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ツール・ド・フランスによるクリス・フルーム出場拒否騒動とはなんだったのか

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
疑惑が晴れ、フルームは正々堂々ツール獲りへ photo:jeep.vidon

チームスカイ所属のクリス・フルームは、2018年7月7日、ツール・ド・フランスのスタートラインに並ぶ。前回大会覇者として、ツール史上最多タイの総合5勝目を、さらには2017年ツール・ド・フランス、2017年秋のスペイン一周ブエルタ・ア・エスパーニャ、2018年春のイタリア一周ジロ・デ・イタリアに続く4連続グランツール制覇を目指す。

しかもフルームが大偉業を達成した暁には、自転車界やファンは、胸の奥に小さな不安を抱く必要はない。7月2日、誰もが待ち望んでいた回答が届いたからだ。

国際自転車競技連合(UCI)により、昨ブエルタ時のドーピング検査時の「異常値」が、正当な治療目的使用による結果であると発表された。これにて昨年末から続くフルームに対するドーピング疑惑は完全に晴れ、ツール開幕6日前に突如勃発した、ツール・ド・フランス主催者アモリー・スポール・オルガニザシオン(ASO)による「フルーム出場拒否騒動」も終結した。

■はじまり

2017年12月13日、フランス日刊紙『ル・モンド』と英国日刊紙『ザ・ガーディアン』がすっぱ抜いた。2017年9月のブエルタ・ア・エスパーニャ第18ステージ後に採取されたフルームの尿から、規定量の約2倍のサルブタモールが検出されたというのだ。

サルブタモールとは喘息の治療薬であり、世界アンチドーピング機構(WADA)の禁止薬物リストの「交感神経β2受容体作動薬」のひとつ。例外として、口からの吸入に限り、24時間以内に最大1600マイクログラム、12時間以内に800マイクログラムの使用が認められている。治療使用特例(TUE)の申請は必要ない。

ただし尿から1000ナノグラム/ミリリットル以上のサルブタモールが検出された場合は、「異常値」と判断される。この際アスリート側は、サルブタモール使用が純粋なる治療目的であったこと、口からの吸入であったことを、薬学的に証明しなければならない。

UCI規則(14-7.3、14-7.9.1)によると、例外的な使用が認められている薬物で異常値を出した選手に対して、一時的な出場停止処分は義務付けられていない。つまり審議中の身であるフルームはレース活動を続ける権利を有していた。また同じく規則(14-14.4.2)では、最終的に黒の判決が下った場合のみ、公表が義務付けられている。今回の事例が12月まで表に出なかったことに対して、フルームやチームスカイ、UCI等に一切の落ち度はない。

■出場拒否騒動もやはり「リーク」だった

またしても『ル・モンド』がすっぱ抜いた。2018年7月1日付の記事によると、ツール・ド・フランス主催者であるアモリー・スポール・オルガニザシオン(ASO)が、書面にて、チームスカイに対してフルームの出場を禁じる旨を通達したという。この通達が送付された具体的な日付は、記事内では明示されていない。

ツール・ド・フランスは選手やチームの出場を拒否する権利を有する。大会規則(29条)で「ASOはASOや開催イベントのイメージや評判を傷つけるチームやチーム構成員の参加を拒否、もしくは除外処分を下す権利を有する」と定めているからだ。

そもそも国際自転車競技連合(UCI)にもまったく同じ規則がある(2.2.010「レース主催者は主催者やイベントのイメージや評判を傷つけるチームやチーム構成員の参加を拒否、もしくは除外処分を下す権利を有する」)。またUCI規則では開催委員会の決定にチームが同意しない場合、スポーツ仲裁裁判所(TAS)に最終判断が委ねられるとされている。「ツール・ド・フランスに限っては」、提訴先がスポーツ調停委員会(フランス国家オリンピック&スポーツ委員会内の機関)との但し書きもある。

この通達を受けて、チームスカイは、フランス国家オリンピック&スポーツ委員会に提訴した。7月3日に聴聞会が開かれ、7月4日に判断が下される予定だった。

■求めたのはあくまでも「回答」

ASOはツール・ド・フランス主催者であり、同時にブエルタ・ア・エスパーニャの所有者である。UCIによる最終審判が下るまで、2017年ブエルタのフルーム総合優勝は、少々宙ぶらりんな状態だった。その上2018年ツールまでも、「もしも」のままで走り出すわけにはいかない。

