拠点にFC(フランチャイズ)展開を進めている。地方発の繁盛店が東京へ進出することには「満を持して」という冠がつくが、「やっぱりステーキ」の場合は、このようなセオリーとは少し異なるようだ。

筆者は7月29日に吉祥寺店で同チェーンを展開する株式会社ディーズプランニング(本社/沖縄県那覇市)の代表、義元大蔵氏にお会いした。陽気な沖縄人という感じで饒舌な人だった。

「やっぱりステーキ」創業者で代表の義元大蔵氏、地元密着のコンセプトを語る。
「やっぱりステーキ」創業者で代表の義元大蔵氏、地元密着のコンセプトを語る。

「ステーキセット1000円」の威力

まず、「やっぱりステーキ」とはどのような店なのか紹介しておこう。

1号店は2015年2月にオープン、沖縄・那覇で3坪6席の規模でスタートした。赤身肉のステーキ200gを1000円(スープ、サラダ、ご飯付き)で提供するというスタイルがたちまち大ヒットして月商280万円を売り上げた。2号店は20坪24席、日曜日定休、週6日、朝11時から翌朝7時まで営業、夜に商売をしている人たちが仕事を終えて食べにきて朝6時に満席になり、マックスで1日37回転という記録を持つ。週末には800人近いお客が訪れ、これで月商1800万円を売り上げた。このような繁盛伝説を持つ同チェーンは沖縄で店舗展開し、全国の地方都市で展開していく。現在までに沖縄県内24店舗、県外27店舗(直営14店舗)を展開する同チェーンにとって、51号店となる吉祥寺店は東京初出店にして最新の直営店だ。

一番の特徴は、スタンダードの二枚看板、「やっぱりステーキ」(ミスジ)150g(スープ、サラダ、ご飯セット)1000円(税込、以下同)、「赤身ステーキ」200g(同)1000円という分かりやすさと低価格であることだ。

「ステーキ」というと脂身がついたサーロインステーキを連想するが、「やっぱりステーキ」の場合はほとんどが赤身肉だ。これは18歳から27歳までアメリカで過ごした義元氏が体験した当時の食文化体験がベースとなっている。アメリカのステーキは赤身肉で拳のようなサイコロ状になっていた。

義元氏はアメリカから沖縄に戻り、会社勤めをして、物流、広告代理店、卸売り、インターネットなどのさまざまな職場で営業畑を歩み、一方で飲食店のコンサルタントを行った。そこで、「やっぱりステーキ」の展開を始めるのだが、これらのさまざまな業種での体験が同店のプロデュースに有利に働いた。

「赤身ステーキ」200g1000円(税込)、スープ、サラダ、ご飯はセルフサービスで食べ放題。
「赤身ステーキ」200g1000円(税込)、スープ、サラダ、ご飯はセルフサービスで食べ放題。

トレードオフとローコストオペレーション

業態としての特徴は、トレードオフとローコストオペレーションを徹底していること。これはすべて「1000円」という低価格を維持するためである。

まず、お客は前会計を自動券売機で行う。従業員から誘導された席に座り、購入したチケットを渡し、ステーキが届くのを待つ。この間にセルフでスープ、サラダ、ご飯を盛り付ける。スープはコンソメのタイプで溶き卵が入ったもの。サラダはキャベツの千切りとマカロニサラダ、ご飯は白飯と雑穀米の2種類。店側では、キッチンで肉の表面を焼き、熱した溶岩のプレートに肉をのせてお客に提供する。従業員はお金に触ることがなく、お客に肉を提供し、スープ、サラダ、ご飯の補充を管理し、クレンリネス(衛生管理)に専念している。

経営数値はFLコスト(FoodとLabor=食材原価と人件費)を65%にしている。標準的な60%より5%高い。内訳は原価率50%弱、人件費率は20%以下。大抵の店舗では、焼き場に1人、洗い場に1人、ホールに1人という体制、人件費率をうまくコントロールしている店は13%以下になっている。「各店舗のレイアウトがコンパクトにできているので働きやすくなっている。これが5人とか人数が増えると生産性が下がる」(義元氏)という。

コストダウンを支えるのは、居抜き物件に出店していること。物件の中にある設備機器で使えるものは再利用して、減価償却費を抑えて初期費用を低くしている。吉祥寺店の場合、エアコン、食洗器、一部の冷蔵庫などは再利用していて、設備機器の譲渡金額は90万円で済ませている。

さらに、家賃比率を引き下げている。標準では10%以内であるが5%にしている。基本的に商品力が際立っている業態であるから立地も超一等地である必要がない。吉祥寺店は住宅街の中にあり、表通りと比べると家賃は低い。テラス込みで27坪35席、現在客席を絞って20~23席となっているが、現状平日で300人、土日で400人が来店している。

