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シリアでトルコ軍がクルド民族主義勢力、政府軍と地上戦を激化させる中、イスラエルと米国は各々の敵を爆撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Parezvan TV、2020年9月14日

トルコが占領するアレッポ県北西部のいわゆる「オリーブの枝」地域、同県北部の「ユーフラテスの盾」地域、ラッカ県北部からハサカ県北部にいたる「平和の泉」地域。その南側には、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局とシリア政府が共同統治(ないしは分割統治)する地域が拡がる。この係争地で9月12日から激しい戦闘が続いている。

筆者作成
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シリア民主軍が「オリーブの枝」地域でトルコ軍拠点に反撃

「シリア北部を占領するトルコ軍が何者かの砲撃を受け、兵士複数人が負傷」で述べた通り、9月12日、政府と北・東シリア自治局の支配地域に連日砲撃を続けるトルコ軍が、「オリーブの枝」地域内のガザーウィーヤ村に設置されている拠点を攻撃され、兵士複数人が負傷した。英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団は、反撃は、北・東シリア自治局の武装部隊で、人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍によるものだと発表する一方、反体制系サイトのEldorarは「イランの民兵」の攻撃だと伝えた。

この攻撃に関して、アフリーン解放軍団を名乗る組織が声明を出し、トルコ軍兵士7人を殺害し、10人を負傷させ、装甲車2輌を破壊したと発表し、映像をPYDに近いパーレズヴァーン・テレビのサイトを通じて公開した(映像はこちら)。

Parezvan TV、2020年9月14日
Parezvan TV、2020年9月14日

アフリーン解放軍団は、2018年1月にトルコ軍が「オリーブの枝」作戦と称して、北・東シリア自治局の前身の暫定自治政体である西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の支配下にあったアレッポ県アフリーン郡に侵攻し、3月に同地を占領したことを受けて結成されたシリア民主軍、あるいはYPGの傘下組織。

「オリーブの枝」地域では、9月14日に拠点都市のアフリーン市内で、車に仕掛けられていた爆弾が爆発し、住民9人が死亡、40人が負傷した。15日時点で犯行声明は出ていない。

「ユーフラテスの盾」地域でトルコ赤新月社が襲撃を受ける

一方、「ユーフラテスの盾」地域でも、拠点都市のバーブ市とラーイー村を結ぶ街道沿いに位置するタッル・バッタール村で、トルコ赤新月社の車輌が何者かの発砲を受け、トルコ人スタッフ1人が死亡した。犯人は逃走し、また犯行声明は出されていない。

これに対して、トルコ軍とその支援を受ける国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army)は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるタッル・リフアト市近郊(北・東シリア自治局が言うところの「シャフバー地区」)のマルアナーズ村などを砲撃した。

「平和の泉」地域では、シリア軍を巻き込んだかたちで激しい戦闘に

トルコ軍と国民軍はまた、「平和の泉」地域の拠点都市タッル・アブヤド市の近郊に位置し、シリア政府と北・東シリア自治局が共同統治下に置くクーバルラク村、ビールキータク村、ヒルバト・サルーンジュ村に展開するシリア軍の拠点を砲撃し、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、ヒルバト・サルーンジュ村の拠点でシリア軍兵士1人が負傷、シリア人権監視団によると、兵士1人が死亡、7人が負傷した。

https://youtu.be/DoVbcFRMV8s

ANHAによると、トルコ軍はまた、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるカズアリー村の穀物サイロに対しても砲撃を加え、シリア民主軍がこれに反撃した。

イドリブ県で反撃を強めるシリア軍

トルコ軍の攻撃が激しさを増すなか、シリア軍は、イドリブ県でトルコの支援を受ける「決戦」作戦司令室への攻撃を強めた。

「決戦」作戦司令室は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(TFSA)などからなる武装連合体。シャーム解放機構はイドリブ県を中心とするいわゆる「解放区」の軍事・治安権限を掌握している。

シリア人権監視団によると、シリア軍は9月13日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるザーウィヤ山地方各所に350発以上の砲弾を、また14日にも190発以上の砲弾を撃ち込んだ。

これに対して、「決戦」作戦司令室も反撃、9月14日には、シリア軍兵士1人を狙撃し、殺害した。

イスラエル軍所属と見られる戦闘機が「イランの民兵」を爆撃

シリア軍、シリア民主軍、トルコ、「決戦」作戦司令室が四つ巴の戦いを繰り広げるなか、イスラエル軍と見られる戦闘機複数機が9月14日、ダイル・ザウル県南東部で爆撃を行った。

シリア人権監視団によると、狙われたのはシリア政府が支配するブーカマール市南のイラク国境に近いいわゆる「スラーサート」地区に展開する「イランの民兵」の拠点複数カ所。

この爆撃で「イランの民兵」のイラク人戦闘員8人、シリア人戦闘員2人が死亡、多数が負傷したという。

さらに、有志連合所属と見られるドローンが新興のアル=カーイダ司令官を殺害

さらに、9月14日、米主導の有志連合と見られるドローンが「解放区」の中心都市であるイドリブ市に対して爆撃を行った。

シリア人権監視団によると、イドリブ市のクスール地区内を走行中のヒュンダイ社のサンタフェに対してドローンが、空対地ミサイルR9X(通称ニンジャ)と見られるミサイルを発射し、乗っていたフッラース・ディーン機構のチュニジア人司令官を殺害したという。

フッラース・ディーン機構は2018年2月にシャーム解放機構の離反者らが結成した新興のアル=カーイダ系組織。「解放区」での停戦、とりわけアレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路でのロシア・トルコ両軍の合同パトロールの実施に異議を唱え、「決戦」作戦司令室との対立を強めている。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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