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「結局、愛って何?」Netflix『愛と、利と』モヤモヤ最終回にスッキリできる【ネタバレ解説】

渥美志保映画ライター

『賢い医師生活』のユ・ヨンソクと『女神降臨』のムン・ガヨンという人気俳優が主演した『愛と、利と』。最終回を迎えた先週は、ついにランキングの1位を獲得したものの!その結末に「なんでそうなるの!」とモヤモヤした人も多いはず。でも脚本に細かく張り巡らされた伏線を読みといていくと、この作品が描いた「愛とはどういうものか?」「愛の成就こそが幸せなのか?」というテーマが、くっきりと見えてくるんです!今回はこの作品を【ネタバレあり】で解説!

配信中のポッドキャスト「ハマる韓ドラ【番外編】」でも、詳しく解説しています。【ネタバレなし】をご希望の方はこちらどうぞ!

ドラマの舞台は「KCU銀行ヨンポ支店」。女性主人公スヨン(ムン・ガヨン)はKCU銀行にその名をとどろかす「ヨンポ支店の女神」と呼ばれる美女。でも恋愛にあまり興味がないし、女性の同僚もあまり寄せ付けず、誰よりも有能で熱心に働き、なのに高卒ゆえに評価されない契約社員。男性主人公サンス(ユ・ヨンソク)は名門大学出身で、新入社員の時にスヨンに仕事を教わって以来、ずーっと彼女を思い続けています。物語はそのサンスがいよいよスヨンにアタックするところから始まります。ここに異動でやってきたサンスの大学時代の後輩で、超お嬢様のエリートの社員ミギョンと、スヨンに思いを寄せる公務員試験を志望する年下の警備員ジョンヒョンが加わり、恋の四角関係が展開してゆきます。

同音異義語が多い韓国語らしく、原題にはふたつの意味があります。

ひとつは邦題とほぼ似た感じの「愛の利害」。そのタイトル通り、登場人物は学歴、出身、経済的状況、社会的階層などが異なり、当初はそれで相手に憧れるわけですが、やがては相手への劣等感となってゆきます。ドラマの前半は、高卒のスヨンと名門大卒のサンス、貧乏なサンスとお嬢様のミギョン、契約社員とはいえ有能な銀行員であるスヨンと、年下警備員のジョンヒョンの関係が、「愛の利害」を巡ってこじれていく様を描いた、スタンダードな恋愛ものです。

特に、周囲の言葉や気持ちを全部飲み込み、その奥底では何が起こっているのかわからず、だからどうなってるのか知りたい、と思わせるスヨンの、ブラックホールのようなミステリアスぶりはみものです。

※ここから先は【激しくネタバレ】です!

①スヨンは、なぜ12話のラストで「あの男」と寝たのか?

「なんでそうなるの?」と視聴者が特にモヤモヤするのは11話以降ではないでしょうか。物語の序盤で「自分は他の人(スヨンを蔑み、浮気やセクハラを当たり前のようにやる男たち)と違うと思ってるんでしょ?」とサンスを罵ったスヨンは、様々な出来事を通じて「サンスはほかの男と違うかも」と思い始め、10話のラストではいよいよふたりは幸せに…という空気になってゆきます。

そこから2話分の視聴者の「モヤモヤ」は、スヨンはジョンヒョンの経済状況を、サンスはミギョンと家族との関係を、さらにスヨンとサンスの「人間関係をスパッと理屈で割り切らない」性格ゆえの、「さっさとはっきりさせろや!」というたぐいのもの。

でもそんなこんなが収まりかけた12話で、スヨンはサンスの最も近い友人ギュンピル(ムン・テユ)と唐突に関係を持つ、なんでやねん!というとんでもない行動に出ます。それは「不倫スキャンダルで左遷された同僚ソッキョン」「「私と別れたらサンスもそうなるかもね」というミギョンの言外のプレッシャー」「ジョンヒョンの試験勉強を最も邪魔してるのは自分じゃないか疑惑」など様々な事情に、「ああああ面倒くさい!とりあえず全部ぶっ壊すために爆弾投下!」ってことのように見えます。でも最大の理由は別にあり、これは15話でスヨンの口から出ています。

「何度突き放しても戻ってくるし、逃げても見つけられてしまうから。怖いし不安なの。うまくいってしまいそうで」

スヨンは、サンスが他の人と違っても、どんなに彼女を愛していても、必ずしも「上手くいきたい」とは思っていないんですね。「恋愛至上主義」「恋愛の成就こそがハッピーエンド」という思考、価値観の人たちが見ると、これはまったくもって理解不能だと思いますが、スヨンの悩みは、「サンスか、ジョンヒョンか」ではなく「恋愛か、それ以外か」であり、「それ以外」をとって爆弾落としたのに、なんでサンスはまだ逃げてくれない、死んでくれないってところ。サンスは絶対に死なない恋愛のゾンビみたいなもので、確かに他の男とはぜんぜん違うわけですが、同時に自分もうっかりその「恋愛」に巻き込まれちゃいそうで、怖いわけです。

