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西洋で愛される日本のKimono ── NY メトロポリタン美術館で着物展

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
着物に影響を受けたであろうデザインドレスを着た女性。(c) Kasumi Abe

2018年の大ヒット映画『ボヘミアン・ラプソディ』で、主役のフレディが着物をバスローブのように羽織っているシーンがある。日本人にとっては今でも印象に残っている1コマなのではないだろうか。

筆者にとってもあのシーンは印象的だった。イギリスが舞台の映画で主役がまさか着物姿で登場するなんて予想だにしなかったことで、突然映し出された着物(筆者には古典的な柄の長襦袢のようにも見えた)に度肝を抜かれたのだった。

欧米では、着物や浴衣(のようなもの)が日常生活のちょっとしたシーンで取り入れられることがある。筆者が住むアメリカ・ニューヨークでも、T字型の薄手の上着は「キモノ・カーディガン」として人気があり、5、6年ほど前から若い女性が羽織ってヒラヒラさせながら颯爽と歩いている光景をたまに見かけることがある。丈の長さはまちまちで、短いものもあれば、膝丈ほどの長さのものも。

おうち時間でもキモノ・ガウンやキモノ・ローブは、朝や夜のリラックスタイムに愛用されている。キモノはもはやファッションの一部なのだ。

ただそれは今に始まったことではない。着物はこれまでも長い歴史の中で西洋のガーメント(衣類、衣装、服飾)に影響を与え、着物自体も西洋のガーメントから影響を受け進化してきた。

筆者が先日話を聞いたドイツ在住の衣装の歴史研究家、スプリー金魚氏によると、着物がヨーロッパに初めて到着したのは17世紀ということだ。贈り物として100枚ほどが持ち込まれ、現地の人は初めて見る神秘的な東洋の被服に魅了されたという。

これまでいかに和と洋の双方の服飾文化が、刺激を与えながらインスパイアし合って進化し続けてきたか、その歴史が一目でわかる展示イベント、Kimono Style(キモノスタイル)が今月7日、ニューヨークのメトロポリタン美術館(通称The MET、メット)で始まった。

世界三大美術館の1つとされるニューヨークのメトロポリタン美術館(通称The MET、メット)。(c) Kasumi Abe
世界三大美術館の1つとされるニューヨークのメトロポリタン美術館(通称The MET、メット)。(c) Kasumi Abe

同美術館の日本美術アソシエイト・キュレーター、モニカ・ビンチクさん(左)。(c) Kasumi Abe
同美術館の日本美術アソシエイト・キュレーター、モニカ・ビンチクさん(左)。(c) Kasumi Abe

キュレーションを担当したのは、日本美術のアソシエイト・キュレーター、モニカ・ビンチク(Monika Bincsik)さん。モニカさんは、日本芸術のコレクターであるThe John C. Weber Collectionから、江戸時代の1615~1868年から20世紀初頭にかけての歴史的な着物、着物に影響を受けた西洋のガーメント(被服)、Kawaii文化やコミックアートを取り入れた最新のものまで60点を選りすぐり、紹介している。

18世紀のイギリス版バニヤン。(c) Kasumi Abe
18世紀のイギリス版バニヤン。(c) Kasumi Abe

モニカさんが「東洋と西洋の初期の交流の証」と説明するのは、18世紀のイギリス版バニヤン(室内着)。着物やトルコのローブなどに影響を受けたこのT字型の衣服は「自由な発想と世界観を象徴するもの」として、当時ヨーロッパの知識人の間で注目され、リラックスするためのカジュアル着として愛用されたそうだ。

19世紀末〜20世紀初頭に作られたイブニングコートやドレッシングガウン。(c) Kasumi Abe
19世紀末〜20世紀初頭に作られたイブニングコートやドレッシングガウン。(c) Kasumi Abe

鎖国が終わり、江戸時代後期の19世紀末から20世紀初頭にかけて、日本とヨーロッパ双方の貿易は活発化していった。それに伴い、着物は西洋のファッションデザイナーによって広く研究されたという。

日本にも海外のファッションは大きな影響を与えたようだ。当時呉服店だった高島屋や、絹製品専門の椎野正兵衛商店など最先端のアパレルやテキスタイル業界は、ヨーロッパのアパレルやシルク業界と活発に交流しはじめた。ヨーロッパ市場を見据えて作られたイブニングコートやドレッシングガウンには、ラインや柄などの細部に、和と洋(一部中国)のエッセンスが入り混じっている。1873年のウィーン万国博覧会にも出品され、ヨーロッパの人々を魅了したという。

1935年、アメリカで流行ったビーチパジャマ(右)と、その柄に影響を受けたとされる日本の夏物の着物。(c) Kasumi Abe
1935年、アメリカで流行ったビーチパジャマ(右)と、その柄に影響を受けたとされる日本の夏物の着物。(c) Kasumi Abe

1920年代から30年代にかけてのアメリカでは、リラックス着としてビーチパジャマが大流行した。ヨーロッパのファッション誌にも掲載され、日本でも紹介された。抽象的な幾何学的モチーフは(左の夏物の着物のように)着物のデザイナーにも影響を与えたようだ。今見てもおしゃれ。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

「西洋のデコルテ見せ」は、衣紋を抜いてうなじを見せる文化の日本人には、当時「最先端の魅せ方」として紹介された。さぞや大きな衝撃を与えただろう。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

20世紀初頭の大正ロマンの時代、日本の知識層のみならず、庶民の間にも西洋のファッションセンスや美的感覚が大きく影響した。

コム・デ・ギャルソン(川久保玲)によるローブ/アンサンブル。(c) Kasumi Abe
コム・デ・ギャルソン(川久保玲)によるローブ/アンサンブル。(c) Kasumi Abe

会場には、和と洋がコラボした最新のファッションも展示されている。コム・デ・ギャルソン(川久保玲)が2018年に発表した、Kawaii文化やコミックアートを取り入れた着物のようなローブ/アンサンブルはインパクト大だった。

奥深い着物の歴史には知られざる西洋文化との融合があり、和と洋の双方が刺激し合ってここまで来た。アメリカでも着物は敬意を持たれていて、日本人が誇るべき民族衣装だ。そんな着物の世界は現地の人に興味深かったようで、筆者が開催日の前日に参加したプレスプレビューでは、多くの記者が熱心にモニカさんの説明に耳を傾け、質問をしていた。

イベントの帰り、マンハッタン在住のフリーランス記者の女性と会場を後にした。その女性は「素晴らしい展示会だった」と、感想を述べるために笑顔で近寄ってきて、このように言った。「父が第二次世界大戦の終戦後、日本から着物を2枚持ち帰ったのよ。子どもながらにその着物を見て、美しさに魅了されたものよ。倉庫のどこかに眠っているから、久しぶりにあの着物をまた見てみたい」。

筆者もこの春日本から持ち帰った母の昔の着物を着て、どこかにお出かけしてみたくなった。

【Information】

KIMONO STYLE(着物スタイル)

会場:メトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)

開催期間:2022年6月7日~2023年2月20日

#MetKimonos

(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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