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全米オープン騒動が差別問題へ発展。セリーナ・ウィリアムズの1番の理解者は好感度大のイケメン夫だった

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
セリーナ・ウィリアムズ(右)と夫のアレクシス・オハニアン(写真:Shutterstock/アフロ)

9月8日、全米オープンテニス女子シングルス決勝で、大坂なおみ選手が日本人初優勝を決めた。しかし、対戦相手で元世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズ選手が主審に激しく抗議し、表彰式では観客からブーイングが起こり、大坂選手が涙するなど波乱に満ちた展開となった。

大坂選手にとっては、弱冠20歳で手に入れたグランドスラム優勝という栄光だったのに、本人にとっても応援していたファンにとっても、手放しで喜べない幕引きとなったのはとても残念だった。

(余談だが、大坂選手が授賞式で「このような結果になって(セリーナを勝たせられなくて)ごめんなさいと謝った」という内容の記事を目にするが、あれは自分が勝ってしまったことに対して謝罪しているのではなく、荒れた展開になってしまった状況に対して観客に申し訳なく思っている、というニュアンスの発言だと筆者は解釈した)

試合後、アメリカではさまざまな報道がなされている。大坂選手の落ち着き、控えめな態度や品格を讃えるもの、全米テニスの観客や大会関係者が大坂選手にしたことを恥ずべきだとする酷評、国際テニス連盟(ITF)が主審の振る舞いを称賛したのは妥当だとする意見、全米オープンの主催者がウィリアムズ選手に190万円相当の罰金を科した、など…。

現地でのさまざまな論争

その中でも特に議論を呼んでいるのが、ウィリアムズ選手が試合直後から訴えてきた「主審から受けた女性差別」についてだ。アメリカは人種、民族、宗教、性別、年齢、職業など、あらゆる差別を根絶するために長らく戦ってきた国だが、現実には、21世紀になった今でもさまざまな差別が存在している。アメリカ人は「差別」というワードに対して非常に敏感だ。

そしてウィリアムズ選手による、試合後の記者会見での発言。

主審に対して浴びせた「泥棒」という言葉について、

「男性の試合では、主審に対してもっと過激でひどい暴言が吐かれたりラケットが壊されたりしているのに、ペナルティを与えられない。私が泥棒という言葉でペナルティを受けたのは言語道断だ」と主張した。

「私は女性の権利や平等に向かって戦うために自分を律して、今ここでこのような発言をしている。これは直接今回の結果に影響がなくても、今後の女性選手のためになればという気持ちで。今日という日は、悔しいと思った女性選手が今後素直に自分の感情を表すことができるようにするためのものだ」と最後は声をつまらせながらコメントし、インタビューを終えた。会場からは拍手が沸き起こった。

彼女の主張に対して、世論は二分している。メディアに加え、元プロテニス選手や元審判らも次々にコメントしている。

擁護派

ビリー・ジーン・キング (元プロテニス選手):

女性が感情的になるとヒステリックだと咎められる。男性の場合は率直に露骨な意見を言う人だと表現され、悪い印象はない。このダブルスタンダードを問題にしてくれてありがとう、セリーナ。格差をなくして平等になるためにはより多くの声が必要。

ジョン・マッケンロー(元プロテニス選手):

女子選手が男子選手に対する基準と異なるという彼女の主張は間違いない。

ジェームズ・ブレイク(元プロテニス選手):

(選手時代に)実は、私は「泥棒」よりもっとひどい言葉を浴びせたことがあるが、ペナルティを受けなかった。自分がそうだったように、彼女もあの場で「軽い警告」程度のものを与えられるべきだった。

アンディー・ロディック(元プロテニス選手):

自分も実はもっとひどい言葉を浴びせたことがあるが、ペナルティを受けたことがない。

中間派

マルチナ・ナブラチロワ(元プロテニス選手):

彼女が男性選手だったとしてあの試合で「泥棒」と言ったとしたらどうなっていたかを予想するのは非常に難しいが、矛盾や偏見は根絶するべき。そして私もこれまで何千本ものラケットを壊してやりたいと思ったことがあるけど、子どもたちもたくさん観る試合だと思ったら(暴力的な行為は)踏みとどまれた。

否定派

リチャード・イングス(元プロの審判)

主審の判断は、性差別や人種差別とは関係がない。グランドスラムの規範にのっとって、審判が試合を観察し、正しく判断したのであって、ウィリアムズ選手が謝罪するべき。

人種差別問題に発展

9月10日になり、今度はオーストラリア在住の漫画家、マーク・ナイト氏がコートで正気を失い怒り狂うウィリアムズ氏の風刺画をツイッター上で発表。

ナイト氏のツイッター@Knightcartoonsより(騒動後に閉鎖)
ナイト氏のツイッター@Knightcartoonsより(騒動後に閉鎖)

「黒人女性の怒りを誇張するようなイラストがなぜ必要? これこそ人種差別だ」という意見から、「このイラストはあの日の彼女のひどい振る舞いをからかったもので、人種をからかっているものではない」と、これまた人々の意見がはっきりと二分し、さらにもうひと騒動へと発展している。

差別というのは、差別を受けたものしか気持ちがわからない。私は当初、あのような度が過ぎる振る舞いはプロとしての品格を下げるものだと、なんともすっきりした気持ちになれなかったが、もしかして黒人女性の彼女にしかわからない、彼女がこれまでの人生を通して体験してきたさまざまな差別への怒りが、あのときあのような表現で爆発したのかもしれない。

彼女を支える実業家の夫

しかし過剰な心配はもしかして不要かもしれない。彼女には誰よりも強い味方がいる。

ウィリアムズ氏が2017年に結婚した夫で、ニュースコンテンツ掲示板サイト「Reddit」の共同創業者で投資家のアレクシス・オハニアン氏だ。純資産が6ミリオンドル(日本円で約6億7000万円相当)の資産家であるオハニアン氏はこちらで大変評判がよく、好感度も高い人物として知られる。

そして、今回問題となっている、人種差別、性差別という面では、彼女と真逆の「白人」「男性」だ。

そのオハニアン氏の9月7日のツイッターに、ウィリアムズ氏のために手作りしたというビデオ映像が投稿され、このようにツイートされた。

彼女は人生のために、私たちの子どものために、正しい認識のために、平等な支払いのために、女性の権利のために戦った。彼女は決して諦めない。

昨夜の彼女の試合の後、私はこれ(ビデオ映像)をセリーナのために作った。この1年で撮りためたものの中から寄せ集めたものだ。彼女がこれを観てくれるように手助けしてほしい。

と、最後は彼なりのユーモアも交えてツイートした。

ビデオ映像からは、難産* を経ていかに彼女が大変な思いでコートに復帰できたか、そしてだからこそこのグランドスラムにかけた意気込みがより一層強くなったというのが、傍で見てきた夫の彼女に対する尊敬の念とともに伝わってくる。

(*注:血栓症になったことがあるウィリアムズ氏の出産は大変困難なもので、産後の肥立ちも悪かった)

最後に添えられたハッシュタグは

「#iloveyouserena」

もちろんこのツイートには擁護派からの温かいリプライやリツイートが殺到している。愛する夫や熱烈なファンにこのようにサポートされて、どんなに心強いことか。

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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