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社会派だから面白い韓国ドラマ、その根っこにあるスピリットとは? #深沢潮さんインタビュー 【前編】

渥美志保映画ライター

韓国ドラマの魅力は、どこかに社会的な視点があることーー韓国ドラマ好きとしても知られる深沢潮さんはそう語ります。新刊『李の花は散っても』は、日韓の国境を超えたラブストーリーですが、その背景として両国の関係が克明に描かれた作品。今の韓国ドラマでも描かれる「社会運動のスピリット」は、実はその時代に「種」とか「根っこ」のようなものが作られていると深澤さんは考えています。さてその「種」「根っこ」とは? 【前編】では「歴史を知ればより面白い韓国カルチャー」をテーマに、おすすめ作品のご紹介もしつつ、お話を伺いました。

【後編 歴史修正が積み重なれば、戦争も虐殺もくりかえされることになる】はこちら

ーーまずは割と最近の韓国ドラマ、Netflixの『クイーンメーカー』あたりから始めようかなと思うんですが。ムン・ソリ、キム・ヒエという実力派女優2人が候補者と参謀となって、財閥相手の有名候補とソウル市長選挙を戦うというドラマです。候補者のムン・ソリが人権派弁護士なんですよね。

深沢潮(以下、深沢) ピッタリですよね。ムン・ソリさん自身が、すごくリベラルな方でパク・クネ政権の時にはブラックリストに載せられて、出演作の公開や、映画出演などもままならなかった方ですから、韓国の人にとっては胸熱のキャスティングだなと思います。

ーー 序盤で印象的だったのは、ムン・ソリがデパートの従業員の不当解雇に抗議して、ビルの屋上で「高所籠城」するエピソードです。高所籠城は韓国の労働運動でしばしば行われる抗議行動で、最初にやった女性については『滞空女 屋根の上のモダンガール』(パク・ソリョン著)という小説にもなっています。

Youtubeライブしたり、食料をドローンで運んだりするのも今っぽくて印象的でした。

『滞空女 屋根の上のモダンガール』 パク ソリョン 著, 萩原 恵美 訳 三一書房 刊
『滞空女 屋根の上のモダンガール』 パク ソリョン 著, 萩原 恵美 訳 三一書房 刊

深沢 労働者の抗議行動って、韓国では本当に普通にあることで。以前、バスの中で、背中に「女性社員の権利を!」と書いたベストを着た人を見たことがあります。

ーー 私達が就職した90年代頃には、日本でもそういうのありましたよね。

深沢 ありましたよね。私は出版社で働いていたこともあるんですが、賃上げのために「腕章団交(団体交渉の略)」というのをやりました。「これから団交です」という意味で組合の腕章をしながら勤務時間を過ごすんです。出版社の組合「出版労連」は結構強い労働組合でしたが、就職活動の会社選びでも「あの会社は組合が強いからボーナスが多い」みたいな情報は回っていましたね。

ーー 韓国はドラマも映画も、労働運動そのものをテーマにした作品がありますよね。私がすぐ思いつくのは『錐(きり)』(チ・ヒョヌ主演)という作品です。

外資系大型スーパーの不当解雇に対して、善良だけど押しの弱いマネージャーが、労働運動のプロの助けを借りて戦うという作品です。労働運動の「How toもの」みたいな感じなんですが、エンタメとして面白くできてるのがいいですよね。

深沢 スーパーの労働者の問題は『明日へ』(ド・ギョンス主演)という映画でも描かれていました。

ーー 日本ではありえないですよね、労働問題をテーマにした作品に、トップアイドルが主演する、なんて。

深沢 『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の中にも、生命保険会社の女性社員の不当解雇問題がありましたね。たとえ裁判で良い結果が得られなくても、行動したことそれ自体に意味があるという終わり方がすごく清々しかった。声を上げることが肯定的に捉えられている感じはありますよね。

ーー 『ウ・ヨンウ』では、主人公が大好きな水棲哺乳類の保護を訴えて、デートがてら水族館前で、イルカの帽子を被ってスタンディングする場面もありました(ep12)。カン・テオは「デートなのに…」って凹んでましたけど(笑)何かしら不満があればたったひとりで抗議活動するのもよく描かれています。一番良く見るのは裁判の結果に納得がいかない被害者遺族が、裁判所の前でするスタンディング。きっと韓国でも「またあんなことしてる」という冷ややかな人もいるんでしょうが、現実の表象として普通に描くことは、そういう行動に対するハードルを下げることだと思いますよね。

深沢 釜山に住む私の叔母も、自分が住むマンションの隣に作られる施設についての反対運動をしていました。「明日はデモに行くんだ」みたいなことは「明日はスポーツジムに行くんだ」くらいの感じで、日常会話に出てきますね。

