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菅首相が「“9月解散”にこだわる」ワケ

安積明子政治ジャーナリスト
総理総裁であり続けるには……(写真:つのだよしお/アフロ)

通常国会が閉会した

 第204回国会が6月16日に閉会した。東京都や大阪府など10都道府県に発令された緊急事態宣言は、沖縄県を除いて6月20日に解除される。7月23日に開会式が予定されている東京オリンピックを控え、政府はいち早く「平常」を装いたいようだ。高齢者のワクチン接種も7月には完了する見込みで、菅政権としてはパラリンピック終了後の9月のどこかで衆議院を解散すると見られている。

 だが6月15日に衆議院で内閣不信任決議案が提出された時、菅政権としては憲法第7条に基づいて衆議院を解散する選択肢があった。NHKが公表した6月の内閣支持率が2ポイント上昇したことで、「菅首相の機嫌が良かった」と伝わったからだ。さらに、「内閣支持率の低迷傾向はこれからも変わらないから、少しでも高いうちに解散を打つ方が得策」という見方もあった。

2017年と酷似している現在の状況

 というのも、2017年の衆議院選とまさに状況が似ているからだ。当時の安倍政権は森友学園問題や加計学園問題で揺れていた。NHKの調査では内閣支持率は2017月7月に前月を13ポイント下回る35%を記録し、不支持率は12ポイント上昇して48ポイントにものぼっていた。同月に行われた東京都議選では、自民党は過去最低の38議席を大きく下回る23議席しか獲得できず、記録的な惨敗に終わっている。

 現在の自民党も、惨敗続きだ。1月31日に行われた北九州市議選は衆議院選の前哨戦として注目されたが、現職の公認候補22名のうち10期を務めた県連副会長など6名が落選。4月25日に行われた衆議院北海道2区補選では公認候補すら立てられず、同日に行われた参議院長野補選、参議院広島再選挙でも自民党候補は敗北した。

 不穏な極東情勢という点も共通している。北朝鮮は2017年にミサイルを16回も発射。清水寺で森清範貫主が揮毫したこの年の漢字は「北」だった。2021年の問題は膨張する中国だ。香港や台湾への脅威はもちろんのこと、中国公船は尖閣近海にしばしば出現し、日本の領海を侵犯し続けている。

安倍前首相の決断

 こうした中で当時の安倍普三首相は、衆議院解散に打って出た。任期満了はまだ1年以上も先だったが、安倍首相(当時)はどうすれば野党が議席を落とすのかという点に注視し、解散時期を探っていた。そこに発生したのが、山尾志桜里衆議院議員のスキャンダルだ。

 山尾氏は民進党の代表に就任前原誠司氏から幹事長の内定を受け、絶頂にいたところを倉持麟太郎弁護士との“逢瀬”を週刊文春に報じられて離党。都議選での躍進に気を良くした小池百合子東京都知事の野望に乗って分裂騒動にあった民進党は、これで一層動揺した。安倍首相(当時)はこれを“好機”と見なして解散を打ち、284議席を維持したのだ。

 一方で現在の野党を見ると、内閣不信任決議案については4党が歩調を合わせたものの、それぞれの思惑は全く別物だ。さらに野党第一党である立憲民主党の枝野幸男代表は、当初は内閣不信任決議案提出にも消極的な姿勢を見せるなど、積極的に政権を目指す様子が見られなかった。加えて党の法務部会の刑法の性犯罪規定の見直しを検討するワーキングチームで、本多平直衆議院議員が発言した「50歳近くの自分が14歳の性交したら、たとえ合意があっても捕まることになっておかしい」という発言が発覚した。

 本多氏は発言を撤回し、福山哲郎幹事長から叱責を受けたが、緊急事態宣言発令後に東京・歌舞伎町の風俗店で遊興した高井崇志衆議院議員はすぐに除籍処分されたことと比較すれば、処遇に恣意的な差は否めない。7月の都議選への影響も懸念されるところだ。

 安倍前首相の前例を参考にするのなら、ここで解散を打つのもひとつの手だっただろう。しかし菅首相は伝家の宝刀を抜きはしなかった。

菅首相の狙いとは

 もともと菅首相は慎重派だ。官房長官時代にも、2017年に解散時期を伺っていた安倍前首相に「いまは解散すべきではない」と注進したことがある。もっとも当時は党のことだけを考えれば良かったが、今は自分の総理総裁としての延命も考えなければならない。

 すでに自民党は、「ポスト菅」をめぐって動き出している。さっそく岸田文雄元政調会長が「新たな資本主義を創る議員連盟」を立ち上げ、安倍前首相や麻生太郎財務大臣、甘利明税制調査会長などを取り込んだ。その甘利氏が会長を務める「半導体戦略推進議連」にも、安倍前首相や麻生氏も参加している。さらに二階俊博幹事長までもが「インド太平洋議連」を設立し、156名もの賛同者を集めた。

 二階幹事長は5月10日の会見で、菅支持を表明。総理総裁が菅首相である限り、幹事長ポストを堅持する意向が見える。安倍前首相も月刊誌のインタビューで菅首相を含む4名の“総理総裁候補”を指名。ただしいずれも世論調査での上位者ではないため、「実は自分自身が本命ではないか」との噂もある。

 そうした萌芽を潰すためには、9月に解散する必要がある。自民党が大きく負けることさえなければ、次の総裁は菅首相で決定。以降3年間は政権を維持できるからだ。

 菅首相にとって“敵”は野党ではない。本当の“敵”は党内にいる。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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