Yahoo!ニュース

BNPパリバオープン:ベスト8進出の大坂なおみは、過去は振り切り未来のみへと目を向ける

内田暁フリーランスライター
試合後の会見で、時折ジョークを交えながら記者の質問に応じる大坂なおみ(写真:Shutterstock/アフロ)

■4回戦 ○大坂なおみ 6-1, 5-7, 6-1 M・サッカリ■

「もう、やだー!」

 今にも泣き出しそうな声が、コートサイドにまで響いた。その2ポイント後には、フォアのショットを大きくミスし、頬を膨らませてラケットを放り投げる。

 第1セットを6-1で取りながら、自らのミスが目立ち2-5とリードされた第2セット――。大坂なおみは駄々っ子のようにあらゆることに苛立ちながら、うつむきラケットを引きずるようにしてベンチへと戻っていった。

「集中力を切らせてしまい、ミスが増えた自分に腹が立ってしまっていたの」

 後に大坂は、その時の心境を明かす。もっとも、そのような姿を大坂がコート上で見せるのは、今に始まったことではない。むしろ、主導権を握りながら一つのミスを境に心を乱し、坂道を転がり落ちるように敗れた試合は、これまでにも幾つもあった。この試合を見ていた多くの人達の脳裏では、そんな過去の大坂の姿が蘇り、コート上の彼女と重なったはずだ。

 だが当の大坂は、「以前の敗戦の記憶が蘇ったりはしなかった。もう過去は乗り越えた」と断言する。

「あの時に私が考えていたことは、もう一度集中し、悪かった点を修正することだけだった」

 そこが昨年と比べて良くなった点であり、自分でも嬉しいこと――淡々と質問に答える口元が、少し綻び笑みが溢れる。如何なる状況下でも気持ちを切らさずポジティブな姿勢を貫くことこそが、彼女がこの数ヶ月、重点的に取り組んできた課題だった。

 

 その成果を、彼女はコートの上で証明する。第2セットは結果的に失うものの、終盤にブレークバックし相手にプレッシャーを掛けた。

 勝負の第3セットでは、それまで手を焼いた高く弾むフォアを確実に打ち返し、甘いボールが来れば迷わず、自慢のフォアを鋭く振り抜いた。こうなると今度は相手に「繋いでいるだけでは、いつか攻められる」という焦りが生じる。焦りはミスを引き起こし、さらなる重圧を生む。その相手の心の揺らぎを逃さず、大坂は集中力を一層研ぎ澄まし、加速をつけたまま勝利まで走りきった。

 

 グランドスラムに次ぐグレードの、プレミア・マンダトリー大会でのベスト8――。

 それは既に彼女のキャリア最高とも言える結果であり、この大会での日本人ベスト8以上となると、1996年の伊達公子以来の戦績でもあった。だがそのような記録を伝え聞いても、大坂に満足の様子はまるでない。

「ベスト8で止まりたくない。まだまだ勝ち続けたい。それは、誰かが作った記録を破りたいからではなく、誰もやったことがないことを成し遂げたいから」

 

 まだ、誰も見たことがないことをやりたい――それは彼女が、以前にも口にした言葉。

 過去の自分を乗り越えた大坂が目指すのは、過去の偉人が作った記録を破ることではなく、新たな歴史を築くことだ。

 

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事