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ノーベル平和委員会の「大掃除」が始まる 現役議員や国際機関トップはメンバー不適格と新規則か

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
自発的な退陣を求められる欧州評議会の事務局長ヤーガラン氏(右から2人目)

ノーベル平和賞の受賞者を決定するのは、5人のノルウェー人。ノーベル委員会の新メンバーを決めるのはノルウェー国会だ。

だが、現地で有名な現役議員カール・ハーゲン氏が進歩党から推薦され、大きな議論となっている。

ハーゲン氏は右翼ポピュリスト政党の「進歩党」元党首であり、移民・難民の受け入れなどに否定的で、ドナルド・トランプ大統領やプーチン大統領を支持する。

「戦後、ノルウェーで最も物議を醸す政治家」として、他政党や現地メディアからは反対する声が相次いでいた。

ダーグスアヴィーセン紙のストラン政治記者は、「委員会にふさわしい人物ではない。彼は平和ではなく、戦争のエキスパートだ」と批判(12月2日)。

委員会の裏舞台を支えてきたゲイル・ルンデスタッド元秘書は、「ハーゲンのように、最も論争を招く人物は委員会に座るべきではない。ノルウェーにはほかにも物議を醸す政治家はいるが、ハーゲンのようなレベルの人はそうそういない」(同紙、7日)。

国会議員が休んだ時に代理で国務を担う「代理議員」。そのハーゲン氏が委員会に入れば、平和賞と国会の「政治的な距離」を国外に説明することがさらに困難になると、心配された。

劉暁波氏に平和賞が授与された時、中国政府はノルウェーとの貿易や政治的対話を停止させた。この出来事は、ノルウェー政府にとって忘れられない反省となった。

批判の矛先は、矛盾していた国会規則に

これまではハーゲン氏にばかり批判の矢が集中していたが、反対勢力であり、最大政党・野党「労働党」にも厳しい目が向けられ始めた。

代理議員や任期終了直前の国会議員が委員会メンバーとなったのは、実は今回が初めてではない。

今までは「見て見ぬふり」が通用してきた国会の矛盾。ハーゲン氏というお騒がせ政治家の暴走が始まったために、可視化されることになった。

今週、労働党が率先し、与野党の政党らは、「国会議員・代理議員は委員会に入ることはできない」という新規則の導入を提案。

これは、労働党の後始末だ

この騒動は、あやふやだったルールを自分たちの都合のいい時にだけ利用していた、労働党の「後始末」だという解釈もはっきりと指摘され始めた。

ハーゲン氏を国会全体でボイコットする「代償」として、労働党が支払わなければいけないのは、同党が推薦してきたトルビョルン・ヤーグラン氏のイスだ。

ヤーグラン氏はノルウェーの元首相・労働党元党首であり、現在は欧州評議会の事務局長も務める。まだ国会議員だった2009年当時に委員会に推薦された。委員会の委員長ともなり、その時期には、EUやオバマ元大統領に平和賞を授与。

「国際機関のリーダー」も不適格に

「国会議員・代理議員」を委員会メンバーとして不適格とする代わりに、「国際機関のリーダー」も追加する声が出ている。

ヤーガラン氏は2020年までノーベル委員会に座れる予定だ。だが、今回の騒動で、「空気を読んで、自発的にメンバーを辞めるように」という圧力が、他党や現地メディアから出てきている。

都合の悪い人や国には平和賞を与えたくないのが人の心理。欧州評議会の事務局長が委員会のメンバーでいることは、以前から問題視されていた。

国会からの圧力でヤーガラン氏をクビにすると、国会と委員会の政治的なつながりが協調される。そのリスクから、同氏は自ら後を引くべきだと、他党や報道機関は主張。

ヤーガラン氏はコメントを控えている。

進歩党はそれでもハーゲン氏を推薦する

7日、進歩党はそれでもハーゲン氏を推薦すると発表。8日の国会での決議で、却下となる可能性は高い。

その場合、進歩党が新たな推薦者を指名するまで、その席には他の人物が座ることとなる。

その人物とは、元保守党・元労働大臣・元教育大臣であるクリスティン・クレメット氏。同氏は現地のシンクタンクCivitaの運営者。今でも保守派を代表する、現地の議論に大きな影響力を持つ人物だ。

ノーベル委員会と国会の矛盾を可視化させたハーゲン氏

委員会が元政治家の集まりであることには変わりないが、新しい規則で現役議員や国際機関のリーダーの入会は不可能となりそうだ。

産業紙DNは、今回の流れをハーゲン氏(進歩党)だけではなく、ヤーガラン氏(労働党)にも対する離縁状だと表現。お粗末だった労働党のルールの粉を進歩党がかぶった状態で、実際は労働党が作り上げてきた矛盾の後始末だと書いた。

アフテンポステン紙のスタンヘッレ政治編集長は、ハーゲン氏が委員会に入ることに否定的な姿勢をずっと明確にしてきた。

一方で、ハーゲン氏のお陰で、これまでの規則が見直され、議論され、ましになりそうなため、「ハーゲンはお礼を言われるべきなのかもしれない」とも評価(6日)。

ハーゲン氏が委員会に入れるかどうかは、まだ正式には決定していない。8日の国会決議で、同氏の「夢は叶うのか、敗れるのか」、現地で大きな注目を集めている。

今回多くの政党にボイコットされている現状を、進歩党は心地よく思っていない。もしハーゲン氏の夢が破れた場合には、「他政党は、今後の他の交渉で、代償を払うことになる」と、強気の姿勢だ。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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