うんちくも食欲刺激もない食ドラマ「ご苦楽レストラン」、20年経て実写化された意味

ドラマ『Heaven?~ご苦楽レストラン~』の舞台。(TBS提供)

 佐々木倫子は、脱力系のコミカルな作風で知られる漫画家である。平成の初めに『花とゆめ』(白泉社)で連載された『動物のお医者さん』は大ヒットし、主人公の飼い犬チョビの犬種、シベリアンハスキーを飼うことがブームになった。北大をモデルにした大学獣医学部の学生たちの物語は、少女漫画誌での連載なのに、熱い情熱も恋愛も一切描かれないところが斬新だった。

 『Heaven?~ご苦楽レストラン~』は、『週刊ビッグスピリッツ』(小学館)で1999~2003年に連載された作品である。フランス料理と酒が大好きな素人オーナーと、素人のサービスマンたち、腕前は三ツ星級だが不吉なジンクスを背負ったシェフがくり広げる色恋抜きの物語が、この夏連続ドラマとして、TBS系で毎週火曜日22時台に放送されている。原作から約20年を経て実写化された作品は、どのようにレストランを描くのだろうか?

原作漫画は6巻まである。このエピソードを再構成したものが、ドラマ化されている。(筆者撮影)
原作漫画は6巻まである。このエピソードを再構成したものが、ドラマ化されている。(筆者撮影)

開店早々苦境に陥ったレストラン。

集客につなげたサービスマンの行動とは?

 物語は、謎のオーナー黒須仮名子(石原さとみ)が開くフレンチレストラン、「ロワン・ディシー(この世の果て)」を舞台に展開する。サービスマンの中で唯一フレンチで働いた経験を持つ伊賀観(福士蒼汰)は、一見ポーカーフェイスで冷静。母親に振り回されて大学を受験し損ねたため、やけくそにフレンチレストランに就職していた。オーナーから「あなたはいいサービスマンになるわ!」とスカウトされ、たった3年しか経験がないのにサービスの要となる。

 ソムリエの山縣重臣(岸部一徳)は元銀行員で、理屈っぽいが「年寄り」を盾にサボろうとばかりする。アシスタントのウエイター、川合太一(志尊淳)は元美容師で、不器用で天真爛漫。伊賀くんになついている。彼らは、皿を3枚持って運ぶことすらできない。

 店は立地も悪い。どの駅からも徒歩15分で道が分かりにくく、墓場の真ん中にあって、同じ敷地には葬儀場もある。そして客を集められるランチ営業も、オーナーの一存で行わない。

 物語はどうやら、スタッフの来歴が分かるエピソードを集め、構成されている。第2話の主人公はシェフ。悪条件が重なって開店から1カ月後、店は閑散としている。自信をなくしたシェフ(段田安則)が作る料理は、塩分濃度がどんどん低くなる。何とか状況を打開しようとサービスマンたちは知恵を絞る。「スイーツフェアとかは?」と言う川合くんに、シェフは速攻で「原価を割って赤字。客は一時的」。「マスコミに取材してもらったら?」と言う山縣さんには「取材してもらうにはキャッチーなネタがなきゃ」と却下。

 やけに宣伝方法にくわしいシェフは、働いた店がつぶれるジンクスを持っていた。それをオーナーが嬉々として皆に語る。1軒目は経営不振、2軒目はオーナーが事故を起こす、3軒目は食中毒、4軒目はリーマンショックの余波。5軒目で店を持つが、従業員からボイコットされる。6軒目は部下がボヤを出す。ついに7軒目について、シェフ自身が「経理にお金を持ち逃げされてつぶれる」と白状。「おもしろすぎー」と、拍手しながらウケる川合くん。

 シェフは、食材の回転率がよくなり、集客につながるランチ営業での集客を望む。しかし夜型人間のオーナーは、観劇などで遊んだ帰りに開いているレストランがないことを不満に思っており、深夜営業を売りにすると言って譲らない。そこで伊賀くんが深夜のランチを提案。受け入れられて、店に客が集まり始める。オーナーが、友人のライターにシェフのジンクスを売り込み、面白おかしくWEB記事に書かれた影響も大きかった。

 そんなとき、アパレル企業の丘野社長及び幹部が集まる16人のディナー予約が入る。予算は1人5万円もあるのに、オーダーのリクエストはいっさいない。ふだんコストを下げるメニューばかり考えているシェフは、何を作ろうかと悩み抜く。オーナーは「5万円に意味なんてない。5万円は自由の値段。ただそれだけ。シェフの才能が5万円で買われたのよ。好きに作ればいいじゃない」と鋭く言い放つ。

 シェフが見つけたヒントは、もらった嫌いな食材リストに入っていたキュウリだった。キュウリは、初めてファンになってくれた人が残した食材として、シェフの記憶に刻まれていた。果たして、会食に現れた丘野社長は、その人だった。

