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殴ることなんて愛じゃない。愛ってギューッと抱きしめることなんだよ。『万引き家族』

渥美志保映画ライター

今回はカンヌ国際映画祭で21年ぶりの最高賞パルムドールを獲得した『万引き家族』をご紹介します。いろいろ政治的な面で取りざたされていますが、そういうことじゃなく!映画として、映画として、ほんとに素晴らしい。日本にこういう監督がいることがすごく嬉しい。もう思い出しただけで泣きそうになるんで、まずはこちらから!

物語の舞台は、東京の下町のビルの谷間に、打ち捨てられたように残るボロボロの日本家屋。主人公はそこに暮らす一家、祖母、母父、息子、母の妹の3世代同居の5人家族。一家の暮らしを支えているのは、祖母の年金、父の日雇い、母の工場のアルバイト、そして父子連携プレーの万引きです。

ある寒い冬の晩、スーパーで“一仕事”終えた父子は、裏通りに面したマンションの外廊下で、凍えている幼い女の子に遭遇。そういう状況を以前にも見ていた父・治は「このままじゃ寒くて死んじまう」と、幼女を家に連れ帰ります。妻・信代は「猫や犬じゃないんだから!」とどやしつけ元の場所に戻しにゆきますが、外は寒いし家の中からはすごい怒号が聞こえてくる。体中に傷や痣があるやせっぽちの幼女を、結局は家で面倒を見ることに。ようやく口をきき始めた彼女を一家は「りん」と名付け、“6人家族”の生活が始まります。

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異論が出ることを承知で言うならば、この映画には「誰も知らない」と「海街diary」、そしてチャーリー・チャップリンの『キッド』を足したような印象を覚えました。狭いうえにガラクタだらけ、「これはすごいな…」と思わずにはいられない家の中で、ぎゅうぎゅうに肩を寄せ合う一家の暮らしは、例えば息子の祥太が押し入れを自分の部屋にしていたりするあたりからして、昭和40~50年代くらいの雰囲気がすごーく漂います。

こんな”川の字”も、すごく昭和な感じ。
こんな”川の字”も、すごく昭和な感じ。

お互いに遠慮なし、結構言いたい放題でケンカもするけど、結局のところ仲がいいのも昭和な感じ。“新参者”の妹に焼きもちを焼くお兄ちゃん、それをなだめるお父さん。ほんとかどうか、「これで“おねしょ”が治るよ」と寝しなにお塩を舐めさせるお祖母ちゃん。いつまでもお祖母ちゃんに甘えて一緒の布団に潜り込む妻の妹。「愛してるってこういうこと」とギューッと抱きしめるお母さん。

冬は白菜と麩ばかりのすき焼きをみんなでふうふう分け合い、夏は小さな縁側でひしめき合って、音しか聞こえない花火を見上げる。この家族の成り立ちはお世辞にも「正しい」とは言えませんが、こうした1シーン1シーンに「家族のささやかな幸せ」を感じる人も多いんじゃないかなあ。

父と息子は手慣れた連係プレーで万引きを…
父と息子は手慣れた連係プレーで万引きを…

この作品を見もせずに「万引きを肯定する映画だ」と決めつけ感情的に糾弾する人がいるようですが、物語はラストにかけてそうした側面の納得も含め、きちんと描いています。そもそもそんなこと言い出したら、敵を容赦なく殺した人間が「ヒーロー」として終わる作品や、「国のために死ぬ」ことを美化する戦争モノのほうがよっぽどよくない。

もちろん「万引き」を肯定する気なんてこれっぽっちもありませんが、嘘をつきまくって国民の税金を何億何十億とかすめ取っているかもしれない偉い人をへたすりゃ見過ごしかねない世の中が、小さくて弱くて愚かでダメな人間を激しく糾弾することに、得体のしれない恐ろしさを感じずにはいられません。

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「日本人の素晴らしさ」「日本文化の美しさ」を誇るなら、今こそ思い出してもらいたいのは新渡戸稲造が『武士道』で説いた「惻隠(そくいん)の心」――武士道の根幹である、敗者への共感、劣者への同情、弱者への愛情です。この映画では柄本明が演じる駄菓子屋のおじさんがこの心を象徴し、祥太の心に小さなさざ波を立ててゆきます。

「日本人は勤勉」「日本人は誠実」「日本人はきちんとしている」もちろんそれは素晴らしいけれど、そこからはみ出してしまった人を「排除する」「いないものとする」のは――何と言ったらいいか、すごく悲しいし辛い。

「愛するっていうのはね、こうやってギューッとやることなんだよ」とりんを抱きしめる母・信代
「愛するっていうのはね、こうやってギューッとやることなんだよ」とりんを抱きしめる母・信代

確かにこの家族は、本当に弱くてダメで愚かでどうしようもないんだけれど、だからこそ、自分と同じような弱くて愚かでダメな人たちに弓引くような真似はしない。映画の公開のタイミングで発覚した目黒の虐待死事件――冬のさなかに外に放置されていた幼女の姿が、映画の中の「りん」ちゃんに重なってなりません。もしこの家族がそこを通りかかっていたら、あんな最悪の事態にはならなかったんじゃないか。

天才子役ふたり組。城桧吏(じょうかいり)と佐々木みゆ
天才子役ふたり組。城桧吏(じょうかいり)と佐々木みゆ

役者も本当に素晴らしい。家族の危ういバランスを、すべてを飲み込んでしまう怪物のような存在感の祖母・樹木希林。父になりたいのになれない男を情けなく悲しく演じるリリー・フランキー。壊れた心と身体の痛々しさを体現する、妹役の松岡茉優。ラストでこの映画のメッセージを、言葉少なに、でも強く主張する二人の子役。みんなみんな素晴らしい。

でも自らの罪と罰を受け止め、家族が何によって家族たりえ、何によって家族たり得ないのかを問いかける、母親役の安藤サクラが、とにかく、とにかく、素晴らしい。ラストにある彼女のアップの長回しには、見てるこちらが「もう許して」と思うくらいに胸が痛みます。全日本国民に見てもらいたい。

『万引き家族』

(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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