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新型肺炎はリーダーシップの欠如が招いた人災か

安積明子政治ジャーナリスト
記者会見でようやく「危機」を認めたテドロス事務局長(写真:ロイター/アフロ)

深夜国会なしで衆議院を通過した令和2年度予算

 その予兆はすでにあった。1週間ほど前に、ある秘書がこう言った。

「28日は深夜国会がないという話だ」

 この日午後6時半、令和2年度の通常予算案が衆議院を通過した。これで年度内に自然成立が可能になる。

通常なら大臣や常任委員長の解任動議などが提出され、深夜まで衆議院本会議が断続的に開かれるはずだった。2019年には根本匠厚生労働大臣、2018年には河村健夫衆議院予算委員長の解任決議案が上程された。せめてもの抵抗を野党が示すためだ。

 しかし今回、その“セレモニー”はない。前日の2月27日では、棚橋泰文予算委員会委員長と森雅子法務大臣の不信任決議案が上程されたが、当初、予定されていた野党による“フィリバスター”は中止になった。

小中校の休校の“要請”は言い逃れ

 それはまるで、嵐の前の静けさにも見える。すべては“目に見えぬ敵”におののきつつ、安倍晋三首相の真意を測りかねている。たとえば27日午後6時に唐突に発表された「3月2日から全国の小中高の休校」要請は、その際たるものといえる。安倍首相は28日の衆議院財務委員会で「各学校、地域で柔軟にご判断いただきたい」と具体的判断を各自治体に丸投げした。

 もっとも公立の小中学校の運営については地元の教育委員会が行っており、国が直接指揮監督できるわけではない。よって安倍首相は「要請」という言葉を使用したが、周囲はそのように解していない。

「事実上、“命令”と同じだ」

 ある自民党議員はこう述べた。この議員は安倍首相の性急な判断に驚いたという。

「内閣法制局長、NHK会長に続き、今度は検事総長の人事が問題になっている。突然の小中高の休校の発表は、その延長にあると見ることができる」

「休校」は独断人事と同じく思い付き

 これら人事はいずれも政治的恣意が伺える。政府提出の法案について事前審査権を持つ内閣法制局は、憲法解釈において裁判所以上の権限を持つが、その長官として安倍首相は2013年8月に外交官だった故・小松一郎氏を異例にも抜擢した。理由は小松氏は第一次安倍政権時の2007年、安保法制懇に従来の内閣法制局の考えを変えて「憲法9条は集団的自衛権の行使を禁ずるものではない」という解釈を持ち込んだためだ。NHK会長については、籾井勝人元会長と前田晃伸現会長の人事は葛西敬之JR東海名誉会長の息がかかっている。葛西氏は安倍首相を応援する四季の会の中心メンバーだ。

 いま国会で野党が追及している黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題は、まさに前代未聞だ。2月8日に63歳の誕生日を迎えた黒川検事長を検事総長に就任させるべく、半年定年を延長したのだ。

 しかし検事の定年延長は法的根拠がなく、過去の国会答弁でも否定されている。さらにこれを覆したとされる森法務大臣の決裁も口頭のみという軽さで、前例を覆すための慎重さが微塵も見られない。

 しかも人事院の国会での答弁が途中で変わっている上、答弁に立った松尾美恵子給与局長が野党の追及にとまどうと、その背後から茂木敏充外務大臣が「帰れ、帰れ」と叫び、手で追いやるしぐさをした。

 これは内閣から独立してその職権を行うべき人事院の存在を侵害する行為といえる。内閣の一員である茂木大臣には、人事院の松尾局長に対して指示する権限はない。

 そうした独断を次々と実行してきた安倍政権にとって、「全国の小中高に休校を要請する」のは簡単なものだ。「要請」は事実上の「命令」にもなりえるし、都合が悪くなれば、「命令ではない」と逃げることができる。実際に翌28日には、安倍首相は「最終的な判断は学校を設置する自治体や学校法人が行う」として、「基本的な考え方としてお示しした。各学校や地域で柔軟に判断してほしい」と述べた。ならばどうして、「3月2日から」と一律に限ったのか。

 おかげで現場は混乱している。もっとも被害を受けているのは、生徒たちだろう。なぜもっと影響が少なくなるように配慮できなかったのか。あのタイミングで発表したのは、内閣支持率上昇を狙って早急に打った対策としか思えない。

間違ったリーダーシップは国民に不幸を招く

 一方で新型肺炎の被害はじわじわと広がっている。66人が感染した北海道では2月28日に鈴木直道知事が緊急事態宣言を発令し、週末の外出を控えるように呼びかけた。安倍首相も29日夕方に記者会見し、新型肺炎対策について国民に説明する予定だ。

 そしてWHOのテドロス事務局長は2月27日、「我々は正念場を迎えている」「パンデミックになる可能性がある」と記者会見で述べた。もしテドロス氏が中国に忖度せず、世界に向けてWHOが早期に警告を発していたら、各国はもっと早く新型肺炎に対応したはずだ。感染症とはそれほど早期に伝播するものだということを、感染症の免疫学の修士号を持ち母国エチオピアで保健相を務めたテドロス氏が知らないはずがない。

 リーダーが私益にこだわれば、公衆にとって不潔きまわりない結果を生じることになる。しかもそれがまさに現実になろうとしているのなら、恐怖以外の何ものでもない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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