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電気自動車推進派が触れたがらない不都合な事実。急速充電スタンドは、ビジネスとして成立するのか!?

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
本田技研工業ものづくりセンター来客駐車場に設置されている3kW普通充電器

 電気自動車(EV)を普及させる上での課題として、「充電1回当たり走行できる距離が短い」、「充電時間が長い」、「車両価格が高い」、「急速充電スタンドの数が少ない」などが挙げられています。これらのうち、前の三つは技術的な課題であり、全固体電池など高性能で低コストな充電池が開発されれば、解決される日は来るかも知れません。むしろ厄介なのは、四番目の「急速充電スタンドの数が少ない」ということです。

 政府はその対策として、2030年までに急速充電スタンドを約3万軒(2019年のガソリンスタンド件数が29,637軒)にするという目標を掲げており、自動車会社四社(トヨタ・日産・ホンダ・三菱)と電力会社二社(東京電力・中部電力)が出資してe-Mobility Power(旧日本充電サービス)という会社を設立し、目標達成に向けて事業を推進しています。

 しかし、そこには大きな懸念材料があります。それは“急速充電スタンドは、ビジネスとして成立できるのか?”ということです。

急速充電スタンド最大のライバルは、家庭用電気料金!

 EVは家庭で充電できるのがメリットのひとつですから、自宅に駐車場のあるユーザーなら、家庭での充電をベースに運用するはずです。となれば、急速充電スタンドを日常的に利用するのは、賃貸駐車場利用者(≒集合住宅世帯)がメインとなり、利用率は大きく減少することが予想されます。

 どの程度、減るかは推測の域を出ませんが、19年の総務省統計によりますと、一戸建て世帯の比率は53.6%ですから、利用率は50%ぐらいになると考えて無理はないでしょう。となると、現在のガソリンスタンドと同程度の利益を確保するには、急速充電スタンドは半分の回転率で採算が合う価格設定にしなければならないことになります。

 ならばいくらにするべきか、と考えて、まず参考にしなければならないのが、家庭用の電気料金です。現状では基本料金を含めて、30円/1kWhぐらいですから、これより大幅に高いようでは不公平感が大きくなってしまいます。

 ちなみに東京電力の試算では、50kWの急速充電器を月200回稼働させるという仮定で、原価は42.4円/kWh、20kVAの充電器で34.1円という数字が出されています(家庭用より高いのは意外です)。これは電力料金の原価だけで、人件費や設備費、減価償却費などは含まれていません。

 また、現状では急速充電器の使用料は従量制(1kWh単価)ではなく時間単位で、利用価格は“日本充電サービス(e-Mobility Power)”の例では15円/分。日産自動車の“プレミアム40”というプランで250円/10分となっています。仮に充電器出力を50kWとして、充電ロスを考えずに単純計算したとすると、1kWh単価は前者が18円、後者が30円となりますから、赤字で運用していることになります。

e-Mobility Power社の前身、日本充電サービスがホームセンター屋上に設置した充電設備。出力20kWの急速充電器が1基、200Vの普通充電器が20基設置されているが、誰も使っていなかった。
e-Mobility Power社の前身、日本充電サービスがホームセンター屋上に設置した充電設備。出力20kWの急速充電器が1基、200Vの普通充電器が20基設置されているが、誰も使っていなかった。

 単価が赤字ですから、行政の補助金やメーカーの投資がなければ、運用していくのは不可能です。補助金の原資は税金ですし、メーカーの出資は車両販売利益で回収するしかありませんから、結局のところ、ユーザーの負担になることは避けられません。

 となると、急速充電スタンドを単独のビジネスとして成立させるには、販売単価を採算の合うレベルに設定する必要があります。そこで、いったいどれくらいにすれば採算が合いそうか、計算してみましょう。仮定の数字が多少、荒っぽいのは大目に見て下さい(ガソリンに付加されている関連諸税(1リッターあたり56.6円)は考慮していませんが、これをどうやって徴収するかもEVの大きな課題です)。

急速充電スタンドの電気料金単価は、家庭用電気料金の2倍を超えるかも!?

 たとえば、来店客ひとりあたり30Lの売り上げで商売が成り立っているガソリンスタンドがあったとすると、ガソリンスタンドの経営が維持できる粗利を15円/Lとして(※1)、来店客ひとりあたり450円の粗利益を上げていることになります。

 来店するクルマの平均燃費を15.4km/Lと仮定すると(※2)、30Lの走行可能距離は462km。置き換わったEVの電費を8km/kWhとすると、30Lのガソリンは57.75kWhの電力と等価ですから、EV顧客には57.75kWhの需要があるとして、顧客ひとりあたり同じ利益を上げるには、1kWhあたり約7.8円の粗利を乗せる必要があります。しかし回転率は半分ですから、2倍して15.6円の粗利を乗せないと、同じ収益にはなりません。電気料金の原価は42.4円でしたから、合計で58円/kWh。ここには初期投資の償還は含まれていませんので、それも上乗せすれば、家庭用電気料金の2倍では収まりそうにありません。

 「急速」という部分に付加価値があるとしても、エネルギーとして同じ価値のものに2倍以上の価格差があるというのは、果たして正しいと言えるでしょうか? 一般に賃貸駐車場利用者は、自宅に駐車場を設置できる者より所得が低いことに鑑みれば、経済的弱者に負担を強いることにならないでしょうか?

※1:某地方銀行地域経済研究センターのアンケートを参考にしました。

※2:日本自動車工業会の統計を元に、JC08モード燃費の70%として算出しました。

 実はこうした「都合の悪い事実」は行政も把握しており、2014年に社団法人次世代自動車振興センターから発行された報告書の冒頭には、急速充電スタンドは「電気代のみで収益を得るビジネスモデルは成立困難」と書かれているのです。

異業種とセットにしたビジネスモデルは、電池の性能向上で存在意義を失う

 これを打開するために、急速充電スタンドを商業施設や遊興施設、時間貸し駐車場に併設し、併設施設の売り上げと合わせて利益を確保しようという試みが行われていますが、将来的に10分程度で充電できる電池が実用化されれば、ユーザーは充電しながら車内で待機することになり、併設施設にお金は落ちません。

 問題はそれだけではありません。EVへの移行を完了するまでの過渡期には、しばらくの間はガソリン車ユーザーは残ります。その間にガソリン需要は確実に減りますから、ガソリンスタンドの軒数も減り続けるはずで、簡単にはEVには乗り換えられない低所得者層に不便を強いることにもなりかねません。

 政府は2035年には新車販売のすべてをEVにするという目標を掲げていますが、移行期も含め、経済的弱者にしわ寄せが行かぬよう、慎重に進めていただくことを望みます。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年間勤務した後、地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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