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全米オープン:スピード決着で初戦突破の錦織圭。相手の棄権引き出した地力に勝る圧巻のプレー

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

○錦織圭【7】(JPN)[ 61 41ret  M・トルンゲリッティ●(ARG)

 オープニングポイントは、バックサイドに大きく振られた中で放つ、鋭角の高速パッシングショット。

 続く2つのポイントは、フォアから左右に放たれる強打で奪ったものでした。最後は、錦織のリターンを恐れた相手が犯したダブルフォルトで、いきなりつかみ取ったブレーク。この時点で対戦相手のトルンゲリッティは、勝利への可能性が極めて小さいことを感じたのではないでしょうか。

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 アルゼンチン出身の小柄なストローカーは、錦織と誕生日をわずか1カ月隔てた29歳。キャリアの大半をツアーの下部大会で過ごし、グランドスラムでの戦績は全仏オープン2回戦が最高です。他にも全豪の出場経験はあるものの、全米オープンは今回が初めての本戦の舞台でした。

 その本戦初戦での錦織との対戦を知った時、「大きな舞台で、トップ選手と試合するのが夢だった」という彼は、喜びに胸を満たされたと言います。

 予選3試合を戦ったことの疲労は、ほとんど無いというトルンゲリッティ。ただ、グランドスラムの初戦では誰もが硬さを覚え、オーバーペースでケガや痙攣に襲われることも珍しくありません。今回、初の全米でトップ10選手と戦う彼が、緊張感と高揚感で、本人も知らずしらずのうちに、身体に負荷を掛けていたとしても不思議ではないでしょう。果たして本戦初戦では、第1セットの第6ゲームで錦織が放ったスライスを拾いに走った時、トルンゲリッティの脇腹に痛みが走ったと言います。その後、治療を受けプレーを継続しますが、もはや勝利は絶望的と悟った彼は、第2セットも錦織が4-1とリードした時点で棄権を申し出ました。

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 わずか47分でのスピード勝利に、錦織は体力を温存できたことに安堵する一方で、「本当はもうちょっとやって、試合勘なり緊張感なりを味わいたかった」との本音も漏らします。今夏、北米ハードコート未勝利でUSオープンを迎えていただけに、良い感覚とリズムを試合でつかんでおきたかったのは本音でしょう。

 同時にこの日は、戦前から掲げていた「攻め急がない」という課題を実践できた快勝でもありました。「集中力もあり、攻めるところはしっかり攻めることができた。相手の強い部分もあったが、そこも自分のテニスで封じられた」という力強い言葉も口に。なにより相手が早々に棄権を決断したのも、錦織の圧巻のプレーがあってこそでしょう。

 勝利と自信を喪失した状態で大会を迎えながらも、充実の練習を重ねて調子を上げていく今年のプロセスは、ベスト4入りした昨年と似ていると錦織は言います。だからこそ、「今年も大丈夫かなと。自信こそ無かったが、気楽に(試合に)入れていた」と、どこか泰然自若と構えられている様子。

 この悠揚として迫らぬメンタリティが、この先の戦いでもプラスに働くかもしれません。 

※テニス専門誌『Smash』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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