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「運命の恋人」をどこかで信じ、時に周囲をドン引きさせてるあなたに。

渥美志保映画ライター

久しぶりに学生時代の友達と会ったりすると、自分がとんでもなく道を外れてることに気付いてビックリします。みんな立派な管理職とかお母さんになってて、30年ローンとか抱えてたりもして、おお、大人ってこういうことか!と思い知ります。

今の私の周りは良くも悪くもマスコミ業界、まあ中には堅実な人もいますが、どちらかといえば「ここまでもこれからも自由に生きちゃって、景気の先行き不安の中、自由っていうかフラフラしてるだけかもなー、老後どうすんのかなー、ローン組めないしなー、悩むのめんどくさ!」みたいな感じが大半です。今回はそんな大人になりきれない人たちに送る『フランシス・ハ』。「ハ」って、それ何人の苗字だよ!って感じですが、あなた、そこのあなたのことですよ!そんなわけで、いってみましょう!

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主人公フランシスは27歳、ダンスカンパニーの実習生で、大学時代からの親友ソフィーとふたりで暮らしています。仕事帰りに待ち合わせてご飯を食べたり、取っ組みあって“喧嘩ごっこ”をしたり、ベランダでビールを飲んだり、一緒のベッドで寝たり、その生活はまるでじゃれ合う仔猫の姉妹のよう。フランシスは恋人に「一緒に暮らそう」と言われるんですが、彼といるよりソフィーといるほうが楽しくて、あっさり別れてしまったりもします。ところがある日突然、そのソフィーから「同居を解消したい」と言われてしまうんですねー。さらにカンパニーの年末ツアーメンバーからは外され、仕事も怪しい雲行きに。職なし金なし宿なしのフランシスの流浪が始まるわけです。

見どころはなんといっても主人公フランシスの親近感湧きまくるダメっぷり

外に出るのが億劫で休日はだらだらしちゃうし、部屋の片づけは全然できないし、男の人といい雰囲気になるとおどけちゃうクセに、恋にも人生にも夢を見ていて、「セックスには愛が大切」とか言って「非モテ!」とからかわれたりなんかして、画面見ながらマジでこの女、あたしか!あたしの生活見てんのか!と心の中で何度も突っ込みの叫びをあげました。

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さらにフランシスは「こんなに不器用な女いるんか!」と思うくらい間の悪い女なんですねー。金もないのに税金の還付で上機嫌になって、男友達とご飯を食べに行く下りは、その最たるもの。会計で「今日はおごるから」とカッコつけて差し出したカードは「ご利用になれません」と店から押し戻され、「お金下ろしてくる!」と飛び出した夜の街でATMを探して駆けずり回り、ようやく見つけて「お引き出しには手数料が3ドルかかります」の表示に一瞬迷い、やっとのことで金を手に入れて帰り道で走って大コケし、レストランに戻って気づけば血だらけ!――頑張れば頑張るほど深みにはまるその様子は、情けないやらおかしいやらイタいやら。とはいえ自分にも同じような経験がなきにしもあらずなのが泣かせますー。

映画の中でフランシスが、初対面の年下女に「顔は老けてるけど、大人には見えない」と言われる場面があります。これマジでイタすぎます。年はとってるのに年齢なりの魅力がない微妙な感じ、「とっちゃん坊や」の女版「ババ子ども」ですねえ。学生時代のノリをまだ引きずっているフランシスは、「結婚せず愛人と子供を作り、パリに別宅を持つ」と一緒に語り合ったソフィーが、エリートのお坊ちゃんと婚約して普通の幸せに収まろうとしていること(つまり大人になろうとしていること)が信じられません。でもソフィーと離れて周囲を見回すと、友人たちはみんな手堅く現実を生きていて、「大人」としての恰好がついているわけです。そんな中でフランシスもどうにか「大人」の恰好をつけなきゃいかんかなと思い始めるワケですが、なにしろ史上最強の不器用女ですから、張った見栄も隠した嫉妬もすべてバレバレ、酔ってうっかり「運命の恋人」妄想を本気で語り周囲をドン引きさせ、どんどんドツボにはまっていくわけです。

フランシスが経験している30歳前後って結構難しい時期かもしれません。個々の生き方の差が如実に表れてくるけど諦めはついていない、羽振りのいいエリートになっている人もいれば、結婚した人もいるし、フランシスのようにプータローぎりぎりの自由を楽しんでいる人もいますが、「私は私!」と迷いなく言い切れる人はそうはいないでしょう。バブル時代のような好景気ならまだしも、それを許してくれる環境もなかなかありません。でも今やどう見ても子供に見えない、かつて「ババ子ども」だった私から言わせてもらえれば、大人に見える人たちも内情はさほど変わらないんですね。ただ場数踏んでる分、無様に見せない「大人の恰好をつけるテク」が身についてるだけ。まだまだ無様、でももう周囲に甘えていい年齢じゃないから、無様なりの自分でどうにか生きているんですね。フランシスも悪戦苦闘しながら、ぼんやりとそのことに気付いていきます。まあそうやって胆が据わると、不思議なことに周囲は「大人」と見てくれるようになるもんなんですね。

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映画は宿なしのフランシスが居場所を変わるたびに、黒地にその住所が出てきて、章立てのような構成になっています。つまりこれはフランシスの居場所探しの物語。本名はフランシス・ハーディで、タイトルの「フランシス・ハ」は、流浪の末に生まれた新しい自分と言えるかもしれません。居場所を見つけ「フランシス・ハ」になるさりげないラストシーンが、すごくイカしてます。30代~40代の女子がものすごく共感するんじゃないかなー。てか、ダメ女!とめちゃめちゃ言ったけど、フランシス、まだ27じゃん!子供でいいじゃん!と、のどかな日本に住むわが身のダメさを笑えるほど痛感し、そこから見えてくる希望に元気になれる1本です。

『フランシス・ハ』

2014年9月13日(土)より

(C)Pine District, LLC.

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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