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長寿テレビ番組『食彩の王国』から見える「食」という題材の魅力とは?

阿古真理作家・生活史研究家
『食彩の王国』では、毎回食材が主役になる。(テレビマンユニオン提供)

 21世紀になって、食の情報は格段に増えた。もちろんインターネットの普及は大きいが、既存のメディアによる情報発信も多い。『孤独のグルメ』(テレビ東京系)などの食を中心にしたドラマが次々と放送される。マンガ作品も多い。新聞や雑誌が食を切り口に報道する。なぜこんなに食のコンテンツが増えたのだろうか。20世紀の終わりにマンガの『美味しんぼ』やバラエティ番組『料理の鉄人』のヒットなどで、食という題材の魅力が発見されたことが大きいのかもしれない。では、その魅力とは何か。

 16年続く食材を主役にしたドキュメンタリー『食彩の王国』(テレビ朝日系)は、実にさまざまな切り口で視聴者を引きつけてきた。この番組の長寿の秘訣を探ることで、食というコンテンツの魅力を浮かび上がらせてみたい。

主役は、食材ではなく食材を取り巻く人々かもしれない。

 『食彩の王国』は、毎週土曜日の朝9時半から、東京ガス一社提供で放送される関東ローカルの30分番組だ。始まったのは2003年10月で、2019年1月26日で764回の放映になる予定だ。鮭、コメ、サツマイモ、トマト、豚肉など、一つの食材を取り上げ、生産現場や料理、歴史などさまざまな切り口で紹介する。

 生産者の家族が工夫した産地ならではの家庭料理、その食材に精通した料理研究家のアイデアレシピ、プロの料理人が作り上げる目にも鮮やかな一皿まで、毎回異なる腕自慢の料理場面のファンもいれば、小松菜は徳川吉宗が小松川で出されたすまし汁に感動して命名されたといった、歴史的背景に興味を持つ人もいるだろう。栽培の苦労話、漁の現場などのルポに感動する人もいるかもしれない。

 2018年の放送回の一部から、内容を簡単に紹介しよう。6月9日は山形県を舞台にした山菜。山菜料理専門宿の4代目は、新たな料理法のアイデアを学びに、山形の在来野菜でイタリアンを作る山形県鶴岡市の有名店、アル・ケッチャーノの奥田政行シェフのところへ相談に行く。実は奥田シェフは駆け出しの頃、この山菜料理専門宿で修業した経験があった。

 9月29日のテーマはナス。主役は、大正時代に都市化が進んで消えていた在来野菜、雑司ヶ谷ナスだ。在来野菜とは、地域で受け継がれてきた独自の特徴を持つ野菜。幻の在来野菜を復活させた農協職員、採種を行う東京都立瑞穂農芸高校の生徒たち、江戸料理研究家や野菜料理を得意とするシェフまで、多彩な人が雑司ヶ谷ナスに関わる。トゲが多いナスを、傷つけずに育てる生産者の工夫も紹介する。

 11月24日は卵。大阪府茨木市で2013年に就農した養鶏家の若者を中心に描く。ビール粕やエビの殻など、地元企業を回ってもらい受けた食糧廃棄物をエサにするなど、山口県祝島で感銘を受けた循環農業を試みる。借り受けた棚田に自分で建てた鶏舎は、この年起きた大阪府北部地震や西日本豪雨で大きな被害を受けた。支えてくれる地元の仲間たちに感謝の気持ちを伝えるため、卵の納入先のフレンチシェフに料理を依頼する。

 食材に関わる人々が魅力的に見えるのは、番組の作り手の力かもしれない。企画当初から関わるテレビマンユニオンのエグゼクティブプロデューサー、土橋正道さんは「食材はモノなので気持ちは通わせられない。命を吹き込むのは、人の情熱。人々がどれだけ食材に手間をかけ、汗を流しているか。人の歴史をたどることで “味”が出てくる」と考え、制作している。

企画段階からずっと番組プロデューサーは、テレビマンユニオンの土橋正道さんが務めている。(筆者撮影)
企画段階からずっと番組プロデューサーは、テレビマンユニオンの土橋正道さんが務めている。(筆者撮影)

飽きさせない工夫。ポイントは二つ。

 番組が魅力的な理由は二つある。一つは「食材を主役にする」というテーマ設定が鮮明に表れていること

 長年、料理番組を提供してきた東京ガスと、代理店のビデオプロモーションが、新しい料理番組の企画の相談に、制作会社のテレビマンユニオンを訪れたのは、放送開始からさかのぼること1年もしくは1年半前。土橋さんが提案した、生産現場の紹介、レストランの紹介、レストラン対決、地方色を描くなどの企画はことごとくボツ。最後に選ばれたのが、食材を主役にする企画だった。

