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『まんぷく』主人公の福子は、献身的な「古い」タイプの女性なのか?

阿古真理作家・生活史研究家
1958年に生まれたチキンラーメンは、世界を変える発明だった。(筆者撮影)

 NHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』の放送も、後半戦。日清食品の創業者、安藤百福をモデルにした立花萬平(長谷川博己)は、先週からようやくインスタントラーメンの開発を始めた。クライマックスの発明まであと一息……ここまで本当に長かった。

 しかし、この番組で気になるのは、インスタントラーメンがいつ完成するかだけではない。なぜ、働く女性が珍しくなくなった今、妻で主人公の福子(安藤サクラ)は、献身的な内助の功型の女性に描かれているのだろうか? 

本当の主役は誰なのか?

 安藤百福のインスタントラーメン開発物語については、知っている人も多い。2000年代初頭に一世を風靡したドキュメンタリー番組『プロジェクトX』(NHK)その他で、くり返し紹介されてきたからだ。

 食の世界を変えた画期的な食品であるインスタントラーメンは、今や世界中で愛されている。食卓のお助けアイテムとして多くの家庭にストックされ、震災などの非常食としても役立ってきた。しかし、その発明に至るまでの安藤は苦労の連続で、史実通りに描いても十分にドラマチックで感動的である。

 その周知のエピソードをどう描くのかは、『まんぷく』の肝でもあった。そしてついに開発が始まり、主人公の福子は本領を発揮し始める。実はここまで、なぜ福子が今の時代に、裏方に回って献身的に尽くす女性に描かれているのか疑問だった

 NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)といえば、女性の一代記で働く主人公を描くことが多い。特に近年は実在の人物をモデルに、その職業のパイオニア的存在の女性を描いたものが多かった。2010年に放送された『ゲゲゲの女房』は、例外的に主婦を描いたと脚光を浴びたが……。そのとき主人公を務めた松下奈緒が、福子の姉役で出演しているのは、示唆的である。もしかすると、今回も「主婦」に光を当てたいのか。

 このドラマではときどき、主役は萬平ではないかと見える。内助の功を尽くす福子より、何度も刑務所に入れられたり、次から次へと新しい商品を開発しては実用へ結びつける萬平のほうがキャラクターが強く、目立つからだ。

 実際、『まんぷく』を制作しているNHK大阪放送局は、2014年度に『マッサン』で、ニッカウヰスキー創業者夫婦をモデルにした、ダブル主演に挑んでもいる。今回も、福子が主役と言いながら実は夫婦2人が主役であってもおかしくない。というより、自らは企画力を持たない福子は、萬平がいなければ内助の功を発揮しようがない。

 しかし、萬平も自分を信じて支えてくれる福子がいなければ、発明家としても起業家としても、成功できなかっただろう。それは、福子とは対照的なキャラクターとして、彼女の母、今井鈴(松坂慶子)を据えたことで、よく見えてくる。

 鈴は常識人で見栄っ張り。萬平が新しいことに挑戦するたびに、悲観的な展望を語り、世間体が悪いからと止めたがる。そして、成功が明らかになるまで、クドクドと不満を言い続ける。鈴の夫は失敗した発明家として亡くなっているが、それはもしかすると臆病な鈴を妻にしていたからかもしれない。

福子は、本当に古いタイプの女性なのか?

 ドラマが描く立花夫妻の道のりは、とても困難だ。まず、鈴が経済的な不安定を理由に結婚に大反対。しかも、濡れ衣の犯罪容疑で萬平は逮捕されてしまう。刑務所で受けた拷問がもとで徴兵検査に落ちた萬平は、国のために役に立てない苦しさも味わう。

 戦後、萬平は大阪・泉大津で製塩業を始めるも、部下が手りゅう弾を使って魚を獲っていたためにGHQに全員逮捕され、再び刑務所に入れられてしまう。友人でもある商事会社社長の世良勝夫(桐谷健太)に、売り上げをピンハネされたこともある。

 次にダネイホンという栄養食品を開発して、東京に支店を置き全国販売に乗り出すが、知名度が上がったために、脱税容疑でスケープゴートにされて逮捕され、拘留される。罰金と税金を支払うため、会社はたたまざるを得なくなる。

