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Netfixの人気監督もここから!アートもエンタメも強い韓国映画を支える「KAFA」って?

渥美志保映画ライター
Space Sweepers,Netflix

「日本映画は韓国に負けてない!」と私だって言ってみたいのですが、それを聞いている自分の耳が「負け惜しみ」に聞こえてしまうほど、後れをとっている日本映画。一体何が違うのか?と考えてみて、最初に思い浮かぶのが「映画人の育成」です。特に「授業料無料!」の国立の映画学校、ポン・ジュノを輩出した「韓国映画アカデミー(KAFA)」なしには、韓国の映画は語れません。

国立の映画学校と聞くと、アート系のちょっと難しそうな映画を作る監督ばっかりなんでは……と想像しますが、例えばソン・ジュンギ主演のSFアクション『スペース・スウィーパーズ』(Netflix)のチョン・ソンヒ監督や、同じくNetflixのイ・ジェフン主演のスリラー『狩りの時間』のユン・ソヒョン監督なども、この学校の出身です。

彼らを輩出したのが、2007年に新設された「長編コース」。演出・製作・撮影の3人をグループとしてマッチング、学校が制作費を支援して長編映画を作るコースで、脚本の開発から映画の制作、さらに映画祭への出品や劇場公開まで、1年かけてやっていきます。

「長編コースは韓国映画界に大きなインパクトを与えたと思います」と語るのは、自身もKAFAの卒業生であり、KAFAで教鞭をとった経験を持つチャン・ゴンジェ監督。大学の映画学科の実習では作られるのは、通常は短編映画であって、長編映画は市場に出す商品として作られるもの。KAFAでは「正規コース」で短編の制作費を支援するのはもちろんですが、「長編コース」でもこれを行い、国内外の映画祭への売り込みから、配給と劇場上映までの道筋をつけてゆきます。もはや制作会社とかわりません。

チャン監督「KAFAが長編映画研究課程を開設したのには、単純に熟練した映画人を輩出する場所ではなく、本格的に映画作家を養成しようという意図があったと思います。模範的な熟練工をひとり卒業させるというのではなく、韓国映画産業にインパクトを与えられる芸術家、作品を映画学校で作ることができるように教育し、支援するシステムを作ろうと試みたのです」

韓国の映画人育成は「低賃金の現場修業」から「学校での教育」へ

日本の映画業界では、理論や経験を持たずに飛び込んだ現場で、徒弟制度に近い形で叩きあげてゆく人が多いようです。対する韓国では、監督から俳優からほとんどの人が「大学の映画学科卒」。理論を学び実習を経験しながら、技術を身に着けてゆきます。エリート映画人を養成する国立の韓国映画アカデミー(KAFA)は、その最高峰の場所です。

チャン監督「かつての韓国でも、現場で撮影監督になろうとすれば、「マンネ(末っ子)」→「サード」→「セカンド」→「ファースト」→「撮影監督」という具合に現場で役割をこなしスキルを身に着けて、10年ほどの時間が必要でした。KAFAでは、撮影・照明を総括するDP(Director of Photography)システムの撮影監督を養成し、卒業したらすぐに撮影監督として通用する能力を育てることを目標にしています。この20年余りの間、映画学校教育システムの変化と、韓国映画産業の体質改善により、低賃金の長い修行期間を経るよりも、独立映画の長編映画でデビューした後、商業映画に進出するのが一般的なコースになっています。

もちろん、依然として演出部〜助監督の徒弟制度を経てデビューするケースもあります。その中の何人かの監督は、確かに、継続的によい映画を作り出しています。徒弟制度を経た監督の場合、豊富な現場経験があり、映画ビジネスに対する理解度が高く、それは短編映画や独立映画の現場では経験しがたいことです」

近年では大学の映画学科を卒業してすぐKAFAに来る志願者が多く、正規コース34期のキム・セイン監督によれば、入学者の中心は20代。その世代が即戦力として韓国の映画界に入ってゆき、新人監督とは思えないクオリティの作品でデビューしています。ただ競争の激しい韓国映画業界で、新人監督が2作目、3作目と作りを続けてゆくことが難しいと、チャン監督は言います。

チャン監督「特に商業映画の場合は、自分のシナリオでない、制作会社やプロデューサーの企画で偏ったジャンルの作品を作ることになるケースが多いんです。興行が見込る要素が高いジャンルーーアクション、コメディ、スリラーなどのジャンル映画を演出する意思と能力があることや、スターをキャスティングすチャンスを得られるかどうかが重要になってきます。ここで興行的に成功できないと、次の機会を得ることが難しくなります」

