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今年のアカデミー賞外国語映画賞、たぶん受賞作!見とかなアカン『サウルの息子』

渥美志保映画ライター

先日発表されたアカデミー賞、毎度ながらレオナルド・ディカプリオのことばっかり気になっちゃったりするのですが、他の映画も見てもらわなおまんまの食い上げ!ってことで、まあレオについては追々みっちり書くとして、その前に外国映画賞大本命のハンガリー映画『サウルの息子』をご紹介せねばなりません。監督は長編デビュー作のこの作品で、なんとカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得しちゃっとります。

舞台は第二次世界大戦終盤のナチスのアウシュヴィッツ強制収容所なのですが、「ゾンダーコマンド」というあまり知られていない存在について描かれていて、ほんとにもうビックリしちゃうことだらけ。ちょっと信じがたい、なんていうかすげーな、ってことをみなさんに味わって頂くべく、いってみたいと思いまっす!

サウル、息子を見つけた瞬間。
サウル、息子を見つけた瞬間。

まずは物語。アウシュヴィッツ収容所の囚人であるサウルは「ゾンダーコマンド」という特殊任務部隊のひとり。彼らの役目は、移送されてきたユダヤ人を安心させてガス室へと誘導し、すべてが終わった後に遺体を運び出し、焼却する間にガス室内を掃除すること。そして数か月働いた後には口封じのために、彼らもまた“処分”される運命にあります。

サウルは常に感情や理性と言った人間的な部分のスイッチを切っているかのような無表情で、一連の工程を機械的にこなしています。そしてある時、屍の山から死に損ねた少年を発見するんですね。ナチスの医師が少年の息の根を止めるのを慄き狼狽えた表情で見届けたサウルは、「彼は自分の息子だ」と言い出し、人間的な弔いをするために奔走し始めます。

ソンダーコマンドは収容所内の他の囚人と離され、ある程度自由な行動が許されています。サウルはそんな身分を利用して、囚人の中から葬儀を行ってくれるユダヤ教の司祭、ラビを捜してまわります。没収した遺品の分類場、それを保管する保管庫、解剖室、償却するための遺体(時に生きた人間を)放り込む穴、大量の遺灰を捨てる川……それぞれの作業に紛れ込むサウルを追うカメラがとらえるのは、収容所の日常です。

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すごく残酷な描写がありそうだな……って思いますが、これが全然少ないんですね。というのも、カメラはほとんど全編サウルの背中に張り付いて離れないから。画面の真ん中には常にサウルの背中が写っているので、周囲で起こっていることは断片的だったり、ずっと向こうにぼんやりと見えるだけ。ボーっと見ていたら何が起こっているか見逃してしまいそうなほどです。

その一方で、サウルの体験していることは、まるで一緒に体験しているかのような感覚で迫ってきます。これまでの収容所を描いた映画では、憎々しい親衛隊が囚人を残酷に殺し、生き延びた人がヒーローとして記録されるようなドラマが繰り返されてきましたが、それは観客が生きる現実と物語の距離感ゆえに、収容所が「虚構」であるかのような錯覚を覚えさせます。『サウルの息子』はそうしたいかにもなドラマを一切排除し、さらにカメラが一人の人間に張り付くことによって、より具体的でより生々しい収容所のイメージを観客に与えているんですね。いやもう、すごい映画です~。

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映画は同時に、1944年にアウシュヴィッツでたった一度だけ起きた囚人による武装反乱も描いています。反乱の主導者たちは虐殺の証拠写真をこっそり撮ろうとしているのですが、「ラビがいる作業班に近づくことができる」と知れば、サウルはそうした危険な任務も買って出ます。でも彼にとっての最優先事項は息子の埋葬ですから、それが疎かになるようなら、計画を危険にさらそうともお構いなし。その執念は次第に狂気にも思えてくるのですが――これが収容所でなければ、サウルの「死者に対する敬意」は、人間として当然すぎるほど当然のことですよね。

迫りくる自分たちの“処分”を阻止せんと動こうとするゾンダーコマンドの一人が、「それでは反乱計画の邪魔になる」と主張する仲間に言います。「写真が俺たちの命を救ってくれるのか?」。収容所にある無数の「サウルの息子」の死よりも、大義こそが優先されるべきだと考える連中も、実のところ、人の死に紙きれほどの敬意も払わない収容所の狂気に飲み込まれているんです。

この映画を通じて、初めて知ったことがいくつもありました。まずユダヤ教について。サウルが最初に息子の解剖を阻止しようとするのは、ユダヤ教には「遺体が損壊していると死んだ人間が復活できない」という教えがあるからだそうです。それゆえユダヤ教徒は火葬を嫌うのですが、だからこそナチスはユダヤ教徒の死体を(すでに埋葬された人間についても、墓を暴いてまで)火葬にしたといいます。

ゾンダーコマンドが、ユダヤ人虐殺でPTSDに陥ったナチス親衛隊の作業を肩代わりさせ、“作業効率”を上げるために作られた部隊だという事実もショッキングでした。人間は自分の手を汚さなければどこまでも残酷になれる――ナチスだけでなく、イスラムの爆破テロやヨーロッパでの移民襲撃、対テロ戦争の空爆、ヘイトスピーチなど、いろんなことが思い浮かびます。

さてさてそんな狂気の世界の中で、サウルは「息子」を埋葬できるのでしょうか。無表情だったサウルが最後に見せる表情と結末の意味をなんと説明すればいいのか。なかなか言葉が見つけられない私です。

『サウルの息子』

1月23日(土)公開

(C)2015 Laokoon Filmgroup

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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