筆者は数週間前、ニューヨーク市内のドラッグストアに歯磨き粉を買いに行った際、ちょっとした「異変」を感じたことがあった。

異変その1

歯磨き粉の売り場が「空っぽ」だったこと。商品は見事に売り切れ状態だった(写真上)。

ニューヨークで新型コロナウイルスが感染爆発する直前の昨年3月、同様にどこの店も陳列棚がすっからかんになったことがある。その時以来の光景だ。

未曾有のパンデミックに備え不安になった人々がスーパーやドラッグストアに押し寄せ買いだめをしたため品切れ状態になり、棚という棚が空っぽになった。

過去記事

「必要な物がスーパーにない」買いだめに殺到するNYの人々(2週間前と今)

しかしそれ以来、全米で物資は有り余るほど供給されており、この日ドラッグストアで見た光景の方が今や珍しいため、筆者は不思議に思った。

まぁでも「抜け」の多いニューヨーク。スタッフの陳列作業がこの日は滞っているのかもしれない(?)とも思った。

異変その2

歯磨き粉の棚に鍵がかけられていた。

アメリカの小売店の商品棚の施錠と言えば、粉ミルク、一部のやや高額な薬やスキンケア売り場ではこれまでもよく目にしてきた光景だ。

それらがなぜ施錠されているか。そのような商品は万引きが比較的多いからだ。

商品を手に取って見たり購入したりする場合はスタッフに知らせて鍵を開けてもらわねばならない。

4000円程度の商品でも施錠されていることが多い。(c) Kasumi Abe
4000円程度の商品でも施錠されていることが多い。(c) Kasumi Abe

しかし筆者が数週間前に目撃した、新たな施錠の商品は「歯磨き粉」である。歯磨き粉と言えば、どんなに物価の高いニューヨークでもせいぜい1チューブ4~6ドル(500円前後)で買うことができる。

筆者は長年この地に住み、こんな物にも施錠をして管理しているのを初めて見たので、流石に疑心を抱いた。

そして最近、ある報道を見て合点したのだった。

ドラッグストアの通常の売り場の様子。
ドラッグストアの通常の売り場の様子。写真:ロイター/アフロ

写真:ロイター/アフロ

今や“金鉱”となったドラッグストア

9日付のニューヨークポストは「‘Third World’ NYC drug store shelves empty amid shoplifting surge」(万引きの急増につき、まるで第三世界と化したニューヨークのドラッグストアの棚は空っぽに)という見出しで、市内の小売店で盗難事件が増えていることを報じた。

盗難件数は、9月12日の時点で2万6385件に上り、1995年以来の多さだという。昨年の2万24件から32%増加、2014年の1万9166件から38%増加した。

各店で報告されている盗難数。最多はドラッグストアのデュアンリード/ウォールグリーンズで4752件。デパートのメイシーズやコスメ専門店のセフォラなども標的に。(出典:ニューヨークポスト紙を筆者が撮影)
各店で報告されている盗難数。最多はドラッグストアのデュアンリード/ウォールグリーンズで4752件。デパートのメイシーズやコスメ専門店のセフォラなども標的に。(出典:ニューヨークポスト紙を筆者が撮影)

つまり、通常であれば潤沢に揃っている日用品が売り切れ状態にあるのは、万引き犯により「ごっそりと持って行かれた」ためのようだ。どうりで筆者が立ち寄ったドラッグストアがあのような「もぬけの殻」状態になっていたわけだ。

鍵のかかったボディソープ売り場。商品の成分を確認したり購入したりする際は、その都度このボタンを押して店員を呼ばなければならない。(c) Kasumi Abe
鍵のかかったボディソープ売り場。商品の成分を確認したり購入したりする際は、その都度このボタンを押して店員を呼ばなければならない。(c) Kasumi Abe

スーパーやドラッグストアなど小売店での万引きはこれまでも市内で頻繁に発生していた。近年、店の出入り口に盗難防止用の防犯ゲートが取り付けられていることが多いが、そのようなものがない時代は、入り口に棚が設置され、バッグ類はそこで預かるシステムだった。

そして防犯ゲートが浸透している昨今でも、筆者は普段の生活を通して、出口で警備員に見つかっている(もしくはゲートで引っかかるも大胆にそのまま逃げ切る)万引き犯をたまに見かけることがある。そのような光景は昨年から増えた気がする。

