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「助けを求めるのは諦めじゃない。諦めないためなんだ」オスカー受賞作がくれる、大人の心に触れる世界。

渥美志保映画ライター
原作の絵本『ぼく、モグラ、キツネ、馬』より(飛鳥新社 刊)

下馬評通り、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が多くの賞を獲得した今年のアカデミー賞で、もう一本、予想通り賞を獲得した作品がある。アカデミー短編映画賞『ぼく、モグラ、キツネ、馬』だ。昨年の12月に「Apple TV」で配信が始まった同作は、そもそもの原作は2019年にイギリスで出版され、全世界で800万部を売り上げた絵本だ。2021年には日本でも発売され、24万部のベストセラーとなっている。

原作者チャーリー・マッケジーはイギリスのイラストレーターで、映画『ラブ・アクチュアリー』で登場する本を描くなど、映画業界との縁も深い。この本『ぼく、モグラ、キツネ、馬』は彼がインスタグラムで発表してきたイラストをもとにまとめられた作品で、少年がモグラ、キツネ、馬の3匹と次々と出会い、どこへともなくともに向かっていく旅をほぼ無彩色で点描する。独特のタッチで線描されたキャラクターと風景の連なりには、物語らしい物語はないのだが、平易だが深く心に残るキャラクターたちの言葉と相まって、読み手の心象風景と重なってゆく。

オスカーを獲得したのは、その絵本をもとにBBCが作ったオリジナルのアニメーション(配信は AppleTV)。原作の味わいをフルカラーの手書きアニメで再現した作品で、5月にはそのアニメーションをもとにした絵本が発売される予定だ。

原題:The Boy, the Mole, the Fox and the Horse / 製作国:イギリス、アメリカ / 製作年:2022年 / Apple TV+配信日:2022年12月25日 / 上映時間:34分

大人の感性に響く、豊かで先鋭的な短編アニメの世界

昨今、国際的なショーレースに絡む作品は上映時間が長いものが多い。例えば今回のアカデミー賞の作品賞のノミネート作品10本も、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の3時間12分を筆頭に、2時間20分の『エブエブ』を含め、2時間半超が3本、2時間20分超が3本である。映画はもしや「こういう作品こそ劇場でしか見られない(ストリーミングでは集中力が続かない……)」という方向にいっちゃったのだろうかなどと思ったりもするのだが、そんな状況と表裏をなして存在感を増すのが、より自由に世界を広げる短編映画だ。実写映画では、たとえば昨年国際的にも注目を集めた『PLAN75』がそもそもは短編映画だったように、有望な長編映画への第一歩となることも多いし、「物語性を持ったCM」という広告の世界さえもその一部とすることができる。必ずしも起承転結の物語を求められない短編だからこその軽やかさもあるだろう。インスタグラム、ストリーミング、絵本、アニメーションなどの世界を行き来しながら作品世界を広げる『ぼく、モグラ、キツネ、馬』は、その好例といってもいいかもしれない。

そしてだからこそそこには、大人の感性にも響く、豊かでかつチャレンジングな世界が広がっているのだ。例えばNetflixで3シーズンを数える『ラブ、デス&ロボット』や、実在の銃乱射事件をテーマに描いた’21年オスカー受賞作『愛してるって言っておくね』はそんな作品の典型だろう。

実は今回のオスカー短編アニメ部門のノミネート作品も、その多くがネット上で(ストリーミングチャンネルなどではなく、無料で!)見ることができる。ぜひこの機会に楽しんでもらいたい。

The Flying Sailor(英語)

An Ostrich Told Me the World Is Fake and I Think I Believe It(英語)

※残業中のオフィスに突如現れたダチョウが教える、非人間的な社会の正体とは?

My Year of Dicks(英語)

※コミカルに描くある女の子の処女喪失と愛することの物語。

『ぼく モグラ キツネ 馬』

チャーリー・マッケジー著 川村元気・訳

本体価格2200円+税

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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