このような仕組みをつくったのは沖縄4号店である。同店は35坪50席で、エアコン、厨房機器の設備譲渡費用ゼロ円でそのまま使った。内装費用は15万円、壁をオレンジ色に塗り、サラダ、ご飯、スープのカウンターを作った。店をオープンした初月に1100万円、売上は伸び続けて1700万円になった。そして、4カ月もしないうちに投資回収を終えた。その後に出店した店の投資回収は早く、多くは2年程度で終えている。

精算は前払いで自動券売機で行う。従業員はお金に触れることがない。
精算は前払いで自動券売機で行う。従業員はお金に触れることがない。

「地域のオンリーワン」を目指す

さて、低価格のステーキチェーンは、「いきなり!ステーキ」が先鞭をつけた。ここでは同チェーンの現状について語らないが、外食記者として同チェーンを展開するペッパーフードサービスの代表、一瀬邦夫氏を長く取材してきた筆者として、表題のポイントを挙げておきたい。これは一瀬氏が2015年3月に発行した著作『いきなり!ステーキ~常識を突き破る不滅の経営』も参考にしている。

「いきなり!ステーキ」の1号店は2013年12月5日にオープンした「銀座四丁目店」であるが、実はこの業態は同社が展開する「ペッパーランチ」の吉祥寺店をモデルチェンジするものとして考えられた。

「でも、チャレンジする場所として銀座に出店することになりました。世界の有名店が密集している一流の街ですが、商売の場所としては非常に難しい。でもそこで勝ったときにはどれほどの付加価値を生むかと、ということを考えました」(一瀬氏筆)

 

銀座四丁目、三原橋近くの同店は20坪で家賃が150万円。標準的な家賃比率は10%以内と前述したが、この規模で1500万円以上の売上をつくることは普通の業態では困難である。これを「いきなり!ステーキ」がクリアできたのは、一般的なステーキの半分の価格で提供したこと。客単価は2000円以上となり原価率は65%を超えるが、これらを解消するためのトレードオフとして「立って食べる」ことをお客に強いた。結果、回転率が上がり、同店は月商3000万円を売り上げた。これで家賃比率は5%となり、利益も確保できた。

「やっぱりステーキ」における家賃比率5%はローコストオペレーションに基づくものであるが、「いきなり!ステーキ」の場合は偶然の産物だったと言えるかもしれない。

「やっぱりステーキ」東京1号店をなぜ吉祥寺にしたのか、義元氏はこのように答えた。

「当社では『地元の人』をターゲットにしている。東京では23区内の物件もたくさん見たが、これらの場所で地元に愛されるためにどのようなことをすればいいか、ということを見出すことができなかった。それが、この物件の周辺をリサーチしている時に16~17時になるとワンちゃんと散歩する地域の人が多いことに気が付いた。そこで、店の入り口にペットの足を洗う場所を設けて、地域のオンリーワンになればいいじゃないかと考えた」

このように地元商圏に根をおろすという姿勢を堅持している。

調味料が10種類以上用意されて、お客はお好みの味付けができる。
調味料が10種類以上用意されて、お客はお好みの味付けができる。

生産性の高いFCフォーマットに取り組む

では、「東京進出」の意義はどのようなことか、義元氏はこう語った。

「広告戦略的な意味合いがある。これまで全国の主要都市の北から南まで網羅してきたが、やはり日本の中心部に店があるべきではないかと考えていた。それが、今回吉祥寺に出店して、その話題がテレビで盛んに報道されるようになってから、全国の加盟店の売上がアップした。一様にコロナ禍になる以前の7割8割に戻り、180%になったという例もある」

東京での展開を想定していたが、東京では新型コロナウイルス第二波が顕在化していることから、これからは西日本エリアを検討していきたいという。

「地方には、『やっぱりステーキ』をやりたいという人がたくさんいる。しかし、当社はそもそも急速に拡大しようという発想を持っていなく、お客さまのニーズが高い場所に出店していく」ということだ。

同社では、唐揚げ専門店、居酒屋、沖縄そば店、そして沖縄そばの製麺所も営んでいるが、新しいFC業態を現在画策しているという。ヒントとして開示してくれたことは、「ステーキ」や「沖縄」ということにこだわるのではなく「生産性の高さ」を追求しているという。

商売の道はそれぞれであるが、「やっぱりステーキ」が持っているものは、マーケットがシュリンク(縮小)する傾向の中で堅実に収益を挙げるというコンセプトである。これは「いきなり!ステーキ」が展開を始めた当初には無かったものである。(画像はすべて筆者が撮影したもの)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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