理由はいくつかあるのだろうが、一つはプラ製レジ袋の削減のために昨年より買い物袋の有料化がスタートし、客がエコバッグを持参するようになったことも関連しているかもしれない。

筆者は昨年以降、スーパーで堂々とエコバッグや中身が見えないカートに商品を入れている人を何人も見かけたことがある。多くはレジで支払っているようだが、無人のセルフレジも多い中、彼らが全部正直に申告しているかは謎だ。

そしてある時、慣れた手つきでビールを小汚いバッグに押し込んでいる人物を目撃した時には、流石に筆者の目も点になっていたようでその人物と目が合ってしまった。老齢のその男はまったく怯むことなくギョロッと目を光らせ「あなたは息子か誰かを探してるの?」と不思議な質問を投げかけてきた。「さっきスケボーで走ってる小さい子がいたから探しているのかと思った」とのこと(当然男の子なんて周辺にはいない)。筆者はその後、店のスタッフにこっそり伝えたところ、スタッフは「あぁ、またあの人か」という顔をし「我々はレジで待ち構えるから大丈夫。知らせてくれてありがとう」と言ってほかのスタッフの所に向かって行った。

万引きを目撃しても店員は犯人を捕まえない。その理由は?

現在市内で急増している窃盗犯は単独犯というより、プロによる専門の組織グループによる犯行だという。確認されているだけでも市内には77人の実行犯が活動しており、犯人は歯磨き粉、洗顔料、ボディソープ、サニタイザーなど日用品をごっそりとバッグに入れて盗み出し、それをアマゾンなどオンラインサイトで転売しているケースが多く報告されている。

例えば常習犯の1人、アイザック・ロドリゲス容疑者(22歳)は万引きで今年だけで46回逮捕されている。FOXニュースによると、ある店の店長の証言として、「(同容疑者は)毎日ここに来ては物を盗む。その度に我々ができることは警察に通報することくらいだ」。

なんでも「安全上の理由」により、スタッフは万引きを目撃しても「通報以外に何もしない」がこの店のポリシーという。そして万引きの常習犯で逮捕されたとしても起訴されず同日釈放になることが多い。州の保釈改革法により釈放され自由の身となった犯罪歴のある者にとって万引きは「好んで選択するキャリア」になっているようだ。

常習犯である同容疑者は暴行容疑でも逮捕され「ついに」刑務所に入れられたようだが、犯行を目撃しても犯人と対峙せず、犯人は犯人で御用となってもすぐに釈放されるというのは、なんとも重犯罪が多いアメリカらしいエピソードだ。

そして窃盗犯罪の急増はニューヨークだけの事象ではないようだ。ウォールストリートジャーナルは、全米の小売店が組織犯罪の標的になっており、被害総額は450億ドル(約5兆500億円)にも上ることを報じた。

サンフランシスコのある犯人は、総額1000ドル(約11万円)分のアレルギー薬を盗み出し、車に詰め込んだ後再び別の店で同様の犯行に及んだとある。このような犯人は「ブースター」として知られる、組織化されたプロの犯行グループの一味によるもの。

つまり筆者が見た、鍵のかけられた歯磨き粉やボディソープなどは「ごっそり持って行かれない」ために店側が取り組み始めた、最大限の自衛手段ということだ。

市内の小売店ではあの手この手で自衛され、警察官が店内をパトロールしている報道も見るが、警官が各店内に留まって四六時中目を光らせる、なんてことはこの犯罪の多い都市で実現不可能だろう。

消費者側の視点としては、商品を購入するのに(または購入せずとも商品を手に取って見たい時に)わざわざ店員を呼ばなければならないとなると面倒なハードルが1つできてしまい、であれば気軽に手が届く店舗に行こうという気になる。鍵がかけられている店から客の足が遠のくのは確かで、店側にとっては商品を盗まれることと同様に死活問題であろう。

恐れ知らずの大胆な窃盗集団と、それを阻止しようと取り組む小売店。イタチごっこのような攻防戦は、犯罪都市ニューヨークが抱えた新たな頭痛の種となっている。

今思えば、歯ブラシでさえ、店舗によっては昨年辺りから鍵がかけられる有様だった。(c) Kasumi Abe
今思えば、歯ブラシでさえ、店舗によっては昨年辺りから鍵がかけられる有様だった。(c) Kasumi Abe

(Text and some photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止