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パリ同時多発テロの後に思う、「白い神」が支配する世界の正義

渥美志保映画ライター

今回も今月の5本の中の1本、『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』を詳しくご紹介したいと思います。ある少女と犬の愛情を、これまでとは全く違う形で描き、今年のカンヌ映画祭でも大きな話題となった作品です。タイトルの「ホワイト・ゴッド」とは、この物語の主人公である犬たちを「神として支配する白人」を、アンチテーゼも含めて表現した言葉。映画はハンガリーで昨年製作された作品なのですが、この映画がこのタイミングで公開されることが本当にオドロキの、まさに今のヨーロッパの状況を予言したような作品!今見なきゃいかん作品!ということで、じっくりといってみたいと思います。

映画は、主人公の13歳の少女リリが、両親の離婚以来離れて暮らしていた父親の元に預けられるところから始まります。母は仕事を口実に恋人と長期出張することになり、面倒を押し付けられた形の父親は完全な迷惑顔です。特に父親は娘の愛犬ハーゲンも一緒に連れていくことを嫌がるんですが、両親は自分勝手だし学校でも一人ぼっちのリリにとって、ハーゲンは最後の心の拠り所。でも結局は揃って父の家にいくものの、吠えまくるハーゲンを父親は毛嫌いし、そんな父親にリリは猛反発。そしてこの対立が限界に達した時、父はリリの目の前で、ハーゲンを見知らぬ場所に置き去りにしちゃうんですね。

リリとハーゲンの友情は無邪気さの象徴でもあります。
リリとハーゲンの友情は無邪気さの象徴でもあります。

物語は互いを捜す離れ離れになったリリとハーゲンの日々を、並行して描いてゆきます。どっちを主軸に見るかは人による、例えば犬を飼っている人とかはリリの気持ちで見るのでしょうが、私はといえば完全なハーゲン目線で映画に入り込んでしまいました。なんでかと言えば、ハーゲンに次々に襲い掛かる苦難があまりにハンパないからです。お腹を空かせて迷い込んだ市場では肉屋に肉切り包丁で脅かされ、政府の野良犬捕獲隊に追い掛け回され、とにかく常に命からがら。最終的には怪しげな男に捕まり、闘犬として仕込まれてゆくんですが、仕込むいうても愛情はみじんもなく、闘争本能を目覚めさせるために徹底的にいじめられるわけです。リリと父親の家に行った最初の夜、慣れない場所に不安げな鳴き声を上げていたハーゲンは、強烈な憎しみを植えつけられ、誰に対しても唸り声をあげながら牙をむく犬になってゆく過程は、本当に可哀想で可哀想でなりません。

虐げられ、その無邪気さを失っていくハーゲン
虐げられ、その無邪気さを失っていくハーゲン

それにしても人々は、なんでハーゲンに対してこんなに非道なのか。それはこの映画の世界独特の架空の設定――社会が雑種犬の排除を推し進めているという設定があるからなんです。雑種犬を飼うことは基本的に違法で、飼う場合は飼い主に多額の税金が課せられます。「あの家は隠れて雑種を飼ってる」と当局に密告する人もいます。奴隷のように扱われ虐待され、最悪殺されるようなことがあっても、もちろん逃げ場はありません。こういう立場って不法移民にすごくよく似ていますよね。ハーゲンは表情豊かで魅力的な犬で、随所でハーゲンを助けてくれる「お友達犬」との関係もすごく人間的なのですが、いうたらそれは擬人化です。映画は犬を文化的に異質な移民や貧しい人々など「社会的に見捨てられた存在」の象徴として描き、彼らに対する社会の不寛容を描いているんです。

この映画が、この夏、まさにハンガリーから始まったシリア移民の大量流入より以前に、そのハンガリーで作られていることには、ほんとうにオドロキです。でも地続きの大陸の一部であるヨーロッパには、島国に暮らす私たちにはわからない危機感があるのかもしれません。特にハンガリーを始めとする東ヨーロッパは、中東と西ヨーロッパの間にあるし、かつては定住しない民族として差別されたロマも多く暮らす場所です。ハンガリーから南へ下りギリシャまで続くバルカン半島は、古くから多くの民族が乱立する地域でもあります。そうした場所で、国や民族性、宗教や文化の違いを認め合うことができないと、どんなことが起こるのか。かつてこの地域で起きた民族の衝突は、第二次世界大戦や旧ユーゴ内戦へと拡大してゆきました。バルカン半島は「民族の火薬庫」とも呼ばれている場所なんです。

施設から解放された犬たち
施設から解放された犬たち

こういう危機的状況に、どういう考えの元でどういう行動をしたらいいのか、正直言えばさっぱり分かりません。ほんの1か月前、EUの難民受け入れ分担の引き上げを拒否したハンガリーはまさに「不寛容」のように報道されましたが、パリの同時多発テロを受けて今では多くの西欧諸国やアメリカが難民受け入れの拒否を表明、いまや映画にあるような「不寛容」は世界を覆っています。シリア人の幼い少年が海辺に打ち上げられたことに涙した気持ちは決して嘘ではないと思いますが、自分に火の粉がかかるのは誰だって怖いし、どうにか避けたいと思うのは当然のことだと思います。でもどうなんでしょうか。恐怖や不安は全然解消されず、逆にどんどん強まっている感じすらあります。

無人の町でリリを追い走り回る野犬の群れは、ヒッチコックの『鳥』とも比べられた恐怖を感じさせる
無人の町でリリを追い走り回る野犬の群れは、ヒッチコックの『鳥』とも比べられた恐怖を感じさせる

さてハーゲンのその後です。檻から逃げ出し、薬殺を待つ収容施設の犬たちを解放し先導したハーゲンは、自分を虐げた人間たちに牙をむき始めます。この反乱の映像は本当に驚きで、恐ろしいだけでなく悲しくて、(何度も言うけど)ホントにどうしていいか分かりません。ハーゲンをどうしたら止めることができるのでしょうか。映画がたどり着く結末はそのまま現実に適用することはできないけれど、考えるきっかけになるし、なんらかのヒントにはなるかもしれません。少なくともリアルに感じられることは、虐げられる前のハーゲンは、犬と人間の種を超えて、リリの穏やかな友達でした。フェイスブックのフランス国旗もそうですが、国や民族や宗教などの違いに帰着させることなく、虐げられた人そのものを思うことはできないのかなあ。それがなんだか悲しくてなりません。

ホワイト・ゴッド 犬と少女の狂詩曲

11月21日(土)公開

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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