渥美 最近、私もときどきデモに行くんですね。こういうと怒られるかも知れないですが、デモって結構楽しいんですよ。インボイスとか入管法とか、なんか納得いかないなあっていう時にデモに行くと、問題の当事者とか弁護士とか議員とか作家とかが登壇して「何がおかしいのか」を語ってくれる。看板とか鳴り物を持つのはちょっと恥ずかしくても、頭数になるだけでも結構意味があることだと思うし。春とか秋なんてお散歩がてらでも、いいと思うんです。そういう人を「真面目にやれ!」って責めるより、とりあえず気軽に一歩踏み出してもらえるほうがいいと。

エンタメにも大きな影響を与えた「5・18光州民主化運動」

渥美 韓国のそういう社会意識はどこから来るのかなと思うと、やっぱり1980年5月18日に起きた光州事件(5・18光州民主化運動)の記憶は大きいのかなと思います。

深沢 光州については、多くの映画が作られていますよね。よく知られているのはソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を超えて』だと思いますが、事実に基づいて描かれたイ・ジュンギ主演の『光州5・18』、そして民衆に銃を向けた若者の人生を描いたイ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディ』も圧巻です。

渥美 『タクシー運転手』は虚構の部分も多いのですが、光州出身の友人によれば、実際に事件を体験したご両親は「かなりリアルだ」と仰っていたそうです。ドラマでは、最近人気の若手俳優イ・ドヒョンが主演した『五月の青春』や、小説ではブッカー賞受賞作家ハン・ガンの『少年が来る』が、事件を描いています。特に『少年が来る』は「こんな恐ろしいことが……」という信じられない思いで読みました。

『少年が来る (新しい韓国の文学)』  ハン ガン 著  井手 俊作 訳 クオン 刊
『少年が来る (新しい韓国の文学)』  ハン ガン 著  井手 俊作 訳 クオン 刊

深沢 民主化運動を軍事政権が武力弾圧した、いわば「国の恥部」のような出来事なんですが、韓国はそれを風化させず、今も堂々と作品にしていますよね。それができる国かできない国かで、民主主義には大きな違いがありますよね。実は今年の5月18日にSNSに光州についての投稿をしたんです。そうしたら何人かの韓国人の友人から「光州事件ではなく『光州民主化運動』と呼んでほしい」というメッセージが来たんですよね。つまり「事件」というのは体制側からの見方なんです。

渥美 なるほど、そうですね、たしかに。

深沢 そういう言葉ひとつにも、韓国の人の「民主化運動を戦った」という、国民全体に共有されているプライドみたいなものを感じました。

渥美 韓国ではドラマなどで民主化運動を描く時も、「単なるネタのひとつ」として消費するようなをすると、視聴者から必ず「民主化運動への冒涜」「歴史修正主義」という抗議がくるんですよね。最近ではディズニープラスで配信中の『スノードロップ』(チョン・ヘイン、ジス主演)という作品。1987年を舞台に、北のスパイと女子大生の恋を描いているんですが、「スパイを美化している」などと批判され、放送開始が大幅に遅れました。日本人もそうですが、ドラマで描かれていることが「本当の歴史」と思ってしまう人って結構いるじゃないですか。特に人気俳優が出るドラマなどは、歴史的事実とは異なるイメージ、つまり歴史修正を植え付けてしまう、ということなんでしょうね。

深沢 あのドラマは「確かに言われちゃうだろうな」という感じがありましたね。当時、民主化運動を弾圧していた国家安全企画部を、ちょっとよく書いている部分もあるし。

渥美 1987年は、安企部によるソウル大生の拷問死事件を発端に起こった「六月民主抗争」と同じ年ですから。こちらを描いた映画が『1987 ある戦いの真実』です。

深沢 あの映画はすごくよかったです。韓国で大ヒットした作品ですよね。

渥美 この映画のラストシーンで催涙弾に当たって死んでしまう学生が登場するんですが、その彼が履いていた運動靴をモチーフに『Lの運動靴』(キム・スム著)という小説も書かれています。(→【後編】へ続く)

キム・スム(김숨) 著/中野宣子(なかののりこ) 訳  アストラハウス刊
キム・スム(김숨) 著/中野宣子(なかののりこ) 訳  アストラハウス刊

歴史修正が積み重なれば、戦争も虐殺もくりかえされることになる #深沢潮さんインタビュー 【後編】

深沢潮 プロフィール

東京都生まれ。在日コリアンの両親を持つ。2012年『金江のおばさん』で第11回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。『ひとかどの父へ』『緑と赤』『海を抱いて月に眠る』『翡翠色の海にうたう』『乳房の国で』など、在日コリアンをテーマにした作品や女性の生きづらさを描いた多くの作品を持つ。最新作『李の花は散っても』は、李王朝に嫁いだ梨本宮方子の数奇な運命と、半島から来た革命家と恋に落ち社会から転落していく女性・マサの人生を通じて、戦前・戦中・戦後の日本と朝鮮半島を舞台に描く。

『李の花は散っても』 深沢潮 著 朝日新聞出版 刊
『李の花は散っても』 深沢潮 著 朝日新聞出版 刊

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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