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忘れ去られたものを「日の当たる場所」に持っていく。それが私の役割【小泉今日子インタビュー】

渥美志保映画ライター

18世紀のヴェネチアの孤児院「ピエタ慈善院」で育ったエミーリアと、彼女が音楽を学んだ作曲家ヴィヴァルディの音楽によってつながった女性たちの人生を描いた小説『ピエタ』。生まれた環境や時代ゆえに思うような人生を送ることができなかった女性たちは、エミーリアを通じてつながったほかの女性たちとの絆によって、自分なりのささやかな幸せにたどり着きます。

読んでいる最中から「何か作品にしたい」と原作にほれ込み、舞台化を模索してきたのは俳優の小泉今日子さん。その紆余曲折には、原作小説とみまごうほどの女性たちとのつながりや、小泉さん自身の仕事や人生への思いもあったようです。

コロナ後の時代に、よりリアルな「連帯する女性たち」の物語

ーー原作小説『ピエタ』との出会いを教えてください。

小泉今日子(以下、小泉) 読売新聞の読書委員をやってた時に、記者の方に「小泉さんに書いてもらえたら嬉しいです」と勧められて読んで。2011年ごろです。物語がすっごく好きで、読んでる最中から「何か作品にしたい」と思っていました。映像は無理だな、付け鼻つけてもイタリア人にならないしな、でも舞台ならそういうことが可能なんだよな、って。

ーー当時の書評にどんなことを書いたか覚えてますか?

小泉 立場の違う女性たちが助け合うこと。あと、登場人物が少女だった頃に書いた「むすめたち、よりよく生きよ、よりよく生きよ」という言葉の中に重要なことがある、年齢を重ねた登場人物たちが少女時代の言葉に勇気づけられるというところで、本を読みながら泣いたんですよね。主人公と同じ年齢だった私自身が「過去からのエール」をもらったような気がして。よく覚えていないんですが、その辺のことを書いたんじゃないかなと思います。

ーー作品では孤児院育ちのエミーリアと、貴族女性のヴェロニカ、高級娼婦のクラウディアの3人が、特に印象に残ります。小泉さんが演じるエミーリアは、恋や結婚に無縁の生活を送っていますが、少女時代には唯一の恋の記憶がありますよね。

小泉 若いころ、カーニバルで謎めいた男性と出会ったんですが、お互いに仮面をつけたままで、名前も顔も知らないまま終わっているんですよね。エミーリアは、あと一歩が踏み出せなかったこと、なんで名前を聞かなかっただろうというようなことを、ずっと悔やんでいたと思います。でもクラウディアから「真の意味で、魂がひかれあったということでは?」と言われ、さらに同じ時代を生きたいろんな女性たちとの出会いを通じて、自分の人生にその恋があったことを「よかった」と思えるようになってゆく、その瞬間みたいなものが描かれているんじゃないかなと思います。

ーー貴族男性が執り行う政治が腐敗する中、クラウディアに「人を導くにふさわしい本物の貴族」と言われるヴェロニカも大きな存在です。小説を読み、小泉さんはこの役を演じるのかな?と思っていました。

小泉 初期の頃はヴェロニカ役だったんですが、実現しないまま時間がたつにつれ、「この作品を”みんなに見せたい”と思いながら導いてきた私は、物語をすすめてゆくエミーリアの心情に一番近いんじゃないか」と思うようになったんですよね。じゃあヴェロニカ役を誰に?となった時に、石田ひかりさんに思い至りました。彼女って「ほんわりほんわり」しているけど、地に足の着いた慈悲深さがあって、精神が本物の貴族みたいなんです。私が演じると、やっぱりちょっと叩き上げっぽくなっちゃうんですよね(笑)。なんていうか、生まれながらに強いというか。

「asatte FORCE」最終日の「ピエタ リーディング」にて。ヴェロニカを演じる石田ひかりさん
「asatte FORCE」最終日の「ピエタ リーディング」にて。ヴェロニカを演じる石田ひかりさん

ーーなるほど(笑)。

小泉 2020年にコロナで上演中止になったとき、本多劇場で抑えていた会期に、「assatte FORCE」という日替わりのフェスのようなものをやったんです。その千秋楽が『ピエタ』の朗読劇だったんですが、最終日なので終わった後にバラシが始まったんですね。そうしたら石田さんは「私、お手伝いしようと思って」と言いながら、軍手をして楽屋から出てきたんです。「姐さんなんかやることありますか!」みたいな感じじゃなく、ほんわかしたあのテンションで、あの声で。でも舞台の方はヘルメットとかがないと危ないし、意外とやれることがなかったんです。それで「そうなんですね、すごい残念。私、すごい働く気満々で来たんですけど……。じゃあお邪魔しても悪いので失礼しますね」と。本物の貴族ってこういうことなんじゃないかと。ピッタリのキャスティングができたと思います。

ーー「assatte FORCE」では、朗読劇以外にも様々なことをやったそうですね。

小泉 どうせ赤字なら気持ちのいい赤字のほうがいいと思ったし、劇場、スタッフ、キャストの人たちに多少なりとも補償もしたかったんですよね。コロナの最中だから座席も間をあけていたし、どうせドアも閉めないから、子供同伴でOKにして。私の仲間たちを動員して、子供たちのための演劇とか朗読とか、DJ入れて本多劇場をクラブにしたりとか。「子供ができてから、劇場になんて全然来られなかったから」ってお母さんたちが泣いてたりして、すごいいいムードで楽しかったですけど、手作りだったのですっごい疲れました(笑)。