 食材を中心にするため、番組ではスタート当初、あえて二つの定番手法を禁じ手にした。一つは焦点を明確にするためレポーターを使わないこと。二つ目は、土橋さんが動物的で恥ずかしい、と食べる場面を最初のうちは全く使わなかったことだ。番組の核が何か明確でぶれないことが、一番のポイントだ。レポーターが登場しない替わり、ナレーションは薬師丸ひろ子に依頼した。ちょうど食に対して問題意識を持っていた彼女は、収録3日前から原稿を読み込んで臨む熱心さを持ってくれている。

 もともとが料理番組なので、「最初から食材をきれいに撮る、調理の過程を美しく撮る、できあがったものをおいしそうに撮るといった、シズル感は大切にしてきました」と土橋さん。見た人が、料理したい、食べたいと思ってくれることを心掛けているという。

 二つ目のポイントは、スタッフの力だ。16年間ずっと関わってきたのは土橋さんだけで、制作スタッフはもちろん、テレビ局、代理店、東京ガスまで、他のスタッフはメンバーが入れ替わってきた。テレビ朝日側のプロデューサーの好みや意向もその都度変わるし、取材者やリサーチャーが変われば当然、集めてくる素材も変わる。

 番組で育ったスタッフも多い。制作スタッフは8対2で女性。出産・育児で離れた後、一段落したら戻ってくる人もいる。卒業してほかのジャンルのテレビ番組制作で活躍する人もいる。注目を集めやすいタレント出演者に頼れない、予算が限られるなど制約が多い中で工夫する知恵が身につき、人が育つと土橋さんは言う。「彼女たちは親子ほど年が離れた僕に、思い入れのある取材を生かすために突っかかってくる」と笑う土橋さん。風通しがいい現場での丁々発止のやり取りも、質の向上に役立ってきたのだろう。

 皆が熱心に関わる点も土橋さんは強調する。「新年会か忘年会には、必ずテレビ朝日の各セクションの人、薬師丸さんも東京ガスさんも代理店も制作者もみんな来る。みんなが大事に育ててきた番組だと思います」

海苔が主役の回もあった。養殖された海苔の様子。(テレビマンユニオン提供)
海苔が主役の回もあった。養殖された海苔の様子。(テレビマンユニオン提供)

注目は在来作物と人間ドラマ。その理由とは?

 人の入れ替わりなどもあり、番組の切り口はその都度変わってきた。最初の頃は、食材を読み込んだ俳句を紹介するなど、歴史的・文化的背景と歳時記を描くことに力を入れた。料理の種類をたくさん紹介した時期もある。そして時代性は、常に意識してきた。

 土橋さんが近年気になっているのは、在来野菜だ。先に紹介したナスの回では、国内外から集めた貴重な種を保管するつくば市の農研機構・遺伝資源センターの収蔵庫や採種するために肥大したナスまで、なかなか見られない種を守る現場まで踏み込んでいる。

 番組には、貴重な食材を守り広めようと試みる料理人が何人も登場する。進んで食文化の伝道者としての役割を引き受ける料理人が増えているのは、「アイデンティティを大事にする世界的な流れの中に、日本もある」からと土橋さんは分析する。

 在来野菜は、現代を象徴する食材の一つだ。高度経済成長によって、農業の世界にも大量生産の波が訪れた。効率的に生産できる一代限りの交配種、F1の野菜の栽培が増えたことで、在来作物が危機に瀕した。その復興を試みる人たちと、特徴ある味わいの作物に焦点を当てる放送回が最近目立つ。「番組はサブテーマとして日本人が何を食べて来たのか、がある。そういうものを大事に発掘してきた」からと土橋さんは語る。

 食材というテーマの魅力は、このように料理だけでなく、関わる人、歴史、文化など多彩に展開できる点にもある。人間の営みに欠かせないものであり、塩を除く食材は皆、生き物である。作り手が視野を広げれば、いくらでも切り口は出てくるのだ。

 土橋さんがもう一つ気になっているのは、人間よりも食べ物に注目する食のメディアが増えたことだ。それは、社会の人間関係の希薄化も影響していると考えられる。しかし、土橋さんは最近、あえて人に注目する構成を心掛ける。一石を投じた番組が波紋を広げられたら、とひそかに願っているのだ。

 一つの長寿番組を通じて、人間の営みとして欠かせない食の多様な側面が浮かび上がる。そして、平凡な食材が雄弁に社会の今を語り始めるのである。

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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