「5G通信で気象予報の精度低下」NASA、NOAAとFCCの論争が激化

打ち上げ予定のJPSS-2衛星。Credit: Orbital ATK

次世代モバイル通信網5Gが使用する周波数帯域の一部が米国の気象衛星の使用する帯域と干渉し、ハリケーン観測など気象予報の精度が最大で30パーセント低下する恐れがある。2019年春ごろからNASA、NOAA(アメリカ海洋大気庁)の2機関とFCC(連邦通信委員会)との間で論争が始まり、調整が難航している。欧州諸国が参加する国際会議での5G規制議論に持ち込まれる可能性もある、と科学雑誌サイエンスが報じた

2016年、台湾付近の台風17号(MEGI)を捉えたスオミNPP衛星の画像。Credit: NOAA
2016年、台湾付近の台風17号(MEGI)を捉えたスオミNPP衛星の画像。Credit: NOAA

サイエンス誌2019年8月9日号の記事によれば、2019年3月にFCCは米国で5Gの帯域として使われる24ギガヘルツ帯の周波数オークションを開始した。その直前、NOAAの監督省庁である米商務省のウィルバー・ロス商務長官とNASAのジム・ブライデンスタイン長官が共同でFCCに対してオークション延期を求める書簡を送った。これは、気象衛星が大気水分量を観測するために使用する23.8ギガヘルツの帯域と、5G向けの24ギガヘルツ帯が近接しており、電波干渉によって気象観測の精度が低下することを懸念したものだ。

NOAA、NASAが共同で運用する気象衛星群JPSSは、5機の人工衛星から構成される気象観測システム。2011年にSuomi NPP(スオミNPP)、2017年にJPSS-1衛星を打ち上げ、2031年までかけて衛星網を完成させる計画だ。日本の気象衛星ひまわりのような静止軌道ではなく、地球を南北に周回する軌道を通り、大気の温度、湿度、高度別のオゾン量や雲の分布、海面温度などを観測することができる。日本の気象庁もJPSS衛星のデータを受信している。

23.8ギガヘルツ帯を使用するATMS(クロストラック走査マイクロ波放射計)。Credit: Ball Aerospace & Technologies Corp.
23.8ギガヘルツ帯を使用するATMS(クロストラック走査マイクロ波放射計)。Credit: Ball Aerospace & Technologies Corp.

JPSS衛星3機に搭載されるATMS(クロストラック走査マイクロ波放射計)は大気の温度と湿度を計測するセンサーで、23~184ギガヘルツのマイクロ波を使用する。今回、NOAA、NASAの懸念の対象となったのはこのATMSの観測への影響だ。毎日の天気予報の基礎データとして欠かせないほか、長期間に渡って大気の水分量を観測することで気候変動のモデル作成にも使用される。

JPSS-1衛星の観測機器取り付け。ATMSは衛星の下部にある。Credit: Ball Aerospace & Technologies Corp.
JPSS-1衛星の観測機器取り付け。ATMSは衛星の下部にある。Credit: Ball Aerospace & Technologies Corp.

しかしFCCはオークションを開始し、T-モバイルとAT&Tが一部を購入した。5G帯の電波とJPSS衛星が使用する周波数帯の間には緩衝領域があるものの、電波干渉が起きるのではないかとの懸念が高まった。ニューヨークやマイアミのような沿岸地域の大都市で干渉が起きると、ハリケーン予測に多大な影響があるという。

NOAA調査報告書を巡る攻防

2019年5月16日、NOAAのニール・ジャコブス副長官は議会で「FCCが定める帯域外発射の許容値マイナス20デシベルワットでは規制が甘く、77パーセントの衛星データ損失が発生する。このため、気象予報の精度が30パーセント低下し、1980年当時の精度になってしまう」と証言した。また、「事前にハリケーンを予測する期間が2日から3日ほど短縮される」という。NASAのブライデンスタイン長官もこの懸念を補強した。また、NOAA・NASAの気象衛星を使用する米海軍、海兵隊による、5Gによる電波干渉が降雨、降雪から海水面、熱帯のサイクロン地域での気象予測にも影響を及ぼすとのメモも明らかになった。

スオミNPP衛星が捉えた赤外線による台風の熱の分布。CREDIT: UWM/CIMSS/SSEC, William Straka III
スオミNPP衛星が捉えた赤外線による台風の熱の分布。CREDIT: UWM/CIMSS/SSEC, William Straka III

しかし、FCCのアジット・パイ議長はジャコブスNOAA副長官の証言に真っ向から反論。「NOAAは5Gでは高い指向性を持ったビームフォーミングが可能である点を考慮に入れていない。5Gが使用する帯域と衛星の帯域との間には250メガヘルツもの緩衝領域があり、帯域外発射の許容値も十分だ」と述べた。また「すでに4万箇所の5Gアンテナが稼働しているにも関わらず、電波干渉は報告されていない」という。

その後もNOAAとNASAとは5Gの気象観測への影響を精査している。調査報告書の最新版(非公開)を知る人物によれば、帯域外発射をマイナス42デシベルワットまでに制限することが求められるという結論が記載されているという。これは、現行のFCCの制限よりも厳しい値だ。

2機関とFCCの議論は平行線をたどっており、7月に予定されてた全米アカデミーズ開催による議論ためのワークショップは、FCCが出席を拒んだために中止となった。議論は国際会議の場に移る可能性がある。

インターアメリカ電気通信委員会の8月会合では、5Gの制限に関する合意形成が議題になる。ジャコブス副長官は、議会スタッフ向けのブリーフィングを行い、合衆国がオタワの会合でマイナス28デシベルワットの制限を許可しようとしていると述べたという。これは、現行のマイナス20デシベルワットよりは厳しいが、依然として気象予測精度への潜在的リスクはある。

また、10月からエジプトで国際電気通信連合(ITU)無線通信部門の会議である世界無線通信会議(WRC-19)が開催される。NOAAと気象の協調観測を行っている欧州はより慎重な案を持っており、WRC-19で帯域外発射の規制値としてNOAA・NASAと同じマイナス42デシベルワットを提案する方向だという。国連の世界気象機関(WMO)は、さらに厳しいマイナス55デシベルワットの制限を提唱しようとしている。

5Gで使用する周波数帯と近接する気象衛星、地球観測衛星の帯域 CREDIT: (GRAPHIC) N. DESAI/SCIENCE; (DATA) ITU/ERIC ALLAIX
5Gで使用する周波数帯と近接する気象衛星、地球観測衛星の帯域 CREDIT: (GRAPHIC) N. DESAI/SCIENCE; (DATA) ITU/ERIC ALLAIX

米国内でFCCがNOAA、NASAに対し強硬な姿勢を見せる背景には、5Gを推進する政府と産業界の意向があるとされる。NOAAが気象衛星への影響を調査した報告書を公表する時期も明言されていない。今後、NOAAはJPSS衛星のデータ損失を補強する技術によって問題解決を図る道筋もあるが、それは議論を避けたともいえる。サイエンス誌記事では、5Gの24ギガヘルツ帯以外に50ギガヘルツ、55ギガヘルツ帯にも大気温度観測のため衛星が使用するものに近い帯域があるとしている。また、衛星観測データの送信に使用する帯域でも干渉が起きる可能性があると学術機関が指摘しており、問題が再燃する可能性がある。