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岸田体制に潜む「安倍排除」の萌芽 本当に岸田氏は「安倍の傀儡」なのか?

安積明子政治ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

岸田総裁誕生

 河野太郎氏、岸田文雄氏、高市早苗氏、野田聖子氏の4名が熱戦を繰り広げた自民党総裁選は、9月29日の党大会で岸田氏が選出された。岸田氏は1回目の投票で議員票146票、党員換算票110票の計256票を獲得し、議員票が86票と伸び悩んだ河野氏の255票を抑えて1位となった。そして上位2名による決戦投票では、河野氏が都道府県票を39票獲得したものの、議員票が131票と伸び悩み、議員票249票と都道府県票8票を獲得した岸田氏が勝利した。

 総裁選は9月17日に告示されたが、実際の戦いは選挙日程が公表された8月26日に始まった。この日の午後に岸田氏が出馬表明し、「党役員の任期は1期1年3期まで」としたため、二階俊博前幹事長が激怒。支持率低下の不利な状況を衆議院解散で一変しようとした菅義偉首相が解散権を封じられるなど、永田町は一気に「自民党政局」に染められた。

安倍氏の暗躍

 中でも注目されたのが、安倍晋三前首相の動きだ。昨年8月に首相を辞任した時は、官房長官だった菅氏と二階氏に先んじられ、後継指名を封じられた。かねてから安倍氏の“本命”は岸田氏と言われていたが、その応援もままならなかった。

 だが今回は違う。そもそも安倍氏の本命は思想の面で一致する高市氏だった。高市氏は8月に文藝春秋に「政権構想」を発表。「美しく、強く、成長する国へ。」を9月初旬に出版した。いずれも春頃から準備しなくては実現が難しいものだ。そして高市氏の総裁選出馬を最初に報じたのが、安倍氏に近いとされる元TBS記者の山口敬之氏。総裁選に高市氏が名乗り上げるまでのストーリーが綺麗に作られている。

 総裁選に入ると、票の引き剥がしが凄まじいものだった。主なターゲットになったのが、安倍氏にとって古巣になる細田派だ。首相在任中は派閥を離れていた安倍氏だが、いずれは細田派に戻って会長に就任することになっている。実は今年1月にも復帰するはずだったが、日大事件などでとん挫したと言われた。

 だが細田派内では、町村派時代に派閥を離脱した高市氏への投票を拒む者も少なくなく、表向きは自由投票とされていたが、当初の割り振りは岸田票が多かった。たとえば参議院では、35人中の30人が岸田で5人が高市と決められたという。

 しかし結果は大きく浸食された。高市陣営のある議員は「参議院では26名を引きはがした」と胸を張ったが、これには安倍氏と自民党参議院幹事長を務める世耕弘成氏の激しい攻防戦が存在した。抵抗する世耕氏に、安倍氏は世耕氏が切望する衆議院和歌山3区への転出を阻むことまで持ち出したという噂まで流れたのだ。

「撃ち方止め」の現実は?

 そして27日頃には動きが止まる。その理由として日刊ゲンダイは9月28日号で、「高市肩入れ一転 停戦指令」と報じた。高市氏支持が広がり過ぎて、岸田氏が3位になれば、決選投票は河野対高市となり、河野勝利になる可能性が出てきたことを理由にしている。

 一方で26日のフジテレビの番組では、解説者が「河野陣営が票の一部を高市氏にまわして、高市氏を2位にする動きがある」と紹介。これに河野氏が「フェイクニュースだ」と激怒した。

 現実には個人票はともかく組織票の掘り起こしに苦慮する河野氏側から高市氏側に票を回すのはありえず、またそれまでなりふりかまわず票を剥がしてきた安倍氏がいきなり「撃ち方止め」も説得力はない。むしろここで総裁選の混乱ぶりを収めるべく、“長老”が出てきたことに注目すべきだろう。

 たとえば9月27日には伊吹文明氏の仲介によって二階氏と岸田氏が面会しており、関係が修復された。そして世耕氏が安倍氏に迫られた件は、清和研の長老である森喜朗氏に届いているはずだ。だからこそ、3回生の福田達夫氏の総務会長抜擢が実現したのだろう。

清和研の本流は福田家

 細田派である清和政策研究会は岸派の十日会をその前身とするゆえに、安倍氏の祖父である故・岸信介元首相を始祖と解する向きもある。しかし戦後から赤坂で料亭「佳境亭」を経営し、田中角栄や三木武夫といったそうそうたる大物政治家を顧客とした故・山上磨智子さんは、筆者にこう教えてくれたことがある。

「現在の派閥の基礎を作ったのは佐藤栄作さん。佐藤さんは次の時代も考えて、田中(角栄)さんには竹下(登)さん、福田(赳夫)さんには安倍(晋太郎)さん、三木(武夫)さんには河本(敏夫)さんを付けました。これが派閥の始まりです」

 要するに清和研のオーナーは福田家であり、その“嫡男”は福田氏ということだ。2012年に初当選の福田氏は現在54歳。これまでのポストは2017年8月に防衛大臣政務官兼内閣府大臣政務官くらいで、御曹司にすれば目立たなかったが、今回の総裁選では同期の武部新氏らと「党風一新の会」を立ち上げ、代表世話人に就任した。同会のメンバーは90人ほどと言われているが、ある自民党関係者は「実際にはもっと多い。あえて匿名希望の会員を入れると、140名ほどにのぼる」と述べる。もしそうなら、最大派閥の細田派よりも多くなり、党内最大の勢力となる。

 その福田氏は総裁選後のぶら下がりで「1回目も2回目も、投票したのは岸田さん」と述べた。よって福田氏の総務会長抜擢は、党も派閥も支配しようとする安倍氏に対する強烈なパンチであると筆者は見ている。

幹事長ポスト、官房長官ポストを取り逃がす

 また党の要となる幹事長や官邸のまとめ役の官房長官のポストについても、安倍氏を封じ込めようとする岸田氏の意思が伺える。

 幹事長には総裁選でいち早く岸田氏支持を打ち出した甘利氏が就任したが、安倍氏は高市氏を押し込もうとしていたという。幹事長は300億円とも言われる党の資金を動かし、公認権などを掌握する。その権限をあますことなく行使したのが故・田中角栄元首相と二階氏で、その暗躍振りは周知の事実。ましてや11月に行われると見込まれる衆議院選や来年の参議院選を控え、公認権は絶大な威力を発揮する。キングメーカーとして君臨するには、欠かせない権限だ。

 官房長官についても、総裁選で高市氏に投じた萩生田光一氏の就任が一部で報じられたが、松野博一氏に決着した。このように明確な“安倍離れ”ではないが、岸田氏は微妙な点で安倍氏と距離をとっているといえる。

 しかも右腕とする総理の政務秘書官に就任するのは、岸田氏の開成高校の後輩で経済産業省事務次官だった嶋田隆氏。その評価は安倍政権で政務秘書官を務めた今井尚哉氏を上回る。

 岸田政権は10月4日に発足するが、初めから高支持率は期待できないにしても、堅実に政治を進めていくのではないか。総裁選では「いろいろな人の声を聞く」と何度も述べた岸田首相には、是非その声を生かした政治の実現を期待したい。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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