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土居美咲、クレー巧者の「いやらしさ」に屈するも、「自信になる」プレミア5ベスト8:BNLイタリア国際

内田暁フリーランスライター

BNLイタリア国際準々決勝 ●土居美咲 2-6, 6-7 イリナ-カメリア・ベグ ○

「やりにくい……」

それが、この日の土居の戦いを表現するのに、もっとも相応しい言葉だったでしょうか。

イタリア国際のベスト4で対戦したのは、先週のマドリード・オープンでもベスト8まで勝ち上がった、クレー巧者のベグ。一発で決める強烈なストロークを持っている訳ではない。どんどん攻めてくる訳でも、かといってドロップショットやボレーなどの巧みな技を見せつけてくる訳でもない。それでも、急に失速するようにコートに落ち、そこから高く身体に向かってくるように弾むベグのショットに、土居は何よりも「いやらしさ」を感じていたと言います。

「ゆったりしたペースで、軌道がドローンと来るというか、ぐわーんというか……」。

「いやらしさ」の成分を説明しようとするも、「全部、擬音になってしまいますね」と苦笑い。その表現の難しさにこそ、ベグのショットの精髄があります。また、弱点であるバックの高い位置を狙われたことも、土居がリズムをつかめなかった一旦でしょう。これまで、上位勢を切り切り舞いさせてきた回り込んでのフォアを発揮する場面が少なく、バックのミスが目立つように。赤土を巻き上げるつむじ風のような強風も、土居の戦いをより難しくさせます。条件は両者同じと言えど、子供の頃からクレーで育ってきたベグは、滑るコートの特性を生かして最後の一歩の距離を伸ばし、土居の強打を拾ってきます。第1セットは、相手に3度のブレークを許した土居が2-6で落としました。

それでも第2セットに入ると、土居は徐々に、相手の「いやらしい球」に適応していきます。同時に、“プレミア5”でベスト4が掛かった緊張感が、ベグに圧し掛かってもいました。そんな相手の心の揺らぎも感じとった土居は、ミスを減らし、じっくり打ち合いながらフォアで決めるようになります。第2セットも先にブレークを許す苦しい展開ながら、直後のゲームをブレークバック。第8ゲームで2本のブレークチャンスを逃すも、その直後に面した3本のブレークポイントを凌ぐ粘りと勝利への執念も発揮します。

しかしタイブレークでは、勝負に出て決めにいったフォアがネットに掛かり、相手を楽にしてしまいました。勝利の瞬間、ラケットを落とし両手で顔を覆うベグの姿が、感じていたプレッシャーを…そして彼女にとっても初となる、プレミア5ベスト4の大きさを物語っていました。

一方、その歓喜を逃した側にあたる土居は「セカンドセットはチャンスがあった。そこを取ればかなり可能性は大きかったと思う」と悔しさをにじませつつも、「バックの処理の仕方だったり、サービスキープの仕方だったり」と、改善すべき課題を既に明確にしていました。「トップの選手にも勝てたし、今日の負けは悔しいけれど、次につながる良い大会だった」と、大会その物からは大きな収穫を得た様子です。

隣のコートからの雑音に惑わされる中で勝ち切った初戦や、上位選手に追い上げられながら振り切った2回戦。そして、実力的にはほぼ互角ながら苦手としてきた相手に逆転勝利を収めた3回戦など、今大会の土居は、特に精神面での強さを発揮し3つの勝利を重ねました。

すると直ぐに「コツ」やら「秘訣」など、短絡的に成功の解を求めてしまうのが、常にこちらの悪い癖。今回も思わず「何かいつもの大会と違うことをしたり、メンタルを安定させるために心がけたことはありますか?」と聞いてしまったのですが、土居は「違うこと?」と困ったように笑い、少しだけ考えた後に「いや、特には。今まで経験してきたことと、トレーニングの積み重ねです」と言いました。

まさに、ローマは一日にして成らず――。さらなる「経験」を積み重ね、より確かな「自信」を得るべく、土居は直ぐに次の戦地ニュルンベルグへと向かいます。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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