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蛾なのに春の妖精?フチグロトゲエダシャクの人気の秘密

天野和利時事通信社・昆虫記者
フッチーの愛称で呼ばれるフチグロトゲエダシャクは蛾なのに春の妖精?

 スプリングエフェメラルは「春の妖精」とか「春の儚い(はかない)命」とか訳されることが多く、カタクリとか、ニリンソウとか、早春の野山の花を指すこともある。なので、一般的に嫌われ者の「蛾」を、スプリングエフェメラルと呼ぶのは邪道という意見もあるだろう。

 しかしこのフチグロトゲエダシャクだけは、あえてスプリングエフェメラルに入れたい。「早春の極めて短い期間しか発生しない。サイズがシジミ蝶ほどで哀れみを誘う。雄は昼間に草原をヒラヒラと儚げに舞う。フユシャクの仲間なのでメスには羽がない。成虫は交尾に励むだけで食事もせずに死ぬ」といった特徴は、まさに「春の儚い命」ではないか。などと叫ぶのは、蛾への思い入れが強い「蛾屋」系の虫好きだけかもしれないが。

フチグロトゲエダシャクの雌には羽がない。これを春の妖精と呼ぶのはちょっと無理があるかも。
フチグロトゲエダシャクの雌には羽がない。これを春の妖精と呼ぶのはちょっと無理があるかも。

 そんな蛾屋系虫好きの間では、フチグロトゲエダシャクは「フッチー」などと呼ばれて、アイドル扱いだ。関東では、冬ごもりしていた虫が動き出すと言われる啓蟄以前の2月後半から姿を見せ、3月前半までが見頃。まだまだ虫が少ない季節だけに、フッチー・ファンのみならず、多くの虫好きが数少ない発生地に集う。

 フッチーの人気の背景には希少性もある。生息地域が極めて限定され、日本各地で絶滅危惧種になっている。したがって、昆虫記者はこれまでお目にかかったことがなかった。

 そこで頼りにしたのが、「裏山の奇人」として知られる昆虫学者の小松貴氏だ。同氏の指導の下、3月中旬に訪れたのは茨城県某所。穴場だという土手で何匹か雄を見つけたが、交尾の現場をバッチリおさえられたのは、何と民家の軒先の花壇だった。

クルクルと雌の周囲を旋回していた雄が急降下して雌にしがみ付いた。
クルクルと雌の周囲を旋回していた雄が急降下して雌にしがみ付いた。

交尾態勢に入ったフチグロトゲエダシャクのカップル。
交尾態勢に入ったフチグロトゲエダシャクのカップル。

フチグロトゲエダシャクのカップルを見つけたのは、こんな街中の道路脇の民家の花壇。
フチグロトゲエダシャクのカップルを見つけたのは、こんな街中の道路脇の民家の花壇。

 歩道にしゃがみ込む怪しい姿勢で必死に写真を撮った。その背後を通り過ぎる地元の人々の視線は、不審者を見る目だ。通報されれば、昆虫記者の人生が「春の儚い命」になりかねないので、早々に撮影を切り上げた。

お尻から産卵管のようなものを出すフチグロトゲエダシャクの雌。フェロモンで雄を呼んでいるらしい。
お尻から産卵管のようなものを出すフチグロトゲエダシャクの雌。フェロモンで雄を呼んでいるらしい。

フチグロトゲエダシャクの卵は、こんな隙間に産み付けられることが多いようだ。
フチグロトゲエダシャクの卵は、こんな隙間に産み付けられることが多いようだ。

(写真は特記しない限りすべて筆者撮影)

時事通信社・昆虫記者

天野和利(あまのかずとし)。時事通信社ロンドン特派員、シンガポール特派員、外国経済部部長を経て現在は国際メディアサービス班シニアエディター、昆虫記者。加盟紙向けの昆虫関連記事を執筆するとともに、時事ドットコムで「昆虫記者のなるほど探訪」を連載中。著書に「昆虫記者のなるほど探訪」(時事通信社)。ブログ、ツイッターでも昆虫情報を発信。

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