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なぜそこに日本人投手??中米グアテマラでマウンドに立った流離の野球選手

阿佐智ベースボールジャーナリスト
グアテマラの名門球団、「ロボス」のユニフォーム(筆者撮影)

 「グローバル化」という言葉が日常用語になった感のある今、そのレベルを問わずアスリートが国境を越えるようになった。その中には、スポーツ先進国日本でなしえなかった「プロ選手」という夢を海の向こうでつかむ者もいる。

 もう5,6年前のことだろうか。南アジアの秘境、ブータン訪ねた際のことだった。その国はガイドを雇わねば旅ができないのだが、私を担当したガイドさんが、「私は日本人プロサッカー選手の案内をしたんです」と言っていた。なんでも、プロサッカー選手になりたくて世界をさまよっている日本人がいて、ブータンのリーグでプレーしていたらしい。その選手は当時もう40歳を超えていたという。世界にはいろんな人がいるもんだと思ったが、野球界にもそういう者がいる。

 安井大介、42歳。日本ではまったくと言っていいほど実績のない選手だが、見果てぬ夢を追って、20年以上グラブ片手に世界中をさまよい歩いている。

インタビューに応じてくれた安井投手(筆者撮影)
インタビューに応じてくれた安井投手(筆者撮影)

 安井投手は自ら「福留世代」名乗る。コンピューター関連の専門学校を20歳で卒業した後、アルバイトの経験はあっても、サラリーマン経験は全くなく、「プロ野球選手」一本でここまでやってきている。球速はMAX120キロというから「草野球」レベルだが、それでも断続的にではあるものの、今まで世界中のプロリーグのマウンドに登ってきた。2019年シーズンはアメリカのセミプロリーグでプレーした後、2年前に始まったグアテマラのウィンターリーグのマウンドに登った。

 グアテマラと聞いて、その位置がわかる人は少数派だろう。そもそもその国名など聞いたこともないという人も少なくはないだろう。すでに記事にしたが、この国には2018年秋にプロリーグが発足(「中米グアテマラにプロ野球ウィンターリーグ誕生」https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20181002-00098984/)した。このリーグは1シーズンで消滅したものの、昨冬は、新たに「ベイスボル・インベルナル・デ・グアテマラ(BIG)」というプロリーグが立ち上がった(「2年目を迎えたグアテマラ・ウィンターリーグ閉幕」https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20191217-00155152/)。このリーグで安井は「グアテマラプロ野球最初の日本人選手」としてプレーした。

グアテマラリーグのロボスでプレーした安井大介(BIG提供)
グアテマラリーグのロボスでプレーした安井大介(BIG提供)

 安井がBIGに参加するきっかけは、昨年の夏プレーしたアメリカのセミプロリーグだった。

「在籍していたチームのGMがベネズエラ人で、その人のつてだとは思うんですけど。グアテマラのナショナルチームの選手がたくさん参加していたんです」

 北米のセミプロリーグとは、基本的に夏休み期間中の大学生を受け入れて成り立っているアマチュアリーグだ。安井などの外国人選手など一部の選手に地元の事業家などのオーナーが「お手当」を出すのでそのように呼ばれているに過ぎない。そのセミプロのチームに、野球後進国であるグアテマラの選手が派遣されていたのだという。彼らには報酬は支払われないが、メンバーの中には隣国ニカラグアのウィンタリーグやアメリカの独立リーグでプロ経験のある者も混じっていた。そのグアテマラナショナルチームのメンバーがチームメイトとなることで、安井の中で、そのグアテマラでプレーしてみたいという気持ちがわきあがったのだ。 

 自らリーグに連絡をとり、売り込んだ安井にリーグは興味を示し、「ロボス(ウルブス)」への入団が決まった。

「僕にはニカラグアのウィンターリーグで2シーズンプレーした経験があるんです。初めての日本人だっていうことで現地の新聞にも取り上げられたんですが、それが功を奏したようです」

 ただし、球団の方も野球大国日本でさしたる実績のない安井に好条件を提示することはなく、月給400ドル、日本からの航空券は自腹、住居はオーナー所有のアパートが提供されるだけというものだった。それでも安井はプレーができるならと、グアテマラに飛んだ。