 出したメインディッシュは「ウサギのバルブイユ」、ワイン煮込みだ。付け合わせに使った野菜はコルジェット(ズッキーニ)。本当は昔の店でもコルジェットを使いたかったが、予算の都合でキュウリを替わりに出していた。直前に思い出したことは伏せ、呼ばれたシェフが「バージョンアップでございます」と言うと丘野社長は喜ぶ。社長はWEB記事で、行った店がつぶれた後行方が分からなくなっていたシェフを発見したのだ。そして、「迷わずに答えを出した」と感動し、心に決めていたパリコレ撤退をその後発表する。

 川合くんは丘野社長とSNSで友だちとなり、「店のことを書いて」と頼んだらOKし投稿してくれたおかげで、集客に成功する。こうしてようやく、店の味が正当に評価され、経営が軌道に乗り始める。

「普通」の展開を外すことで生まれるおかしみ。

 佐々木倫子作品は、物語を正統派路線からずらしつつ、本質を突いていくところに魅力がある。川合くんが気楽に企業の社長と友だちになったり、オーナーが利益より自分が食べる楽しみを優先するのは、普通とは言えない。川合くんはその天真爛漫な行動で、営業に成功する。オーナーは、丘野社長の会食で余った高級食材を、翌日の客に回さないで自らバーベキューにして食べてしまう。

 オーナーは第2話の段階では、謎の女性である。あちこちのフレンチを食べ歩いた経験があり、立地が悪いとは言え東京に店を構える財力を持つが、比較的年齢は若い。店を開いた動機は、毎日食べられる店が欲しかっただけかもしれないが、レストランビジネスが何かもよく知っているようにも見える。

 丘野社長らの会食メニューが決まらず、失敗を恐れるシェフに、オーナーは「自分が心から満足いくものができたら、たとえ失敗しても後悔はしないし、絶対に心は折れないものよ。そもそもシェフの料理は塩気さえあれば最高なんだから、失敗なんてありえない」と断言して励ます。

 この場面では、賄いを料理するはずのオーナーが悩んで作業が止まっていた。サービスマンたちは、オーナーは自分が賄いを食べたかったから励ましたのだと邪推するが、見事にシェフがやる気を出したのは確かで、伊賀くんは彼女の意図について、真相をいぶかしむ。

 想定される「普通」の展開を外すところに、今作の魅力はある。不真面目な人の自分勝手な言動が、反転して真面目な人の行動より大きな効果を生む。いい加減にふるまう人が、鋭く本質を突く。その小気味よさが作品の魅力である。 

 ではこの原作が、令和が始まったばかりの今、ドラマ化される意味はどこにあるのだろうか?

令和時代に佐々木倫子作品がドラマ化される意味。

 連続ドラマでは、ときどき既定のルールを外すような作品が出てくる。2000年代初めに深夜枠で放送された『トリック』(テレビ朝日)は、ミステリーの常識を解体して笑いに変えた。本作は、10数年にわたって流行し、定着した食ドラマの常識の解体を行っているのではないだろうか。

 『Heaven?~ご苦楽レストラン~』は、通常の食ドラマとは異なる。若い女性オーナーが趣味のように始める店、という設定と、経験ゼロのやる気がないサービスマンというキャラクターは、一般常識ではありえないが、ドラマ的な設定ではある。しかし、ドラマ的な「普通」でありがちな、料理人やスタッフの成長物語はなく、料理に関するうんちくや食欲を刺激する展開もない。店に来た客の人生も大きくは変わらない。佐々木作品なので、恋愛もない。しかし、考えてみればそれらは一般社会で「普通」のことである。

 私たちは、食が中心になる物語に慣れ過ぎたかもしれない。1983年に連載が始まった『美味しんぼ』以降、食のマンガやドラマが大量に世に送り出されてきた。それらの物語が描いてきたのは、作り手も含めて、料理が人を動かし変えていく話だ。味の追求やうんちくも多い。

 しかし、現実の世界で、料理が誰かの人生を変えることはめったにない。料理は人が生きる力の源であるが、普通の人にとっては、一緒に食べている相手との関係や、食べた後の生活のほうが重要であり、食が人生を変えるほど大きな影響を与えることはない。もしかすると、プロにとっても生活のルーチンに過ぎないかもしれない。このドラマが試みているのはもしかすると、食などのモノから、人間そのものへと、物語の主役を引き戻すことなのかもしれない。

ドラマに出てくるシェフの料理はおいしそうだが、それが脚光を浴びることはほとんどない(TBS提供)
ドラマに出てくるシェフの料理はおいしそうだが、それが脚光を浴びることはほとんどない(TBS提供)