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海峡を越えて「祖国」韓国のプロ野球に挑戦した27歳

阿佐智ベースボールジャーナリスト
日本から韓国プロ野球入りした安権守選手(斗山)

 『海峡を越えたホームラン』は関川夏央の野球ノンフィクションの傑作だ。1984年に公刊されたこの作品は、草創期の韓国プロ野球(KBO)に挑戦した日本出身の選手たちの苦闘ぶりや心理的葛藤を見事なまでに読者に伝えてくれる。当時、KBOは韓国人以外の選手のプレーは受け付けておらず、したがって日本から海を渡ってこのリーグに挑戦したのは在日コリアンの選手たちだった。彼らのほとんどは日本のプロ野球(NPB)でプレーしながらももはや第一線では通用しなくなった者であったが、当時の日韓のプレーレベルの差は、そういう彼らをKBOのスター選手に祭り上げた。しかし、日本育ちの彼らは、地元ファンにとっては「助っ人」以上の者にはなりえず、育ちの国・日本でも「祖国」・韓国でもマージナルな地位に置かれた自らを「在日」にアイデンティファイしていったのだ。

 それから40年近くたった今、日韓両国の関係は大きく変化した。政府間の対立や、相互の国民感情悪化などもあるが、海峡を挟んだ両国の人々の心理的距離は確実に縮まっている。野球について言えば、その国力の発展に合わせるかのように韓国野球は力をつけ、韓国は日本の強力なライバルとなっている。KBOは日本人を含む外国人選手にも門戸を開くようになったが、もはやNPBの一軍半くらいの選手では「助っ人」として通用しないほどにレベルの上がったこのリーグでプレーする日本出身者はほとんどいなくなっている。

 そんな中、ひとりの日本出身選手が昨年のKBOチャンピオン、斗山ベアーズに入団したことが報じられた。安権守(アン・ゴンス)。日本では安田を名乗っていた在日韓国人選手だ。

 高校野球の名門、早稲田実業では1年時からレギュラー、甲子園の土も踏んでいる。そして早稲田大学進学後も1年春からベンチ入りし、5試合で神宮の舞台に立ち、3打数1安打を放つなど将来を嘱望されていたというから、その先には十分NPBも見えていたはずである。しかし、その春のシーズンを終えた後に退部、その後は大学に通いながら、クラブチームでプレーし、3年になった2014年シーズンからは独立リーグ、ルートインBCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでプレー、主力打者として3割をマークするなど活躍した。翌年は同リーグの武蔵ヒートベアーズに移籍、ここでもレギュラー外野手として2年連続20盗塁を記録し、リーグを代表するリードオフマンとしてスカウトも注目するところとなった。しかし、ドラフトにはかからず、大学卒業後は社会人野球に進み、4年目を迎えた昨年にKBOドラフトで指名を受け、この春からプレーしている。

群馬ダイヤモンドペガサス時代の安
群馬ダイヤモンドペガサス時代の安

 日本では独立リーグでしかプロ経験はなかったので、昨年のKBOドラフトを経ての入団となったが、これはあまりないケースである。27歳という「遅咲き」でのプロ入りということもあり、韓国ではそれなりに注目され、メディアの取材を受けてはいるが、1月にソウル入りし、そのまま新人自主トレ、オーストラリアでのキャンプに突入したとあって、自身ではその実感はないという。

 チームはオーストラリアでのキャンプを打ち上げたあと、「球春みやざきベースボールゲームズ」に始まる実戦重視の宮崎キャンプに突入したのだが、ここで本人に話を聞いた。

球春みやざきベースボールゲームズの試合前にインタビューに応じてくれた安権守選手
球春みやざきベースボールゲームズの試合前にインタビューに応じてくれた安権守選手

――KBOのドラフトで指名されたということですが、向こうのスカウトが日本でプレーする安さんの存在を探してくるのですか?

「いえ、そうではなく、僕が去年のドラフト直前の8月にトライアウトを受けに行ったんです」

――昨年はどこでプレーしていたんですか?

「社会人野球のカナフレックスというチームです」

――その前は、早稲田大学野球部を辞めて、ルートインBCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスでプレーしていましたよね。独立リーグを辞めて社会人野球に進んだということですね。

「はい」

――独立リーグから社会人野球に進んだのはどういう理由からですか。

「もう少しレベルの高いところでやりたかったからです。やっぱり社会人のほうが高いですから。それで大学卒業前にトライアウトを受験してカナフレックスに入社しました」

――安さんが群馬でプレーしたのは2014年ですよね。その時、私は野手コーチをされていた松永さんとお話をさせていただいたのですが、独立リーグの選手に対してかなり辛口だった松永コーチの口から、プロに近い選手として安さんの名前が出ていました。やはりその時期からプロ(NPB)を考えていたんでしょうか?

「そうですね。もちろん最初はNPBに進みたかったです。そのつもりで大学卒業後は社会人野球に進んだのですが、入社4年を過ぎて、年齢的にもうドラフト指名は厳しくなったときに韓国プロ野球の話を耳にして、トライアウトを受けてみようと思いました」

――安さんは在日韓国人ですよね。

「3世になります」

――現行のルールだと外国人枠となるんでしょうか?

「違います。普通の韓国人枠です。国籍は韓国ですから。今のルールは国籍重視で在日コリアンの場合、日本国籍に変えると、外国人扱いになるんですが、韓国籍のままだと外国人扱いにはなりません。それが分かっていたんでトライアウトを受けたんです」

――KBOについては、早い時期からご自分の念頭にあったのですか。

「ありませんでした。去年ぐらいからですね。ふと行きたいと思いました」

――なにかきっかけがあったんでしょうか?

