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診察室で前向きになるための「強さの磨き方」

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
海外格闘技選手のチームドクターでの診察の様子 二重作先生よりご提供

格闘技医学会代表であり、スポーツ安全指導推進機構代表の二重作拓也先生に、医療現場における強さと優しさについてお話を伺いました。

二重作先生よりご提供
二重作先生よりご提供

大塚篤司(以下、大塚):先生の「強さの磨き方」(アチーブメント出版)読ませていただきました。そこで今回は強さについてお話を伺いたいと思います。さっそく直球の質問ですが、患者さんと医者の間で強さが必要だと思いますか?

 もし強さが必要だとしたら、どんな場面で必要だと思いますか?つまり、医療コミュニケーションにおいて、どのような強さが重要だと思われますか?

二重作拓也 先生(以下、二重作):なるほど、確かに直球ですね。まず、強さとはどういうものかということが抽象的で曖昧で、人によって概念が違いますよね。大塚先生と私が話すべき内容は、プロフェッショナルとしての強さに焦点を当てると面白いと思います。

いま、臨床の現場では、患者さんの声や考えを聞くこと、立場を理解することが重要になってきています。しかし、プロフェッショナルとして、患者の言いなりになるのではなく、患者の考える理想に近づけることが大事だと考えています。

大塚:なるほど。

二重作:医師と患者が持つ知識や判断の基準が同等であれば、問題は生じないはずですが、フェイク情報もある中で、患者はその情報を信じたりします。そうなった時、プロフェッショナルとして相手を否定せず、選択肢を広げ、患者さんと共に考えることが重要です。

ただ、そこに行くには、プロフェッショナルとしての強さがないと、患者さんにとっての優しさにならない時があります。

大塚:面白いですね。さて、先生が話された中で"優しさ"という言葉が出てきましたが、先生は医療現場での優しさについて、どのように捉えていますか?

二重作:難しい質問ですね。患者さんの望む通りに医療の技術や知識を使ってしまうと、結局、患者さんが操縦席のハンドルを握ることになりかねません。私は病棟やリハビリスタッフにも言いますが、私たちはプロフェッショナルとして、患者さんにとって最善の選択を提案し、サポートする役割があります。優しさとは、患者さんの立場に立って理解し、適切なアドバイスや治療を行うことだと思います。ただし、それは患者さんの言いなりになることではなく、時には患者さんにとって難しい選択や決断を促すことも含まれます。

医師や医療スタッフは、患者さんの意見を尊重しつつも、自分たちのプロフェッショナルな知識と経験を生かして、適切な治療方針を提案し、患者さんと一緒に最良の結果を目指すことが大切だと思います。それが、真の優しさだと私は考えます。

大塚:プロフェッショナルとして、患者さんの意見や希望を聞くことも大切だけど、最終的には私たち医療者が責任を持って治療方針を決めないといけない。見かけ上優しいだけでなく、本当の優しさが大切ということですよね。

二重作:そうですね、その通りだと思います。見かけ上の優しさと本当の優しさの違いがあるし、患者さんに寄り添ったフリをすることもできるけど、それが本当に患者さんにとって良いことなのか考えないといけない。時には患者さんに厳しい意見を言わないといけないけど、それが本当の優しさだと思う。

大塚:患者さんの要望に応えたいけど、間違った医学情報で病気が悪化する可能性があるとわかっていることに対しては、プロフェッショナルとして伝えないといけないですね。

二重作:その通りです。私たちが戦ってきたことですね。見かけ上の優しさや丁寧さを演出する民間療法のようなものとは違い、私たちは根拠のある治療を提供しながらも、患者さんに寄り添うことが大切だと思います。

ただ、患者さんが求めているのは、治療だけではなく、理解してくれる人がそばにいてくれることです。そんな居場所を見つけることも大切だと思います。僕自身も最近父を亡くし、最期の時に大切なのは一緒にいてくれる人だと実感しました。そんな時、言葉や医学的エビデンスはいらないんです。

昔は人々が大切な人を亡くした時、焚き火を囲んで静かに座ることが慰めだったんだろうと思います。そんな原始的な慰めが、私たちの心と体、そして脳にも根ざしていると思うんです。だから、そういった意味でも、患者さんに寄り添い、居場所を提供することには価値があると思います。

大塚:はい。

二重作:ただ、ちょっと不公平だなと思うところもあります。民間療法の中には、情報発信が上手だとか、宣伝が上手だとかいうところで、「俺たちの方がすごいぞ」と言われるのはちょっとアンフェアだと感じています。

大塚:そういうのは感じます。

二重作:僕たちは民間療法よりすごいとは言わないんですよ。医師や医学、医学的根拠といったものは、悪用されやすいですからね。大塚先生も僕も、医師として名前を出して活動していますが、いろんな業者や人たちがいわゆる「ドクターのお墨付き」を欲しがりますよね。でも、それをやりたくはないですね。僕も大金を積まれたことがありますが、断りました。やはり一つの方法論だけを押すことはできないですよね。臨床医である以上は、選択をしなければいけないので。あるメーカーのこの薬がすべてに効くと言ってしまってはいけません。合わない人には、違うものを提供したり、手術が嫌な患者さんには、保存療法でどこまで行けるかを提示したり、そういう選択肢を広げるための情報提供が大切だと思います。

