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ハドソン川に不時着した航空機。乗客乗務員全員を救った、本当の英雄は誰だったのか?

渥美志保映画ライター

今回は先日来日し、某有名蕎麦屋に出没、ジャパニーズ・酔っ払いサラリーマンたちとなじみまくっていたトム・ハンクスの新作『ハドソン川の奇跡』をご紹介します。

この映画が描くのは、2009年に起きたUSエアウェイズのハドソン川への不時着事故。一人の死傷者も出さなかった機長は当初「英雄」と持てはやされ、日本でも感動的な奇跡として大きく報道されましたが、米国内での雲行きはその後徐々に変わってゆきます。つまり「機長の判断は本当に正しかったのか?」。え、全員助けたのに、なんで?って思いますよね~。何があったんでしょうか。

というわけで、まずはこちらをどうぞ!

チェスリー・サレンバーガー機長はパイロットとし30年以上のキャリアを持ち、人望もあるベテラン機長です。この日の運転はニュージャージー州のラガーディア空港から出発するUSエアウェイズの1549便。ところが離陸して間もなく両エンジンに鳥が飛び込み停止してしまうんですね。管制とのやりとりでラガーディアを含めた近隣の空港に戻る案も提示されますが、高度が足りないと判断した機長はハドソン川への不時着を選びます。

イーストウッドは映画を撮るために本物の航空機を買ったとか……すげー。
イーストウッドは映画を撮るために本物の航空機を買ったとか……すげー。

映画は、その機内から始まり、管制官との緊迫したやり取りといくつかの決断を経た後の不時着、そして救出劇を描いてゆきます。機長はマスコミにもみくちゃにされながら、事態の把握とその中で自分がすべきことを判断し、たんたんとこなしてゆきます。「奇跡」に世の中がわく中、彼がまったくはしゃいでいないのは、事故の調査がこれから始まることを知っているから。物語はその調査が終わるまでの数日間を追ってゆきます。

映画を見てまず感じることは、事故調査ってホントに大変だなということ。映画のラストに登場する本物のサレンバーガー機長を見ても、「本物そっくり」と評判のトム・ハンクスの姿も、本当に折り目の正しく、穏やかでクレバーな人物です。

でも「彼に限ってやましいことがあるはずない」と済ますわけにはいきません。この事故だって一歩間違えば乗客全員が死亡していてもおかしくなかったわけだし、少なくとも何百億もする飛行機は川に沈んじゃったわけで、その原因究明をおろそかにはできません。

救助にも自ら奔走するサリー機長
救助にも自ら奔走するサリー機長

そんな時に、やっぱり一番可能性が高く、そして(イヤな言い方をすれば)一番手っ取り早く、一番傷が少なくて済むのが、機長の個人的なミスなわけですよね。というわけで、航空会社、飛行機メーカーなどが、「最後の飲酒は?」「ストレスは?」とか、そんなことまで聞かれたら100人中99人が責任とらされちまうな!って感じの「重箱の隅つつく系」のやり口でサレンバーガー機長を締め上げます。仕方ないんでしょうけれど、意地悪だな~って感じなんですが、この人、すごいマジメで、ぜんぜん瑕疵が見つからないんですね。

でも「自分の判断は正しかった」と信じるサレンバーガー機長のほうにも、それを証明するための決定打が見つからないんです。どんなに素晴らしい人物でも間違うことはあるわけで、そうでないと証明するには、誰もが納得する「理論」を示さねばなりません。さあどうするのか、物語はその一点でラストまでもつれ込みます。

緊迫するコックピット内でのやりとり
緊迫するコックピット内でのやりとり

尺にして96分の本当にミニマルな作品で、誤解を恐れずに言えば、映画が描くのは主にふたつだけです。ひとつはサレンバーガー機長の内面。自分を信じながらも逡巡し葛藤するその姿は、俳優がヘタなら途端に退屈になってしまうと思いますが、トム・ハンクスは自分の気持ちを吐露するセリフもほとんどないにも関わらずそれを観客に伝え、さらに威厳を失わない姿で、観客を「この人の判断が間違っているはずがない」と信じさせてくれます。

私がこの人物の感情において最も印象に残ったのは、やるべきことをやっただけなのに「英雄」と祭り上げられることに対する違和感なのですが、その違和感はなぜなのかに明確に答えてくれるのが、映画が描くもうひとつのこと。それは実は「事故の様子」なんですね。

実際の事故は離陸から不時着いまでたった208秒で、そこから救助活動まで描いても映画の中ならほんの数分です。この模様はいくつかのパーツに分けられて、映画の中で何度か繰り返されてゆきます。私も同じような場面の繰り返しに、最初は「なんでかな?」と思っていたのですが、何度も見るうちに見えていなかったいろんなことが見えてきて、わかってくるんですね。この「奇跡」の「英雄」がサレンバーガー機長だけでないことに。

年を追うごとに静かに、にもかかわらず、心に深く深くしみる演出が際立つイーストウッド監督。この映画で描かれる、見過ごされがちな小さなものに寄り添う視線、その温かさは本当に素晴らしく感動的です。個人的には見終わった後の感じは、あの傑作『グラン・トリノ』に一番似ているかもと思いました。もう是非是非是非是非見に行ってほしい作品です。

『ハドソン川の奇跡』

公開中

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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