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ヴァージン・オービット打ち上げ失敗? 英国内から史上初の衛星軌道投入前に中継打ち切り

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit : Virgin Orbit

2023年1月9日午後10時16分(日本時間10日午前7時16分)、イングランド南西部のコーンウォール宇宙港から、英国の実業家リチャード・ブランソン氏が設立した米国のロケット企業ヴァージン・オービットの空中発射型小型ロケット「LauncherOne(ランチャーワン)」による英国内からのロケット打ち上げが行われた。ランチャーワンは超小型衛星を搭載し、母機となるボーイング747-400からから分離後およそ4秒で上昇を開始し、離陸からおよそ2時間後に第2段の2回目の点火を前に打ち上げ中継が突如中断した。高度約550キロメートルの軌道に9機の衛星を投入をしようとしたものの、ヴァージン・オービットは「衛星の軌道到達を妨げている異常があるようだ」とツイートした。母機は無事に帰還している。

英国では1970年代はじめに中断したロケット打ち上げ再開と、英国土内から史上初の衛星の軌道投入が期待されたが、成功とはならなかった。ヴァージン・オービットは2023年以降に日本の大分空港でも衛星打ち上げを目指しているが、まずは打ち上げ時の異常の究明が先になる。

コーンウォール宇宙港での打ち上げ準備 Credit : Virgin Orbit
コーンウォール宇宙港での打ち上げ準備 Credit : Virgin Orbit

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Credit : Virgin Orbit
Credit : Virgin Orbit

コズミック・ガールからランチャーワンの分離時の画像。出典:ヴァージン・オービット中継画像より
コズミック・ガールからランチャーワンの分離時の画像。出典:ヴァージン・オービット中継画像より

ランチャーワンは、全長21メートル、離陸時重量約26トンの2段型液体燃料ロケットで、最大300キログラムのペイロードを搭載できる。ボーイング747-400の母機「コズミック・ガール」の下部にロケットを取り付けて空中から発射する方式で、英国の場合はコーンウォール宇宙港を離陸後、約400キロメートル離れたアイルランド南側の海上の高度約10キロメートル付近でロケットを分離する。

これまでランチャーワンは2021年1月に米国で初の打ち上げミッションに成功し、カリフォルニア州のモハーヴェ砂漠にあるスペースポート・アメリカからNASAや米宇宙軍などの超小型衛星打ち上げを4回実施してきた。米国外からのランチャーワン打ち上げは今回の「Start Me Up」ミッションが初となり、英国やポーランドの企業が開発した超小型衛星を高度約550キロメートルのSSO(太陽同期)軌道に投入する計画だった。

搭載された超小型衛星

  • Prometheus-2:英国国防省の出資で開発された2機の超小型衛星。光学地球観測とGPS信号などの電波のモニタリングを行う
  • AMAN:オマーン初の人工衛星。開発はポーランドのSatRev
  • CIRCE:英国国防科学技術研究所と米国海軍研究所の共同開発による電離層観測のための2機の超小型衛星
  • DOVER:民間測位衛星の技術試験機
  • ForgeStar-0:ウェールズの企業が開発した宇宙製造の技術試験衛星
  • IOD-3 AMBER:スコットランドの企業が開発した海上モニタリング衛星
  • STORK-6:ポーランドの企業が開発した地球観測衛星。ホステッドペイロードも可能。

大分空港からも打ち上げを計画

ランチャーワンは母機のボーイング747が離着陸可能な場所であれば理論的にはどこでも衛星打ち上げが可能になる。ロケットを地上から発射する方式の射場よりも場所を選ばないことから、米国ではスペースポート・アメリカのほかグアムでも可能で、潜在的な射場は世界中にある。打ち上げ日時を柔軟に設定できることから衛星の受け入れは主衛星であれば契約から9カ月、相乗り副衛星であれば契約から6カ月で打ち上げが可能だという。ヴァージン・オービットの決算報告によれば、2022年9月末の時点で1億5150万ドル(約200億円)の打ち上げ契約を獲得し、契約に達する前の覚書といった段階の潜在的な収益の見込みは4億2370万ドル(約560億円)相当だという。

2018年に宇宙産業法を制定した英国は、空中発射を「水平打ち上げ」、地上から直接ロケットを打ち上げる方式を「垂直打ち上げ」と呼んで英国内からの衛星打ち上げを後押ししてきた。1971年のブラック・アロー3号機による「プロスペロー」衛星の打ち上げ成功を最後に独自のロケット開発を中止し、ESA(欧州宇宙機関)の参加国として小型衛星開発を中心に宇宙活動を続けてきた英国にとっては、本格的なロケット産業の再開となる。過去にはボリス・ジョンソン元首相が機体の視察に訪れたほか、リシ・スナク首相も期待のコメントを寄せていた。

英国のほかに日本ではANAホールディングスが大分空港での打ち上げ目指してヴァージン・オービットと提携を発表しており、ブラジルのアルカンタラ射場でも打ち上げが計画されている。

「即応宇宙」と言われるオンデマンドの打ち上げ体制を実現したと誇るヴァージン・オービットだが、射場となる各国の受け入れ体制の点ではまだリスクもある。英国は英国宇宙庁(UKSA)を中心にランチャーワンの活動を支援してきたものの、2021年秋にコーンウォール宇宙港が打ち上げ許可の申請を行ったと発表してから、審査機関の英国民間航空局(CAA)が実際に許可を発行するまで15カ月を要した。許可の発行は最短で9カ月との見通しから2022年夏に「エリザベス2世のプラチナジュビリーに合わせて打ち上げ」と期待していたヴァージン・オービットだが、さらに半年間待たされることとなった。

衛星の低コスト化と小型衛星の機能強化の流れを受け、2010年代後半からは小型衛星の打ち上げ数が急増してきている。対応する小型ロケットの開発が盛んで世界には70社、100社といった新興ロケット企業が存在する。ただし現時点で成果を上げているのはニュージーランドで創業したロケットラボやヴァージン・オービットなど中国企業も含む数社に限られている。一方でインドのPSLVロケットや2019年に小型衛星打ち上げ事業に参入を表明したスペースXのファルコン9のように、大型ロケットに多くの小型衛星をまとめて搭載するライドシェア事業もある。ライドシェアは衛星1機あたりコストを下げることができ、小型ロケットはコスト以外の面で競争を迫られている。今後は審査の迅速化というロケット企業側の努力だけではままならない部分を短縮化していくことも、宇宙産業の育成に必要であることが見えてきている。新型ロケットに失敗はつきものだが、打ち上げ再開まで事業を維持する体力が問題になる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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