スポーツ安全指導推進機構での講習会の様子 二重作先生よりご提供
スポーツ安全指導推進機構での講習会の様子 二重作先生よりご提供

褒めるのではなく、事実を伝える

大塚:先生はリハビリテーション科の医師でもいらっしゃいます。リハビリをやっている方も大変だと思うんですが、どんなことを意識していらっしゃいますか。

二重作:リハビリの患者さんって、80歳や90歳になって運動部に入ったようなものですよね。3時間も運動させられるわけですから、僕らでもきついですよ。だから、リハビリに取り組むだけで、まずすごいことです。すごいことに取り組んでいるんだということを認識させることが大事ですね。

患者さんは、元気に歩いていた自分と現在の自分を比較してしまうため、ときに落ち込んでしまうこともあります。そうなると「できない」ばかりが気になってしまう。そうならないように少しでも改善した点を見つけるように心がけています。例えば、「この間まで車椅子だったけど、今は歩行器で歩けているね」とか、「平行棒で立っている時間が増えてきたね」といった感じで、細かいプラスを指摘するだけでいいと思います。

大塚:なるほど。

二重作:実は、これは格闘技の選手の指導法とも共通しているんです。ただ、褒めすぎるのは良くないんですよね。患者さんや選手に、自分がすごいことをしているという自覚を持たせつつ、適切な指導をすることが大切です。患者さんが強さを出すためのサポートや工夫をしていくことが、僕たち医療者の役目だと思います。

大塚:面白いですねぇ。

褒めることについて、どうして褒めすぎるのが良くないのでしょうか?

二重作:褒めすぎるのも良くないし、けなすのも良くないですよ。実は、褒めることもけなすことも、結局は他人からの相対的な評価に過ぎないんです。だから、いつも「大塚先生、すごいですねー」とだけ言ってる人は信用できなくなる(笑)

大塚:そうですね(笑)

二重作:そうではなく、事実だけを淡々と伝える方が、実は成長の機会になるんです。例えば、僕は大塚先生との出会いのおかげで、いろんな医療者の方と知り合うことができたし、自分自身がスポーツ安全に徹底して取り組むことに目覚めることができました。これは僕が褒めているわけではなく、事実を述べているだけです。

大塚:ありがとうございます。

二重作:大塚先生から受けた影響を、事実ベースでシンプルに。患者さんや選手に対しても、例えば「今のパンチはいいね」とか「君のパンチは世界一だよ」と言ってはダメなんです。事実だけを伝えるべきです。

例えば、選手とのスパーリングで選手がいいジャブを打ってきたとしましょう。「そのジャブが来るから、ちょっと中に入りづらいんだよね」と伝えるのは、その選手のジャブの意義や意味を伝えていることになります。そうすると本人は気づきやすくなりますよね。

大塚:なるほどなぁ。

二重作:だから、褒めるでもけなすでもなく、事実ベースでできていることを評価して伝える。僕はその点に気を使っています。

大塚: スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授が、子供を育てる時の方法として、才能を褒めるのではなく、努力を褒めることを推奨しています。それは今話していることと近いと思います。

例えば、勉強ができる子に「頭がいいね」と褒めると、その子は努力をしなくなって、将来的に成長が止まる。だから、「よく勉強したね」と努力を褒めることが大切であると。

二重作:なるほど、面白いですね。

大塚:ドゥエック教授の話は、褒めるという言葉で表現していますが、実際は二重作先生が話していることと同じだと感じました。積み重ねてきたことや努力を評価し、伝えることが最も効果的な方法かもしれません。

二重作:はい、そう思います。自分自身のことは一番わかりにくいですよね。だから、本人が見えていないところをしっかり見てあげて、言葉にできるかが大切だと思います。

それを実践できるようになると、患者さんや選手の成長を促すことができると思います。

大塚:たしかに、そうですね。

二重作:その部分を丁寧に言語化して、伝えることが効果的だと思います。その人本来の強さを引き出すような。

対談の様子
対談の様子

感情は生もの

大塚:患者さんは、元気だった頃の自分とどうしても比較しちゃうと思うんですが、皆さん、どうやって乗り越えているんでしょうか?

