野球新興国・タイ。アジア大会監督に聞く(後編)

最終のインドネシア戦で3塁ベースコーチに入った上野正忠監督

 この夏のアジア大会野球に出場したタイ。この国に野球を伝えたのは日本人と言われているが、歴代のナショナルチーム監督も、日本人が務めている。今回のインドネシア大会では、社会人野球出身の上野正忠さんがチームを率い、予選当たるラウンド1では、ラオス、ネパールを破り、本戦にあたるラウンド2に見事チームを導いたものの、社会人ジャパンには0対24という記録的大敗を喫し、中国相手にも0対15のコールド負け、さらには、当面の目標であるパキスタンにも1対8と、まだまだアジアの壁は高いことを思い知らされた。結局、最後のコンソレーションラウンドでも、香港、インドネシア相手に善戦したものの、ともに1点差の惜敗で、出場10か国中8位に終わった。

 今回は、上野さんのインタビューから主にタイ野球の課題について語ってもらった部分を中心に伝えていく。

――アジアの途上国は、国際大会に出たり出なかったりですが、やはり資金の問題が大きいのですかね。

「そうです。それと、やはりオリンピックに絡んでいないと予算が付きませんから。オリンピックに出ても、メダルの獲得がないものには予算は付かないと思います。今までは民間企業がバックアップしてくれたのですが、みんなが撤退して連盟自体が機能不全に陥っています」

――それは、やはり不景気なんかが関係しているのでしょうか。

「大体そうではないですか。あとは連盟の中の指導者の交代なんかも絡んでくると思います。元々、日系企業が、連盟に関わっている日本人の学閥なんかの関係で結構援助してくれていました」

――このチームには、アメリカ人もいるようですが。

「この大会には、アメリカから2人の選手が参加しています。ジャックとジョーのダルー兄弟です。母親がタイ人のハーフで、バンコク生まれですので、タイとアメリカの両国籍を持っています。彼らは2012年11月に行われた第3回WBCの予選大会にもタイ代表として参加しています。キャッチャーのジャックの方は、その後、日本の独立リーグ(ルートインBCリーグ)の石川ミリオンスターズでもプレーしていますよ(2015年主力捕手として51試合に出場、119打数28安打で打率.235、18打点を挙げている)。だけど、長く続かなくて、今兄弟ともアメリカに戻ってます」

日本の独立リーグでもプレーしたジャック・ダルー選手
日本の独立リーグでもプレーしたジャック・ダルー選手

――どの国の代表で出場するかについては、アジア大会の場合、オリンピックに準ずるんですよね。

「そうです。だから彼らはアメリカ代表として出場するには様々な手続きが必要です。まあ、そもそも、彼らくらいのレベルでは、アメリカ代表ではどうせ出ることはできませんから」

――現在のタイの野球の状況というのは、どうなんでしょうか?

「現実には、チームは、ソフトボールのチームが多いです。ソフトボールをやりながらこういった公式大会のときに野球チーム編成をするのです。ですから、野球人口から言ったら1000人に満たないのではないですか。プロはありませんから、チームはクラブチームということですね。ただし、先ほども言ったように、国際大会ともなると、チームを招集した後は、野球協会経由で国から手当てが出るので、半ばそれをあてにしている選手もいます」

――レベルとしてはどれくらいなんですか?

「レベル的には、世界ランキングで今56位です。我々の前に試合をしていた香港は40位、パキスタンが30位くらいです。香港とは昨日やりましたが、4対5でサヨナラ負けです。パキスタンにも負けましたけれども、6月の東アジアカップのときは香港とインドネシアには勝ちました。負けたのはフィリピンだけです。フィリピン戦も6回まで5対1で勝っていたのですけれども、ピッチャーがいないものですから」

――先ほど1試合見ただけなんですが、見た感じでは、正直、香港ぐらいだったら、社会人の軟式のトップレベルでも勝てるのではないかと思いました。

「そうですね。まあ、アジアのBランク、要するに新興国レベルはピッチャー次第ですね」

――タイ野球の課題については、どうお考えですか?

「やはりピッチャーですね。もうそれは私が監督に就任した2月からでした。スピード、コントロールともないです。これが課題です。ですから結果的には、試合は全てフォアボールから始まって、野手もスローイングが悪いと。この原因でだいたい敗戦します。だからまずは、国内で135キロ前後を投げるピッチャーを育てるしかないと思っています。普段からスピード感に慣れておかないと国際大会に出ると、振り遅れてしまいますから。でも、タイ人の場合は、骨格や心拍数の問題で若干厳しい面があるんです」

タイ野球の課題は投手力だ
タイ野球の課題は投手力だ

――でも、タイにもポテンシャルの高いアスリートはいるんじゃないですか?私は一度バンコクの街中で、セパタクロー(ネットを挟んでボールを蹴りあう球技)をやっているのを見たことがありますが、あれを見ていたらすごく運動能力が高いなと思ったんですけど。

「あれは、国技ですから。野球に来る選手がなかなかいないんです。素材的にいい選手は、だいたいセパタクローかサッカーにいきますね。今のところ、サッカーの選手を取ることが多いです。だから、野球競技のほうに選手が目を向けてくれるようにもしないといけません。それと、やはり底辺を広げないと」

――そのためには、やはり日本からのバックアップも必要ですね。

「それも、継続性が必要ですね。これまでも、プロ野球OBの方も関わってくれて、それはそれで、スポンサーの獲得なんかで貢献していただいてはいるんですけど、ずっと関わってくれるわけでもない。指導者もそう。結果的には、これまで、大会ごとに日本からの指導者が入れ替わっているんですよね。私はおそらく9人目ではないですか。WBCのときは、で日本から、北九州市立大の徳永正夫監督を迎えたんですけど、大会が終わったらそれでチームも終わりなんです。それで次の大会のエントリーになったらまた招集をかけるのです。私もそう。今日で試合は終わって、明後日には帰国するんですが、その後の指導者がいないんです。そのあたりは、野球連盟に考えて欲しいですね」

 タイ野球のこれまでのピークは、2007年。自国開催となった東南アジア競技大会で、日本人とタイ人のハーフでバンコク生まれ日本育ちのエース、白倉キッサーダを擁して優勝した。現在のところ、タイが国際試合で結果を残すには、インタビュー中のダルー兄弟や白倉のような野球先進国出身者にルーツのある選手の加入が必要だろう。しかし、将来的なことを考えると、やはりタイ生まれ、タイ育ちの選手、指導者による強化が理想だろう。それにも野球選手先進国の助けが必要なことは言うまでもない。

 そういう意味では、普段目にすることがほとんどない国々の野球に触れることのできるアジア大会には、野球の可能性が秘められていると言えるのではないだろうか。

(この記事はインタビューを再編集したものです。写真は全て筆者撮影)