「社会人野球の最後2年ぐらいでバッティングが良くなり、もう少し上のレベルでやりたくなってきたんです」

――カナフレックスでは、いわゆる正社員として雇われていたんですよね。

「そうです」

――そういう中でためらいはなかったですか?

「なかったです」

――それはやはりプロの舞台に立ちたいという気持ちだったということでしょうか?

「プロに対するこだわりはないのですが、より高いレベルでプレーしたいという気持ちですね」

――年齢的には、社会人野球だと、そろそろ上がる(引退して社業に専念する)ことを考える頃ですよね。そこからプロというのは、なかなか思い切った決断ではないかと思いますが。

「まあそのあたりは、結局、早稲田で野球部を辞めている時点で他の人たちがしないことをしているので、別にためらいはなかったです」

――大学の野球部を辞められた理由は何ですか。

「もともと上下関係が嫌だったんです。大学で野球をやりたいのに、という気持ちがありました。まあ、学生野球には付き物なんですが、大学での野球はあまり楽しくありませんでした。1年の春のリーグ戦で辞めました」

――しかし、韓国の方がタテ社会ではないんですか?

「そうですね。でも、KBOに入って思ったのですが、韓国人のほうが心は温かいという部分を結構感じます」

――3世ということは、まだ韓国に縁があるのですか。

「祖父の代から日本に来ているので、もうありません。もう親戚がいるかどうかも、全然分からないですね。縁故地(祖先の出身地)は慶尚道という所だということは知っていますけど。でも、行ったこともなければ、全然縁もないのですね。そういう意味では、正直な話、外国みたいな感じです」

――食事なんかはどうなんですか。

「実家ではまったく韓国っぽい食事はなかったんですが、食事は大丈夫です。韓国の食事は辛いイメージがあるのですが、辛くないものもあるので、取りあえず大丈夫です」

――言葉はどうなんでしょうか?

「全く話せませんが、今、勉強しています。両親はしゃべれるんですけどね」

――チームに合流してみて、どうですか?

「僕は日本育ちで韓国語はさっぱりなんですが、みんな優しく言葉を教えてくれます。『外国人』ではなく韓国人のように接してくれています。分け隔てなんかも感じることはないですよ。みんな、優しくしてくれるので、すごく助かっています」

球団は即戦力として期待している
球団は即戦力として期待している

 ルーキーとはいえども、もう27歳。球団もある程度即戦力としての見込みがあるから獲得したのだろう。キャンプ以来、安は一軍のメンバーとして、オーストラリアキャンプに参加し、宮崎キャンプにも帯同、日本に「凱旋」した。キャンプの開始を告げる日本球団との練習試合、「球春みやざきベースボールゲームズ」には、両親も息子のプロ野球選手としての晴れ姿を目にするべくSOKKENスタジアムに足を運んでいた。

――はじめてのKBOでのキャンプですが、日韓の野球でなにかギャップを感じたりしませんでしたか?

「日本はどちらかというと、走ることが多いじゃないですか。でも韓国はランニングはほとんどしません。ウェイトトレーニングをよくするんです。全体練習の一環で毎日ウェイトがあるんですよ。ランニングのようにウェイトがあるので、それは少しきついです。僕はランニングは結構自信があったのですが、筋力トレーニングが毎日あったのでオーストラリアキャンプは慣れなくて疲れました」

――シーズンに向けてポジションは見えてきている感じですか?

「去年の優勝チームなんで(レギュラーは)ガチガチなんですけれども。そんなことは言っていられませんから、スタメンを狙いながら頑張っています」

外国人選手ともうまくコミュニケーションをとるなどチームになじむ努力もしている
外国人選手ともうまくコミュニケーションをとるなどチームになじむ努力もしている

 昨年のプレミア12でも決勝で相まみえたように今や日韓の野球のトップレベルは実力相拮抗している。日本球界から「母国」・韓国プロ野球に挑戦している安の目に韓国のプロ野球はどう映っているのだろう。

「バッティングは、僕は日本よりいいのではないかと思います」

という安の印象通り、現在の韓国野球はアメリカ式のパワーベースボール全盛だ。私は昨年、KBOを取材したが、低反発球を導入していたにもかかわらず、ゲームでは、後半での長打での逆転が目立ち、打力の強さが印象に残った。「球春みやざきベースボールゲームズ」でも試合前練習で小柄な控え選手が柵越えを連発していた。

「逆に守備などの面は少し甘いところがありますし、投手のレベルは日本のほうが高いかと思いますが、野手のレベルは思ったよりも高くてびっくりしました」

 そういう中、「育ちの国」、日本のスモールボールを完遂することがポジションへの近道であることを安は自覚している。

「自分はやはり、ホームランを打つバッターではなく、塁に出て走ってかき乱すタイプです。チームでは僕しか日本でやっている選手がいませんので、日本の細かい野球をやっていきたいです」

 日本での初戦となった対オリックス戦。安は6回からライトの守備に入り、その後センターへ。9回に打席が回ってきたものの、サードゴロに倒れてしまった。打席に入る前、それまでの癖でキャッチャーに「よろしくお願いします」と日本語で挨拶してしまったが、相手捕手はとくに驚くこともなく返事を返してきたという。両国の野球を通じた人の交流が盛んになる中、韓国チームに日本語を操る人間がいてももはや不思議ではないのかもしれない。韓国でも新型コロナウイルス禍によりプロ野球開幕が遅れているが、遠からずやってくる開幕の舞台に安の姿を観ることができるよう注目していきたい。

オリックスとの練習試合の打席でフルスイングする安
オリックスとの練習試合の打席でフルスイングする安

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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