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民意を読み違えた岸田首相 防衛増税が命取りに?

安積明子政治ジャーナリスト
肩を並べる日米首脳(写真:ロイター/アフロ)

アメリカに寄り添い〝勝ち組〟に

 岸田文雄首相にとって、2022年は「我が世の春」になるはずだった。ロシアによるウクライナ侵攻が2月に始まると、さっそく支援を申し出た。自衛隊からは衛生資材や非常食糧の他、鉄帽や防寒服、天幕やカメラなどの提供を決定した。防弾チョッキについては、ウクライナが日本にとって安全保障上の一定の関係にあるわけではなかったため、「防衛装備移転三原則」に反する危険があったが、国家安全保障会議4大臣会議で審議を行い、海外移転を認めている。

 3月にはエマニュエル大使が岸田首相の地元である広島を訪問。平和祈念公園で慰霊碑に献花した。また5月にはバイデン米国大統領が来日し、23日に行われた共同会見で岸田首相は「防衛費の相当な増額をする決意がある」と発表。岸田首相の指南役を自負していた安倍晋三元首相は、同日に開かれた都内の会合で、この「相当の増額」について「おそらく6兆円台後半ではないか」と語っている。

国債か増税か

 もっとも安倍元首相はその財源について、「防衛費は次の世代に祖国を残していくための予算」として国債で対応すべきと主張した。しかし岸田首相は12月16日の会見で、「将来世代に先送りすることなく、今を生きる我々が次世代への責任として負担すべきもの」として財源を税を充てることを表明。法人税と復興特別所得税、そしてたばこ税がその対象とされた。

 岸田首相が防衛増税を具体的に表明したのは12月8日の政府与党政策懇談会で、令和9年度には防衛費を対GDP比2%とするため、毎年4兆円の追加財源が必要となるが、そのうち1兆円を増税で賄うことを言明した。これに猛然と噛みついたのが高市早苗経済安全保障担当大臣で、「消費マインドを冷やす発言をこのタイミングで発信された総理の真意が理解できない」とTwitterで発信。自民党内からも反対論が噴出したが、15日の税制調査会で具体的な増税時期を決定せず、ひとまず事実上の先送りすることでようやく沈静化した。

内閣支持率は最低に

 しかしながら、国民の反発は収まらない。12月25日から27日まで実施された日経新聞による世論調査では、防衛3文書の改定で防衛力増強については55%が支持し、反撃能力の保有については60%が賛成。また23年度から5年間で防衛予算を43兆円に増やすことについては、反対が45%に対して賛成が47%と拮抗している。しかし財源として増税することについては、岸田首相の説明が不十分だという意見が84%と、圧倒的多数を占めている。

 そもそも日経新聞による調査は保守派の意見が強く出て、政府寄りの傾向にあると言われているが、それでも増税については納得していない。その結果だろうか、内閣支持率は前回から2ポイント減の35%と、政権発足後最低を記録した。

 だが岸田首相はそれも折込済みだろう。そして「黄金の3年間」をしっかり握りしめているわけだ。次の参議院選の予定は2025年7月で、岸田首相が解散権を行使しない限り、衆議院選も2025年10月まで行われない。

 問題は「民意」だ。たとえば消費税を導入した竹下内閣は、リクルート事件なども相まって内閣支持率が著しく落ち込み、退陣を余儀なくされた。森内閣も退陣の理由は内閣支持率の落ち込みだった。もっとも岸田内閣の現在の支持率はこのような退陣までには至らないものだが、これ以上下がらない保障はない。

支持率が消費税率まで落ち込んだ竹下首相
支持率が消費税率まで落ち込んだ竹下首相写真:Fujifotos/アフロ

萩生田政調会長が解散に言及

 実際に、ポスト岸田を狙う自民党内部からの「岸田降ろし」が沸き起こる可能性もある。たとえば前述した高市氏の発言もそのひとつともいえるだろうし、安倍元首相が「いつか派閥を継がせたい」と言っていた萩生田光一政調会長が25日のテレビ番組で、「明確な方向性が出た時には、国民のみなさんに判断をいただく必要がある」と解散総選挙に言及している。

 重要なことは、こうした動きを岸田首相が抑えることができるかどうかだ。岸田首相が拠り所とする宏池会のメンバーは43名で、党内5位の勢力にすぎない。90人以上を擁する清和研はもちろん、宏池会の分家といえる志公会にも及ばないのだ。

 こうした派閥については、岸田首相は得意の「人事」でもって操縦しているが、岸田首相に幸いなことは、安倍元首相の死去により最大派閥の清和研が分裂気味であることと、2番目の勢力を誇る平成研もまた茂木敏充幹事長が会長に就任したものの、すでに政界を引退した青木幹雄氏が小渕優子氏を会長にするべく暗躍し、一致団結のまとまりを欠くなど、本来なら官邸に向くべき党内勢力が分散している点だ。

 要するに極めて微妙な権力バランスの下で岸田政権が維持されているといえるのだが、もしそれが崩れた時にはどうなるか。前述した萩生田氏の発言は、そうした事態を生み出す契機にもなりかねない。

 防衛増強には賛成で増税には反対しないが、それを実施するのは今ではないというのが国民の多くが思うところだろう。岸田首相も党内の税調の混乱を省みて増税の実施時期については先延ばししたが、果たして民意が見えているのか。そうした民意を総理大臣が理解しない限り、内閣支持率は下落し続けるに違いない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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