 その後、大阪・池田の信用組合理事長に納まるも、都市銀行から資金援助が止められたことが噂になって取り付け騒ぎが起き、責任を取って辞職し全財産を失う。失業者になってようやくラーメンの開発に取り組む。

 厳しすぎる苦労をしているように見える萬平。しかし、その苦労の側面は安藤百福自身の体験に沿っている。

 安藤は、戦中と戦後の2回逮捕されて刑務所に拘留されている。2度目はやはり脱税容疑。台湾出身の安藤は中国系の信用組合の理事長になるも、不良債権が大量発生して破綻したことで、全財産を失っている。ちなみに、チキンラーメンの発想の素は、台湾の鶏絲麺(チースーメン)である。

 こんな男と離婚もせずに支え続ける日本人の妻、仁子はよほどの信頼を夫に置いていたのだろう。しかし、これまでに描かれた安藤百福伝で、妻の存在感は薄かった。その姿をしっかり描くのが『まんぷく』である。

 福子と萬平は強い絆で結ばれている。萬平の才能を信じる福子は、彼が見たことがない発明をするのを、「ワクワクする」と応援し、彼が余計なことに気を取られないよう支える。そして塩の開発のときから、金策に走り回ることを引き受ける。実は、福子は単なる内助の功型の女性ではない。むしろプロデューサー型といえる。その力量が、クライマックスのインスタントラーメン開発の際、くっきりと浮かび上がってくるのである。

福子の主婦力が導いた発明。

 これまでも世の中の役に立つ発明を考えて来た萬平は、自分を支えてくれる福子のような主婦に役立つものを、と考え日頃の家事で何が大変かをヒアリングする。そして、食事の支度がラクになるインスタントラーメンを発想するのである。夫婦がラーメン好きなことは、くり返し食べるシーンを描くことで表現されてきた。

 萬平は、おいしく、安く買え、便利で、常温で保存できること、安全であることを条件に据える。発展途上にあった国で庶民のために必要とした製品の特長は、世界中に通用するものであり、やがて非常食としても役立つ力を発揮するようになっていく。

 開発にあたり、支える福子が主婦であることは重大なポイントである。もし、夫婦が仕事をしていて、お手伝いさんを雇っていたり、母に全面的に家事を任せていたら、福子に主婦の苦労はわからなかったはずである。そして、日々料理している福子の発想力と行動が、萬平の着想に貢献していく。

 出汁は何がいいかと悩む萬平に、福子は家族が好きな「鶏ガラではどうですか?」と提案する。また、切り詰めた生活の中で、とろろ昆布にお湯をかけて作る簡単吸い物を作る福子を見て、萬平は理想のラーメンの原型を観る。お湯を注ぐだけで戻り、味が染み出てスープとなるラーメン。ここまで来ると完全にイメージは出来上がっている。

 安藤百福の開発物語を知っている人は、乾麺の作り方についても福子の主婦としての行動が役に立つことを知っているだろう。福子は主婦でなければならなかったのである。そして、プロデューサー・福子の支えによって、萬平は心ゆくまで試作をくり返し、誰も思いつかなかった世界に通用するインスタントラーメンを生み出すのである。

 立花萬平という人は、結婚には不利な条件がそろっていた。経済的に安定が約束されない発明家で、両親を早くに亡くした苦労人である。身元保証人がおらず、家族を養えるかどうかわからない男性である。

 もし、彼が結婚できなかったら、あるいは鈴のような常識人を伴侶に得ていたら。ありえたさまざまな可能性を想像すると、福子という妻がいなければ、インスタントラーメンは生まれていなかったのかもしれないことに思い至る。

 安藤百福の物語は、ネガティブな条件を反転する人間の可能性を伝えて、多くの人の心を捉えてきた。そして今回のドラマは、その裏方の存在に光を当て、支える人の力の大きさを示した。実は福子が萬平の右腕であった、という描き方は、やはり女性の活躍が求められる現代ならではのものと言えるだろう

チキンラーメン開発ののち、安藤百福はカップラーメンも開発する。ドラマはそこまで描くのだろうか?(筆者撮影)
チキンラーメン開発ののち、安藤百福はカップラーメンも開発する。ドラマはそこまで描くのだろうか?(筆者撮影)
作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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