二重作:うーん、そうですね。元気だった頃の自分と比較するんですけど、その後全く動けなかった自分もいるので、そっちとも比較するように、ちょっと視点を変えさせています。だから、今座れること、今立てること、今手が握れること。これらは実は奇跡的なことだということを、まずは自覚してもらうようにしています。そうすると、マイナスではなくて、自分の積み上げたプラスを見るように変わるので、そこはやっぱり大切だと思います。

大塚:うん、うん。

二重作:仕方がないことは仕方がない。脳梗塞になってしまった、骨折してしまった、皮膚が荒れてしまった。起きたことは仕方がないので、そこにだけフォーカスしてしまうと、もう何も動かないですよね。だから、今できないことを数えるんじゃなくて、小さくともできたことを数えるようにすると、それはもうどんどん増え続けるので。そうすれば、治る方向に進むことができると思うんです。

大塚:自分で気づいていくんですね。

二重作:僕ら健康な人だって、3日間熱で動けなかったら歩けなくなるんですよね。だから、今こうやって座れる、立てるっていうことはそれにトライした結果だよ、と。

大塚:なるほど。

二重作:そんな風に、入院してきた時の話とかをしたりとか、リハビリや治療について話すと、「やらなかったらどんどん機能が低下していく」ということが患者さんもわかるようになります。現状維持できてるってことは、実はそれなりに努力してるってことなんですよね。立ち上がる練習をしているわけですし。好きじゃないお薬も飲んでるんでしょうし、ステロイドも毎日塗ってるからキープできてる。そういう小さなケアを積み重ねることで、ちょっと先の未来に目に見える結果が出てくる。今の努力が良くなる方向につながるんです。

 あとは、そうしなかった時の自分と比較してもらいますね。今歩く練習しなかったら、歩ける寿命がもうここで終わるかもしれない。逆に今歩けるようになると、今から5年、10年歩ける人として生きていける。どっちがいいですか?を比較をさせ、選択してもらいます。要は、比較の対象を変えるっていうことですね。

大塚:すごく納得します。

二重作:あの、大塚先生はどうされていらっしゃいますか?治療方針になかなか乗ってこない患者さんや、「なんで治らないんですか?」と焦りがちな患者さんに対して、どのように対応されていますか?

大塚:二重作先生と同じように、病院をはじめて受診した時のことを思いだしてもらっています。「最初に来た時はこんなに大変だったのに、今は良くなりましたね」っていうのを伝えたり。

二重作:なるほど。

大塚:じゃないと、辛さって忘れちゃいますよね。

二重作:そうですね。

大塚:辛さも嬉しさも全部そうなんですけど、感情って生ものじゃないですか。

二重作:「感情は生もの」、素敵な言葉ですね。本当にそう。

大塚:話は少しずれますが、だから、文章を書くって大事だなと思ってるんです。そこに感情を残せるので。書いて残しておかないと、その時に自分が思ってたことが、だんだん薄れてくし、書き換えられてくし。

でも、割と人のことだと覚えてるんですね。その時の相手の表情とか言葉って覚えてますよね。だから、ぼくが覚えてることを患者さんに伝えて、「あの時こんなに辛そうでしたよ」、とかね。そうすると、「あー、確かにそうでしたね」って返事がきて、また、気持ちが前向きになったりするケースもあります。

つまり、二重作先生と同じことをやってはいるなっていうのは思います。

二重作:あー、よかった。ありがとうございます。大塚先生はそういう意味で本当に優しいし、患者さんと医療のブリッジになるところをずっとライフワークとしてやられてるじゃないですか。だから、うん、すごく刺さります。

強さを磨くということは、弱さを見つけるということ

大塚:二重作先生、あっという間にもうお時間なんです。(笑)

二重作:あっという間でしたね。(笑)

大塚:最後に先生の新刊「強さの磨き方」についてお話を伺ってもよろしいでしょうか。僕は原稿をゲラの段階から読ませてもらってまして。強さについて考え抜いてる本、初めてだなと思いながら読ませてもらいました。

強さの磨き方
強さの磨き方

二重作:ありがとうございます。大塚先生にも推薦の言葉をいただき嬉しかったです。「強さの磨き方」なんですが、類書がないってよく言われます。

大塚:あ、僕もそう思いました。強さの磨き方という題名ですが、内容は、弱さの見つけ方だなと。

二重作:まさに、その通りです。弱さと格闘しまくってます(笑)

今、強さが正義であるかのような風潮があるんですよね。例えば、国のトップに立つことは非常に強いことですが、それが戦争を正当化したり、独裁者、支配者になったりする状況もあるわけです。だから、強さの概念自体が大きく揺らいでいると思います。

前時代的な強さではなく、これから必要な強さって何なのか?それをそれぞれが再定義してもいいんじゃないかと。私たちの強さはそれぞれ違うもので、お互いがどういう風になりたいのか、どういうことをやりたいのか、それについて考え、話し合えば、もっとお互いがもっと強くなれる気がするんです。

大塚:なるほど。ぼくも先生の本を読んで、強さと弱さについて考える機会をいただきました。

二重作:僕自身も、大塚先生はじめ、いろんな方々と磨き合ってる気がします。

大塚:ありがとうございました。30分があっという間でしたね。

二重作:本当に楽しかったです。

大塚:今度またゆっくりお話しましょう。

二重作:はい、ぜひ。

大塚と二重作先生の対談は以上になります。最後まで読んでくださりありがとうございました。

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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