ーーこんなことを言うのもなんですが、様々な女性の生き方や幸せが描かれている点や、舞台であるヴェネチアの政治が腐敗を極めている点など、2020年よりも2023年の現在のほうが、ずっと今日的に思える気がしました。

小泉 そうなんです。コロナもそうですが、それ以前にもこの企画を実現しようとするたびに「今じゃない」という感じできていたんですが、私たちではなく作品のほうが一番のタイミングを選んでくれたんじゃないかと。コロナのような経験を共有し、悲しい思いもたくさんしたと思うんですが、同時に誰もが自分や社会について目を向けるようになりましたよね。それによって物語をより深くとらえていただけるようになったんじゃないかなと思います。

知られざる事実を日の当たる場所にーーそれが自分の役割

ーー劇作家のペヤンヌマキさんに演出をお願いした理由は?

小泉 『ピエタ』の舞台化はある脚本家の方で進めていたんですが、その方がご病気でお亡くなりになってしまい、暗礁に乗り上げていたんです。でもずっと頭の片隅にはあったんですね。ペヤンヌさんとは面識はなかったんですが、ペヤンヌさんの作品によくご出演されている安藤玉恵さんが「小泉さんに”1度お芝居を見てほしい”と言っているから」と、公演のある時はいつも知らせてくれていて。ある時「ちょうど時間が空いてる!」と思って、鈴木砂羽さん主演の『エーデルワイス』の公演に伺ったんです。それを見ているうちに「あれ、この人書けそうだな」と思って。後日「ちょっとお茶でも飲めませんか」とお誘いしてお話をしたうえで、お願いしたという感じです。

ーー「書けそうだな」と感じたのはどういった部分でしたか?

小泉 ペヤンヌさんの作品って、いい意味で俗っぽいところがあるんですが、でも芯にある物語は『ピエタ』に遠くないと思ったんですよね。『エーデルワイス』も、主人公が過去の自分と対峙してやっと前に進む、みたいなお話で、心象風景としてのお城みたいなものが舞台の背後にあって……あれ、この話、真ん中にあるものは『ピエタ』と同じだぞ、と思ったんです。

ーーペヤンヌさんは杉並区長の岸本聡子さんの選挙運動を追ったドキュメンタリーを撮っていますよね。岸本さんをヴェロニカに重ねながら読んだりもしていました。

小泉 岸本さんの件は出会った後なんです。ペヤンヌさんは杉並区在住なんですが、ありえない都市計画が進む中で「応援したい人ができた」と。「お手伝いしても支障ないですか?」と相談されたので、ぜんぜんないですよ、と答えました。すごい素敵ですもんね、岸本さん。少し希望が持てる気がします。ペヤンヌさんの他にも岸本さんの陣営にかかわっている友達がいて、私も追いかけていたんですが、地方自治にはすごい希望を感じます。私たちは口では「民主主義、民主主義」と言ってきたけど、本当の民主主義を知らないでここまで来てしまったと思うんですが、ああやって見せてくれると「なるほど!」と思えたりします。

小泉 最近、「夢見る校長先生」という映画のナレーションをお引き受けしたんですが、これがすごくいいお仕事でした。公立小学校の校長先生たちを追ったドキュメンタリー映画なんですが、公立学校って校長先生がやろうと思えば、いくらでも変えられるんですね。教科書を使わなくなった学校とか、制服をやめた学校とか、校則がない学校とか。不登校の子供が「登校さえすれば出席」になる学校では、廊下で勉強している子供の周りに仲間が集まり、そこが教室になっていたり。映画に出てくる校長先生たちはみんな「次世代の担い手に民主主義を教えたかった」って言うんですよ。組織でも社会でもリーダーが違えば変わっていくんですよね。

ーー小泉さん自身も50代で自身の会社の「リーダー」になりましたよね。何が「いい仕事」なのか、ご自身で決められるようになった、という部分もありますか?

小泉 以前の事務所でも「やりたい仕事/やりたくない仕事」という選択はできてはいたと思うんですが、やはり組織の中にいると、組織のルールや決まり事、それこそリーダーの交友関係みたいな部分もあるので、深くは踏み込まないようにしていたんです。今は本当に自分が興味のある仕事を、ギャラもそれほど関係なく、パッと選べるのがすごく気持ちがいいですよね。

例えば今年になってからも東村山のハンセン病記念館で、患者の方たちが作った詩集の朗読会をしたんです。こういう仕事を積極的に選んでいけるし、躊躇もなくなりました。人々に知られていないことを、日の当たる場所に持っていくこと。それが私たちのような仕事をしている人間にできることだし、役割なのかなと思います。

asatte produce『ピエタ』

原作/大島真寿美 脚本・演出/ベヤンヌマキ 

出演/小泉今日子、石田ひかり、菱村リエほか

【東京公演】本多劇場

【公演日程】7月27日〜8月6日

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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