「幸せ」をマジメに追求してきたのに、イマイチ幸せじゃないアナタへ。
今月の初めにおすすめの映画を【イケメン編】【個性派編】で10本ご紹介しましたが、今回ご紹介するのは【個性派編】の1本
『1001グラム ハカリしれない愛のこと』。ノルウェー映画ってあんまり馴染みがないかもしれませんし、その中でもベント・ハーメル監督は独特の存在らしいのですが、シャイでのんびりしていてオトボケで、それでいてじわっと温かい、結構日本人が好きな世界観なんじゃないかなと思います。北欧デザインまんまの映像センスも抜群です~。
まずは物語。主人公マリエは国立計量研究所に勤める科学者。彼女の仕事はあらゆる計器に誤差が生じないようチェックすることです。仕事がらの几帳面さゆえか、毎日同じリズムと決まった手順で暮らす彼女ですが、私生活はイマイチ。夫が荷物を持って家を出てしまっているんですね。マリエはそうしたことに過剰反応せず、意識的に平穏を保っているタイプです。そんな中、マリエは国際度量衡局(BIPM)のセミナーに参加することになり、自国の「キログラム原器」を携えてパリへ向かうことになります。
なんだかようわからん、ヘンテコな設定……と思いますよね~。私もそうだったんですが、実はこれすべてリアルなんだそうです。機関は実際にあるものだし、「キログラム原器」もその国の1kgの基準として、それぞれの国が保管しているもの。単なる金属の塊ですが、BIPMに保管されている「国際キログラム原器」を複製したものです。
この原器、扱いがものすごーく厳重です。カタブツのマリエが、飛行機の手荷物チェックで荷物を開けようとする係員とやり合う場面がおかしいんですが、外気に触れないよう何重にもケースに入れて、さらにかっちりしたバッグに詰めて、素手でさわるとか問題外。というのも国内の重量計はすべてこれを1kgとして設定しているので、例えば化学的変化や破損などで重量が変化すれば、アメリカから輸入した100kgのお肉が日本で測ったら90kgしかない!みたいなことが起こっちゃうわけです。
さらに30~40年に一度はBIPMに預けて「国際キログラム原器」と比較してチェックする必要があります。マリエのパリ出張のミッションはまさにコレ。
ところが!パリで無事にチェックを終えた原器を、ひょんなことから、マリエはうっかり破損してしまいます。時を同じくしてマリエの静かな生活の均衡を破る事件が続けざまに起こり、クールを装って生きてきたマリエがにわかにとっ散らかり始めるんですねー。
物語はマリエがこの大ピンチをどうやって切り抜けていくかを描いていてゆきます。そのために何度も足を運ぶことになる先がパリだっていうのは、映画のひとつのキモ。
監督ベント・ハーメルの映像の魅力は、北欧デザインをそのまま映画にしたような、シンプルかつニートで均衡のとれた美しさにあります。オープニングでは、道路を走るオモチャみたいなマリエの電気自動車が計量研究所の駐車場に入るところまでを俯瞰して捕えていますが、途中までそれが道路とクルマだとは気づかないほどデザイン的で、どちらかと言えば無機的な印象の線とカラーがちりばめられた世界です。一方パリの風景は、たとえばカフェのカウンターや森の中など、線も色ももっと雑然として有機的なものが多いんですね。もちろんどちらも魅力的ですが、価値観の違いは一目瞭然です。私も旅行に行くのが大好きなのですが、それはこんなふうに別の価値観に出会えるから。世の中にはいろんな価値基準があって、こちらの世界で「ナシ」でも、別の世界では「アリ」だったりもする。そのことに気づくと、気持ちがすごーく楽になるものです。
映画の中に「腕時計ひとつなら時刻がわかるけれど、ふたつあるとどっちが正しいかわからなくて不安」というセリフがあります。マリエは「与えられた基準」の中で明確に測れる幸せに安心感を覚えていたわけで、「キログラム原器」はそうした「正しい基準」の象徴です。でも何かの拍子にその基準が揺らいだり、その基準で測った世界の均衡が壊れてしまった時、人間はそれでも幸せになるために、自分の基準を見つけなければなりません。それに周囲が考える幸せの基準が、必ずしも自分に合うとは限りませんよね。結局のところ、幸せなんて「世の中にある基準」で明確に測れるものじゃなく、答えは自分で出すしかありません。
そんなふうに考えるきっかけをくれるのが、彼女パリで出会う物理学者です。以前は第一線で活躍していたものの、今は母親の介護をしながら庭師をしているこの人の名前が「パイ」=「Π」。これ、中学の時に習いましたよねー。そうです、円周率です。「3.14」でも「3」でも「3.1415」でも「3.14159265359」でも、どれを使うかは自分が決めなければなりません。でも「どれが正しいか不安」なんて思わなくていいんです。どれも間違いじゃないんですから。
個人的に大好きなベント・ハーメル監督、映像も物語もセリフも心に残るんですが、独得のへんてこで不思議な雰囲気も魅力的です。この映画では、ラスト近くにマリエが亡くなったお父さんの遺骨の重量を測るシーン――一旦図り終えた数字から、遅れて「21g」が減るという場面が、すごーくこの監督らしい。これは「魂の重さは21g」と言う俗説からで、以前なら「あらっ!壊れてる!」とか言いそうなマリエの変化がすごくわかるシークエンスです。ラストには30~40代の女性のリアルに寄り添うような、じわっとした温かさをきっと感じられると思います。北欧のほっこりの名匠、是非お見知りおきくださいませ~。
10月31日公開
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (C) 2014