「キャンプは2、3日しかなかったと思います。僕はぎりぎりに入団が決まった上に、台風でフライトが遅れてしまったんで、開幕してからチームに合流しました」

 かつてはラテンアメリカ諸国の中でも比較的安全だと言われていたグアテマラだが、近年首都グアテマラシティでは治安は悪化の一途をたどっているという。安井のアパートは首都で起こる殺人事件の3割が発生している凶悪犯罪の最も多い地区にあったらしいのだが、そのアパートを含む街区は警備員付きでフェンスによって周囲と隔離されていた。ロボスの選手たちは全員、安井と同じアパートかその隣の一軒家をシェアして住んでいたという。食料もパンなどが提供されていたが、安井はコリアンタウンによくバスで出向いていた。

「球団からは危ないからタクシーを使えって言われていたんですけど、平気でしたよ。球場までも、5キロほどあったんですけど、ウーバーで通っていました。一度バスで向かったんですけど、そのバスが電柱にぶつかって止まっちゃったんです。すぐに乗り換えりゃいいのに、ほんの10円、20円をけちって、そのバスが動くのを待っていたら、遅刻しちゃいましてね。球場に着いたら、もう審判と監督がメンバー交換やっているときで…。そのときはさすがに怒られました」

現在、グアテマラのプロ野球の試合はすべて首都グアテマラシティの球場で開催されている。観客席を備えたスタジアムが国内にこれひとつしかないのだという。したがって、4チームすべてが首都に本拠を置いている。

 リーグじたいは、1シーズン限りで消滅した前身リーグ同様、グアテマラ人の富裕なビジネスマンがリーグを立ち上げたらしい。前リーグの失敗を繰り返すなとばかり、プロモーションに力を入れたのだが、観客動員は芳しくはなかった。安井いわく、これにも治安状況が影響を及ぼしているという。

「グアテマラという国はサッカーが一番人気なんですけど、そのサッカーも観客は入らないです。治安が悪くて、夜出かけることができない国なので。ナイトゲームだと帰りが危なくてしょうがない」

 プロリーグとは言え、まだまだ野球人気が高いとは言えないグアテマラ。 試合は基本週末木曜からの4連戦のみで、残りの3日はオフとなる。

「うちのチームは練習もなかったです。一部のチームは試合日以外にも練習があったみたいですけど。どうしても練習したい選手は、ナショナルチームが毎日夕方に練習するんでそれに参加していました」

 そんな、まだまだよちよち歩きにグアテマラリーグだが、そのレベルは決して低くはなかったと安井は感じている。

「僕はアメリカの独立リーグでもプレーした経験があるんですけど、最底辺のリーグよりはよっぽど高いですよ。メジャー傘下の2A級リーグと同等と言われているリーグよりは下ですけど。でも一概にレベルを語るのは難しいです。助っ人の外国人と現地のグアテマラ人のレベルの差が大きいんで。ちゃんと守れる野手は少なかったですね。なにしろバッティング練習しかしませんから。ドミニカ人の助っ人投手なんかは球も速いです。でもグアテマラ人は頭がすごくいいですね。彼らはホームランを打てないと分かると、次はセンターから右のバッティングをしてくるんです。僕からしたらそういうやつが一番苦手なんです。逆にドミニカ人バッターは僕からしたらお客さんなんです。彼らは僕にごまかされちゃうんです。遅い球を振り回してくれますから。次はホームランだよ、次はホームランだよと言い続けて投げても打てない(笑)。ずっと『お客さま』でいて続けてくれるとありがたいですね」

 この冬、安井は10数試合マウンドに登って、33イニング3分の2を投げたというから、十分に戦力になっていたと言っていい。防御率は7.49と芳しいものではなかったが、先発マウンドも5試合経験し、3勝3敗の星を残した。

 現在安井は日本で次のプレー先を探しながらトレーニングを続けている。しかし、このコロナ騒動でこの夏はアメリカにも渡れそうにない。グアテマラリーグからは、次のシーズンの打診もあったが、年齢を考えると夏もプレーしておかないとそれも難しい。また、近年はプレー先を探す若者相手に海外リーグを紹介する「エージェント」も増えており、その類がグアテマラにも参入すると、自分の枠がなくなってはしないかとハラハラしている。

「今は、エージェントなんかにお金を払えば、どこかしらプレー先を見つけてくれますから。それで僕の枠がなくなっちゃうのは困りますね。僕は、そういうのは利用したことはありません。お金払ってっていうのはちょっと違うような気がします」

 あと2~3年はプレーを続けたいと安井は言う。その先は?と問うと、「いい質問ですね」とはぐらかされてしまう。引退後のビジョンはまだないようだ。

「ただ、若い奴をだますようにして海外リーグに送るエージェントみたいな仕事はするつもりはないですね」

 四十男の旅はどこまで続くのだろう。

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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