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2011年に急逝した英国の歌姫。何がエイミー・ワインハウスを殺したのか。

渥美志保映画ライター
(写真:Rex Features/アフロ)

今週は2011年に急逝したミュージシャン、エイミー・ワインハウスの生涯を追ったドキュメンタリー『AMY エイミー』をご紹介します。

まあご存じない人はいないかもしれませんが、エイミー・ワインハウスといえば、これですね。

大ヒット曲「リハブ」は、彼女が自身の経験をもとに「リハビリ施設に行くなんてまっぴら!」と歌う曲で、本当に驚いちゃうんですが、これ、23歳です。

曲作りの世界観や歌の表現力の老成ぶり、「アタシはアタシ」という不遜ささえ漂う存在感、そして唯一無二の声とビジュアル。音楽に疎い私はゴシップで彼女を見るたびに「絶対に飼いならせない野生動物みたいだな~」とすごく興味をそそられていたのですが、その真実はどうだったのか――というのが、この作品です。

さてまずはご存じない方のために、ざっくり彼女の生涯を。

イギリスの地方都市のユダヤ人家庭に生まれ、幼いころからジャズに親しみ、16歳でレコード会社と契約。20歳で出した1stアルバムの売り上げは英国で60万枚を超え、22歳で発表した2ndアルバム(大ヒット曲「リハブ」を収録)でグラミー賞を受賞し、世界的なスターに。同時に私生活では常に騒動を起こすお騒がせキャラとしてゴシップを賑わせ、アルコールや薬物の依存症状も激化&表面化。25歳で復帰を目指して敢行したヨーロッパツアー内で、泥酔してステージに上がり、まともに歌えずに観客から大ブーイングをくらった後、無期限で活動を休止。27歳で、ロンドンの自宅で急死。

これが多くの人が知る彼女の人生の表層なら、映画はその深層に迫ってゆきます。

序盤、ほぼ同世代で人のよさそうなマネージャー、ニックと出会い、小さなバンで各地を回りながら一歩一歩成功の階段を上っていく十代のエイミーの、自信に満ち、ちょっと生意気で粋がった姿が印象的です。

生意気が可愛い10代の頃のエイミー
生意気が可愛い10代の頃のエイミー

でも「実体験しか書けない」という詩、例えば「ストロンガー・ザン・ミー」という歌の中に感じられるのは、「強く見られてしまうけれど、本当は自分より強い男に甘えたい」という気持ちがすごく表れています。

さらに「優柔不断な問題児という噂」という関係者の発言も出てくるのですが、その後のゴシップで知る人にとっては「優柔不断」という言葉もちょっと「え?」っていう感じじゃないでしょうか。

だんだんとわかってくるのは、当然と言えば当然の事実、音楽以外の部分の彼女は、本当に「普通の20代の女の子」なんですね。

そんな実態を裏付ける事実が、中盤以降次々と出てきます。

ひとつは、後に夫となるブレイク・フィールダーとの恋愛です。大人から見れば、ちょっとばかり顔がいいだけチンケなチンピラにしか見えないこの男に、どうしてかわからないのですが、エイミーはものすごく執着します。この男に教えられたヘビーなドラッグの依存症と重なって、「彼がいなければ生きていけない」と思ってしまったのかもしれないし、彼女の頑固な性格ゆえかもしれません。

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もうひとつは、9歳の時に家を出た父親、ミッチ・ワインハウスの存在です。

そもそもジャズ歌手であるミッチは、エイミーのシンガーとしての素養を作った人だと思うのですが、エイミーが歌手として順調に滑り出した頃から、自身の夢を娘で叶えようとするかのように、徐々に徐々に場を仕切り始めます。これは全くの個人的な感想ですが、娘に「本当に必要なこと」には無関心なのに、娘の「わがまま」はきいてしまうという、父親一般のやっちまいがちな誤りをしまくっている感じ。

でもエイミーはこの父親を「崇拝している」んですね。フロイト的に言えば、幼いころに欠落した父親との関係を取り戻すがごとく。そして支配的な父に従属するだけの母の姿をなぞるように、父親に従属してしまいます。

映画を見た多くの人が、幼い頃から彼女の中にあった「精神的欠落」に気づくでしょう。そして音楽は、そこに入り込んで彼女を支配するものから逃れ、自分自身として立つための唯一の手段だったように思います。

ところが幸か不幸かそうして作った曲が大ヒットするにつれ、押し寄せる「ビジネス」という制御不能の大波が、彼女が彼女に戻るための時間を完全に奪いとってゆきます。

そのころの彼女の姿は、たかだか25歳前後なのにやせ細って肌もボロボロ、不機嫌な老婆のようです。楽しみにしていた方は本当に気の毒ですが、酔っぱらって歌わなかったライブは、どうにでもなれ、という気持ちの、いってみればシンガーとしての自殺のように思えます。

彼女を殺したのは何だったのか。

ブレイクがいなくても別の男にハマっていただろうし、男がいなくてもドラッグにはまるのは時間の問題だったかもしれない。父親がいなければ別の何かに支配されていたかもしれない。周囲には忠告をしてくれた心ある人もいたけれど、彼女自身がそれに耳を貸さなかったのかもしれません。追いかけまわすパパラッチや、思いがけない成功のプレッシャーも相当なストレスだったでしょう。

でもどちらにしろ、歌さえ作り続けていれば――と私は思うのです。いずれにしろ、彼女の人生をなぞる曲が名曲だらけなだけに、本当に惜しいとしか言いようがありません。

『AMY エイミー』

公開中

公式サイト

(C)Winehouse family

(C)Rex Features

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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