実はチャン監督自身も、独立映画の新作を発表する傍ら、昨年は韓国の配信サービス「TVING」で、話題のホラー作品『Monstrous(怪異)』を手がけています。

韓国の映画関係者は”韓国映画人”というアイデンティティを持っている

もうひとつは――これは様々な取材を通じて私が個人的に感じてきたことでもあるのですが—―映画人同士の繋がりです。韓国の映画業界で何らかの問題が明らかになると監督をはじめとする多くの映画人が立ち上がり、連帯の声を上げます。日本ではそうした動きが業界全体に広がってゆくことは、あまり見たことがありません。映画人の育成においても、そうした意識は大きく役立っているように思えます。

チャン監督「創作というのは、究極的には誰かから学べるものではなく、自らが作ることを通じて気付いていくものだと思います。そういう意味で「教える」ということを負担に感じることが多いです。それでも僕が教えることを並行している理由は、20年間、現場で活動しながら得たノウハウを分かち合うことに意味があると思うからです。韓国映画界に従事している映画人達の場合、”韓国映画人”というアイデンティティを持っていると思います。だからこそ、これまで”スクリーンクォーター制度の縮小反対”や”映画界MeToo運動”を支持、連帯しながら、声をひとつにし、映画「パラサイト」のオスカー受賞などの成果を、韓国映画界の慶事としてとらえ、皆で一緒に喜んだのだと思います」

 ちなみに「スクリーンクォータ制度」とは、韓国が1966年に自国映画の保護を目的に、映画館に一定の割合(当時40%=146日)で韓国映画の上映を義務化したもの。2000年代前後から、貿易の自由化(FTA)を求めるアメリカ側から廃止を求められていましたが、韓国の映画業界がこれに反発、大規模なデモなどが行われました。2006年に20%=73日間で合意し、廃止を回避しています。

KAFAの長編コースの設立には、この議論の影響があったのではないかという推測は、それほど的外れではないように思います。当時は、世界に韓国映画の存在を知らしめた「386世代」=ポン・ジュノ、パク・チャノクなどが出現した時代。両者の『殺人の追憶』『オールドボーイ』が国境を越えて大ヒットしたのが2003年です。チャン監督が言う「長編映画コース設立の目的=韓国映画産業にインパクトを与えられる芸術家、作品を映画学校で作ること」は、そうした監督と作品の存在が業界全体の活性化につながると、KAFAが実感していたからかもしれません。

「劇場離れ」が進む今こそ、美意識を持つ優れた映画作家の育成を

コロナ禍を契機に配信サービスが躍進する現在、劇場公開される映画はどの国でも苦戦しています。世界に乗り出し評価を高めている韓国映画も例外ではなく、興行の規模はコロナ以前の状況に戻っていません。

チャン監督「配信サービスに月に1万ウォン程度の購読料を払えば、たくさんの映画やドラマを視聴できるようになり、その間に映画館のチケット代は映画1本で15000ウォンになりました。観客は高いチケット代が惜しくないと思えるブロックバスター映画を中心に財布を開いています。現在の韓国映画の劇場の状況はとても深刻な危機に陥っているといえるでしょう。懐事情が厳しい20〜30代の人々は映画館にあまり行きませんが、それでも美術館には若い人々がたくさん訪れています。また、作家映画や芸術映画を上映する国際映画祭には、若い観客達がたくさん集まります。これは、優れた芸術作品の観覧需要がまだ存在するという意味です。

質のよい映画を持続的に作り、映画館から離れた観客の足をまた映画館に戻ってこさせなければなりません。KAFAはこういうときこそ、熟練した素晴らしい美的感覚を持つ監督、プロデューサー、撮影監督を養成しなければならないと思います。教育とは短期間で成果を出すものではなく、長期的に計画により基礎体力を作り出すことだと思います。そういう意味で、KAFAも今後の短期的、長期的な成果について、改めて考えなければいけないと思います」

チャン・ゴンジェ

映画会社モクシュラのエグゼクティブ プロデューサー兼ディレクター。韓国の国立映画アカデミー19期、正規コース(撮影監督)修了。長編2作目の『眠れぬ夜』が各国の映画祭で賞を受賞。なら国際映画祭での受賞を受け、同映画祭の映画製作プロジェクト「NARAtive」の支援により、奈良を舞台にした『ひと夏のファンタジア』を制作。同作は独立系映画としては異例のヒットを記録。2014~2016年の3年間KAFAで、現在は京畿道にある龍仁大学映画映像学科教授として後進の育成にも携わる。最近作に、はヨン・サンホ製作のシリーズ『Monsterous』(TVING)、独立映画『5時から7時のジェヒ』など。『Mom's Song』(シン・ドンミン監督作)では製作総指揮を務める。

前回→韓国映画の強さを支える国立映画アカデミー、そのガチなスパルタ教育

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

参考

http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/issue/globalism/1139617617022Staff/view

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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