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バービー/オッペンハイマー原爆画像が大炎上。「ベトナムでは上映禁止も」...米有力紙と人々の反応は

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
7月9日、ロサンゼルスでの映画『バービー』のワールドプレミア。(写真:ロイター/アフロ)

アメリカで大ヒット中の映画『バービー』と、原爆開発者の伝記映画『オッペンハイマー』。この2作の合成画像で原爆投下を想起させるミームがX(ツイッター)に多数投稿され、日本で大炎上している。

この投稿に対して『バービー』の米公式アカウントが投げキスの顔とハートの絵文字とともに「It's going to be a summer to remember (忘れられない夏になりそう)」と陽気に反応したことで火に油を注ぐことになった。(現在そのリプライは削除されている)

X(ツイッター)上での騒動なのもあって、筆者の周辺でこの話題を取り上げているような人は見られない。しかし騒動が大きくなり各メディアが取り上げ、いよいよ8月1日には、米有力2紙もこの件について報じた。

ワシントンポストは、Warner Bros. got in on Barbenheimer memes. It was no joke in Japan.(ワーナー・ブラザースはバーベンハイマーのミームに関与。それは日本では到底冗談として聞き流せない)というタイトルで報じた。

  • バーベンハイマー(Barbenheimer):まったく毛色の違う話題の2大作品が7月21日に同日公開されたことから、タイトルをもじってこのような造語が作られた。炎上騒動以前より2作を語る際にこの愛称が使われている

同紙は、「推定21万人もの犠牲者を出した長崎と広島への原爆投下を軽んじた投稿が批判されている」と説明の上、「ワーナー・ブラザース・ジャパンが親会社に対して異例の叱責」とした。そして、ワーナー・ブラザース本社の映画グループが1日、メディア向けにメールで「SNSでの無神経な対応(リプライ)を遺憾に思う」と述べたこと、「心からの謝罪」を表明したことなどもわかった。

『バービー』が騒動となったのはこれが初めてではない。南シナ海の地図に、中国が主権を主張する領域を示す九段線と見られるものが描かれており政治問題に発展。ベトナムは先月、商業映画としてこの作品を国内上映することを禁じた。

日本では『バービー』は予定通り8月11日に公開予定だが、『オッペンハイマー』の方は「日本での公開は未定」と紹介した。

また『オッペンハイマー』について、このようにも述べた。

「原爆の開発で被害を受けた人々をまったく取り上げていないことで批判されている」

この「人々」には日本人も当然含まれるが、米本土で行われた原爆実験(トリニティ実験)の場所の周囲に住み、被ばくによる健康被害に苦しみ続けているニューメキシコ州の住民も含まれている。

話題作『オッペンハイマー』の主役、キリアン・マーフィー。原子爆弾の開発を指導し「原爆の父」として知られる物理学者、ロバート・オッペンハイマーを演じた。
話題作『オッペンハイマー』の主役、キリアン・マーフィー。原子爆弾の開発を指導し「原爆の父」として知られる物理学者、ロバート・オッペンハイマーを演じた。写真:REX/アフロ

同紙は併せて、これまで日本で起こった原子爆弾がらみの炎上についても振り返った。

「15年、ウォルト・ディズニー・ジャパンは長崎に原爆が投下された日である8月9日、ツイッターにアニメ作品『不思議の国のアリス』のキャラクターのイラストとともに『なんでもない日おめでとう』(映画のセリフの日本語訳)と投稿。批判を受け謝罪、投稿を削除した」「18年には、韓国のBTSの1人が原爆を描いたTシャツを着ている写真がSNSで拡散され、日本のテレビ局はBTSの歌番組の出演を見送った」

ワシントンポストの記事には、140件を超えるコメントが読者から寄せられている。

  • 「核兵器の被害を受けた唯一の国、日本の怒りは理解できる」
  • 「歴史を浅くしか勉強してこなかった若い子のみをマーケティング部門に配置したケースでよく起こる典型的な例」
  • 「例えば、9/11の映画とドンキーコング(暗い作品とポップで明るい作品)が同日公開され、世界貿易センターの倒壊シーンでドンキーコングが樽を落としたりするミームができたとしたら、アメリカ市民は怒り心頭に発するに決まっている。リプライした(ワーナー・ブラザース)本社に悪意があったとは思えない。単に視野が狭かっただけだろう」

別の主要紙ニューヨークタイムズも1日、‘Barbenheimer’ Isn’t Funny in Nuclear-Scarred Japan(原爆体験で傷ついた日本で‘バーベンハイマー’ はまったく面白くもなんともない)というタイトルで記事を発信した。

興行成績が上がらず衰退気味の近年の米映画業界において、全く内容の異なる2作の同日公開は、多くの人々が再び映画館に足を運ぶきっかけになるだろうと、シネマ界の希望の兆しとして大きく期待されていた。例えば炎上前の先月21日、同紙はこのように報じている。

「この2作品はハリウッドの大きな話題だ。おそらくこれ以降はしばらくお祝いムードはないだろうが」

これは賃金と待遇の改善を求め、ハリウッドの俳優と脚本家がストライキを起こしているため、業界の機能は一時停止し、お祭りムードに水を差す形となったことを語っている。そしてさらなる影が、今回のSNSでの大炎上── 。

『オッペンハイマー』の日本での公開日が決まっていないことについて、記事の文末でこのように触れている。

「核攻撃の記憶がある日本の国民感情を傷つけないよう、日本で上映されないのではという憶測が流れている。マンハッタン計画に関与した科学者を描いた映画『インフィニティ』(1996年)が日本の映画館で公開されるまで2年かかったように、戦争を題材にした米映画はこれまで日本でひっそりと上映されてきた。よって本作もしばらくしてひっそりと上映されるかもしれない」

ニューヨークタイムズの記事には、50件を超えるコメントが読者から寄せられている。内容は今回の炎上についてのみならず、原爆投下の是非についてなどだ。

  • 「アメリカ人である私にとっても、オッペンハイマーは悪趣味だと思う」
  • 「映画が儲かるものと期待されれば、上映禁止にはならないだろう」
  • 「防衛のための原爆投下が正しかったと考える人たちへ。被害に遭ったのは兵士ではなく民間人だったというのを思い出してほしい。日本はマリアナ沖海戦で負け、沖縄が占領された時点ですでに戦争は終わっていた。民間人を犠牲にする原爆投下が必要でなかったことは明らかなはず。バーベンハイマーについてもよく考えるべき」
  • 「ドイツと日本は両方、核兵器開発を計画していたということを心に留めておく必要がある」
  • 「私は核兵器は悪だと思うが、謂れの無い真珠湾攻撃もちょっと残忍だったと思う。私たちは歴史を変えることはできないが、未来を変えることはできる」
  • 「あの戦争(第二次世界大戦)の終わらせ方について、誰もが満足のいく答えは決して見つからない」

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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