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ダブルスで準優勝、シングルスでは初戦で対戦。奈良くるみと土居美咲――2人のライバルが共に見る夢

内田暁フリーランスライター
ダブルス後に会見する土居(左)と奈良

■全米オープン女子決勝が、奈良に植え付けた想い――■

去る9月の全米オープンのタイトルは、苦労人とも呼べる2人のベテラン選手により競われた。33歳のフラビア・ペンネッタと32歳のロベルタ・ビンチはイタリアの隣町で生まれ育ち、10代前半からお互いを知る仲であり、一時はルームメイトであり、そしてジュニア時代からペアを組むダブルスパートナーでもある。

決勝戦後の表彰式で、勝者も敗者も関係なく「これは、私たちにとっての勝利」と満面の笑みと友情を交わす2人の姿を見ながら、奈良くるみは「いつかは私たちも……」と、心のどこかでフッと思ったという。それは壮大な夢だが、決して突拍子もない夢ではない。彼女には、共にその夢を見られる存在がいた。やはり10代前半からお互いを知り、ジュニア時代には常にダブルスを組み、そして今も日々競い合い高めあう、ライバルにして友人の土居美咲である。

現在開催中の東レ・パンパシフィックオープンを含め、東京の有明テニスの森で2週連続で開催された女子テニスのトーナメントは、まるで先の全米オープンのトレンドを汲むかのように、何かと奈良と土居にスポットの当たる大会である。先週開催されたジャパンウィメンズオープンでは、奈良と土居は4年ぶりにダブルスを組んで出場。本人たちも「まさか」と驚く準優勝を飾った。

そして東レPPOでも2人はダブルスに出場し、初戦で第1シードペアを撃破。このときも両者は揃って「まさか」の言葉を残し、さらにシングルスでは奈良と土居は初戦でいきなりの対戦。ドローが発表され、数日後には相対することを2人が知ったのは、ジャパンウィメンズオープン・ダブルス決勝戦の直前のこと。

「やっぱり。当たるんじゃないかと思ったんだ」、どこか悟ったようにつぶやく奈良に、土居はすかさず「思うなよ!」と突っ込みを入れた。

■奈良の背を追っていたジュニア時代の土居■

奈良と土居のダブルスと言って思いだされるのは、8年前のウィンブルドン・ジュニア部門のダブルスで、準優勝を果たしたこと。もちろん2人で等しく掴んだ栄冠だが、土居は「メインは、くるみ。私はあくまで彼女のパートナー」との想いでいたという。日本国内のみならず、当時から世界のトップジュニア選手であった奈良を、土居は半分冗談めかして「雲の上の存在だった」と評した。小学6年生時に初めて対戦し敗れたことも、土居が奈良を仰ぎ見た理由の一つかもしれない。

2人が初めて言葉を交わすようになったのは、中学生の時に参戦したヨーロッパのジュニアツアー遠征の時。

「無口で無愛想な子」

それが、奈良が土居に抱いた第一印象。もちろん土居には「何しろ相手は、当時から話題になっていた奈良さん。遠慮していた」との言い分がある。極度の人見知りだった……そうも彼女は認めていた。

この頃の土居は、共に遠征に行った他の日本人と比べても、そこまで突出した存在ではなかったという。ただし遠征に同伴したコーチたちには、土居は「最も、敗者復活戦を頑張る子」として深い印象を残していた。通常、敗者復活戦に出られるのは、自分を破った相手が上位に進出した場合のみ。早い段階で敗れた子たちの多くは、その結果を待たずに次の会場に移動したがったが、土居はそうでなかったという。反骨精神にも似た強い向上心が、やがては彼女を奈良に次ぐ日本の2番手に押し上げた。

共に17歳でプロになってからの足跡は、追いつ追われつの掛けっこ状態。その混戦から先に抜け出したのは奈良で、昨年、ツアー優勝を果たすなど一気にブレークスルーの時を迎えた。

10年来の友人でもあるライバルの活躍は、かつてのダブルスパートナーにも、当然大きな刺激となる。

「くるみの活躍は、とても励みになる」

恐らくは、胸の中に微かな澱のように沈む羨望や焦燥感を糧として、今年は土居もグランドスラムで結果を残してきた。

■相手の成長を認め、なおかつ自分のテニスを信じた奈良の勝利■

今回の東レPPOの初戦は、2人にとって実に5年ぶりの対決。プロになってからの戦績は、土居が2勝1敗とリードする。2人は似た足跡を歩みながらも、不思議とそのワダチが交錯する機会は少なかった。

4度目の対戦は、両者ともに「硬かった」と認めるぎこちなさがコート上に立ち込める中、奈良が7-6、6-2で勝利する。「私も緊張したけれど、第1セットではみっちゃん(土居)の緊張感が伝わってきた」と感じた奈良は、足を使った持ち前の堅実なテニスで、土居のエラーを誘っていった。

「日本人では珍しく、1本でエースを取れる驚異的なショットを持っている」

土居の武器を奈良はそう評し、「ジュニアの頃はそこまで攻撃的なプレーヤーと感じなかったが、今日はプロになって、より攻撃的になっているのは感じた」と、長年のライバルの成長をも実感した。その上で相手の強さを素直に認め、警戒した分「私は良いプレーができた」と胸を張る。いかなる状況でも目の前の一戦に集中し、自分のテニスを貫く強さ――恐らくはその点こそが、今の奈良が土居の一歩先を行く理由であり、同時に、今回の直接対決を制した勝因でもあるだろう。

全米オープン決勝を戦ったペンネッタとビンチがそうであったように、奈良と土居も試合前には特に気まずさもなく、試合で着るウェアのことなどについて雑談を交わしていたと言う。ただ日本の2人がイタリアペアと異なった点は、全米決勝では負けたビンチも満面の笑顔だったのに対し、日本人対決では、敗者は「悔しい」と口をとがらせたこと。

「(東レPPOが)大きな大会と言っても、1回戦。もっと上で対戦できるようになれば、お互いにとって良いことですが…」

まだまだこの程度で、感傷や満足感に浸ることはない!――心に秘めた土居の矜持が、そう叫んでいるようだった。

お互いに濃密な時間を過ごしただろうこの2週間は、ダブルス敗退後の2人揃っての会見で幕を閉じる。

今回ダブルスを組み、対戦もしたことで、お互いについて新たな発見はあったろうか? そう問われると土居は「もう付き合いは長いので、特には……」とどこか言い淀み、奈良は「みっちゃんは、朝は機嫌が悪いということかな?」と言って可愛く笑った。

どちらも生まれ年は1991年。身長は155センチと159センチ。何かと共通点は多い2人だが、プレースタイルや性格はある意味で対照的。しかし2人が見る夢は、きっと限りなく似ているだろう。

「いつかは、私たちも……」

これからも互いを引き上げ、夢をすりあわせながら、その「いつか」を追い求める。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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