ツールは20年前の「フェスティナ事件」以来、数々のドーピングスキャンダルに苦しんできた。特に1996年から2005年までの10大会は、すべての総合覇者に「注意書き」が必要だ。

だからこそツール開催委員長クリスティアン・プリュドムは、12月の発覚直後、いち早い解決を求める声を上げた。繰り返し、UCIに対して、白か黒かの回答を迫った。

「状況が明確にされることを望む。暗闇や曖昧さから脱せねばならない。審査が何ヶ月もくどくどと続かずに、UCI側がシーズンの早い段階で答えを出してくれるよう願っている。人々から再び『自転車=ドーピング』と単純に結び付けられてしまうのが怖い。だからこそ曖昧さを切り捨て、できる限り早く答えを出さねばならない」(12月22日、フランス・アンフォより)

「我々レース主催者側が望むのは、UCIによる最終審判だ。結果がどうあろうとも、判決は判決。それを受け入れる。ツール側がフルームに出て欲しいとか出て欲しくないとかの問題ではない。ASOはアンチ・フルーム調査書など作成していないし、そもそも調査書すべきは上方の決定機関だ。我々はただ単純に明確な回答を必要としているだけ」(3月4日、BFMより)

「12月から繰り返しているように、必要なのは答えだ。しかし未だに答えは出ておらず、我々にはもはや数週間しか残されていない。9月に発生し12月に発覚した問題が、世界最大のレース直前になっても解決していないなんて、人々は理解できないだろうね。繰り返し言う。我々に必要なのは回答だ」(6月7日、RTBFより)

■引き金はUCI会長の発言

昨秋にUCI会長に就任したダヴィド・ラパルティアンは、早急な問題解決に努める意志を常々アピールしてきた。プリュドムもまた「彼とUCIは必ずや我々の期待に答えてくれるはずだ」と繰り返し、全幅の信頼を寄せた。

実はこのフランス人会長とASOとは、長く密な付き合いがある。2008年にASOとUCIが決裂した際には、フランス自転車連盟幹部(2009年から会長就任)として、ASOの大会運営を支えた。ちなみにあのシーズンはASO大会が軒並みプロツール(現ワールドツアー)から撤退し、ツール・ド・フランスはUCI管轄レースから外れた。しかもASOは出場拒否権を実際に執行。こうして前回覇者アルベルト・コンタドール所属のアスタナは、ツール出場が認められなかった。

しかも2018年大会では、ラパルティアンが町長を務める自治体で、ステージフィニッシュが行われる。ところがツールまで約1ヶ月に迫った6月1日、UCI会長は極めて後ろ向きなコメントを発した。

「この件は驚くほど複雑だ。ジロ・デ・イタリアの開幕前に解決されることを願ってきたけれど、それは不可能だった。今はツール・ド・フランス開幕前に解決して欲しいと願っている。まあ、ただ、現実的であらねばならない。きっとそうはいかないだろうと思っている」(6月1日、ル・パリジャンより)

この「そうはいかない=ツール前に解決しない」という発言を受けて、クリスティアン・プリュドムとASOは行動に踏み切った。

■白の回答=フルーム参戦許可

「6月上旬のUCI会長ラパルティアンの発言で、我々は腹をくくった。今から3週間前のことだ。各方面に手紙を書いた」(7月2日、レキップより)

つまり『ル・モンド』の記事が出る3週間前に、ASOが通達を送ったのはクリス・フルーム、チームスカイ、UCIの三者。「このまま放っておけばツール・ド・フランス規則29条を適応せざるを得ない」と書面にて宣言した。

「あえて公表しなかった。火に油を注ぎたくなかったからね。ただリークされた情報の内容に間違いはない。そしたら今日、6ヶ月間待ち望んできた答えが、ついにもたらされた」(7月2日、レキップより)

この通達は、早急な回答を引き出すための、いわば駆け引きだった。賭けでもあった。そしてASOは、大会開幕の5日前に、UCI側から望んでいた回答ーー白だったーーを引き出すことに成功する。

UCIの公式リリースによると、6月4日にフルーム側から最終的な弁明書と数々の科学的な説明書類が提出されたという。さらに6月28日にWADAから「様々な角度からの分析に基づき、フルームの尿検体の結果は『異常値』には値しない(=ドーピングではない)」との見解が、UCI側に通知された。このWADAの判定が最終的な後押しとなり、UCIはフルームに関するドーピング審議を終了することに決めた。

UCIの発表直後、プリュドムはフルームのツール・ド・フランス参戦にゴーサインを出した。

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

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