②「自分の幸せ」を探して「やってみたけど違った」を繰り返すスヨン

ここで物語のカギを握るのが、ドラマ前半でサンスが引用する本。フローベル著の『ボヴァリー夫人』です。19世紀、田舎町での平凡な結婚に嫌気がさしたボヴァリー夫人は、自分の思い描いた幸せを探し、都会へ、別の結婚へ、不倫関係へと走ります。周囲が社会の規範をもとに「幸せとはこういうもんだ」と押し付ける中、彼女は自分の感性に従って幸せを追い求め、「やってみたけど違った」「やってみたけど違った」を繰り返しているんですね。

ドラマはスヨンをこのボヴァリー夫人に重ねています。

銀行みたいな保守的な世界って未だにこうなんだろうかって思うほど、スヨンの周りの人間は「恋愛&結婚」が「幸せ」に直結するーーそうではない事例も目にしながら、そうだと思い込んでいる人が大半です。でも男性からセクハラの標的、遊び相手にぴったりの美人のように扱われ続けてきたスヨンは、純粋な愛情を信じていないし、それが幸せとも思っていません。スヨンが変貌しつつある13話では、「よくしてあげたのに」と詰めるミギョンに対して「頼んでません。好意や理解を求めたことなんてない。憎んでもらっていいです」ときっぱりと言っていますよね。サンスとジョンヒョンがスヨンに近づけたのは、単に彼女に敬意を持って接してくれる数少ない男性だったからで、彼らのことを「好きだ、愛している」と明確にわかって付き合っていたわけではないんです。

これを理解させてくれるのが、最終話に出てくる彼女の父親のセリフです。妻に裏切られ、誤解した娘に憎しみをぶつけられ続けてきた父親は、なぜそうしたか?と聞かれて、こう答えるんですね。

「相手のことを理解できないし、憎い時も、辛い時もある。でも理解できなくても一緒にいることが大事だと思った。いつかは理解できると思った」

これが、自分を追いかけてきたサンスの口から出た「腹はたったし、理解できない。でもスヨンと二度と会えないことのほうが怖かった」という言葉にパチッとはまり、彼女は「サンスは自分を愛しているんだな」と理解します。ちなみにこれは原題「サランエ イヘ(愛の利害)」のダブルミーニングでもあります。「利害」と「理解」は韓国語では同音異義語です。 

でも問題は、スヨンが自分でも言っていますが、彼女自身が「そうする自信がない」んですね。つまりスヨンは自分がサンスを愛しているのかわからないんです。15話でスヨンがサンスと関係を持つのは、ボヴァリー夫人と同じ、幸せを探して「やってみた」んですね。そしてジョンヒョンと関係を持った時と同じように「違った」と思うわけです。サンスがたばこを吸う後ろ姿を見ていたスヨンが、16話ではタバコを吸う後ろ姿をサンスに見せる側になるのも、何やら象徴的です。

③「女子の幸せは、愛されてこそ」とは、限らない

16話の最初の1時間では、もはやひとかけらも過去に執着していないスヨン(あの海辺の砂の城をまったく覚えていない!)と、引きずりまくってるサンスが対照的です。サンスとスヨンで演じ切るラスト30分では、二人の求めるものの違いが明確に示されます。例えば、二人が遭遇する散歩道が、サンスにとっては「辛い時に癒してくれる場所」ですが、スヨンにとっては「誰もいなくて一人になりたくて、よく歩く場所」。二人が想像する結婚生活も、サンスが幸せとして思い描く「なんてことない日常」を聞いたスヨンは、「離婚するかも」といなしています。15話の「風呂上がりのヤクルト」のエピソードでも、スヨンはこう言っています。

昔はお母さんがヤクルトを買ってくれるだけで幸せだったけど、今はもっと欲張りになっている

「恋愛の成就」「愛する人と一緒にいること(結婚)」は、必ずしも全女子の幸せじゃないという結末は、『愛の不時着』以降、特に増えてきたパターンで、「女子の幸せは愛されてこそ」という思考で見ていると、なんで?と思っちゃうのですが、好きなものを集めた自分だけの空間で心穏やかに暮らすスヨンは、以前よりずっと幸せに見えます。「理解できなくても一緒にいることが大事」と言っていた父親は、そのあとには「でも一番大事なのは、スヨンが幸せになること」ともいっています。

でも誰に対しても心を開かなかった彼女が、様々な人間関係を獲得し、自分の幸せを見極めることができたのは、サンスとの恋愛があったから。終わってみれば、恋愛ものというより、圧倒的に一人の女性の成長物語で、個人的には「いいドラマだったな」と思うのですが、みなさんはどうでしょうか?

『愛と、利と』 Netflixにて配信中

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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